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25:休息



「順調に行ってるな。少し休憩を入れよう」


 そう告げてアルベルトが背後に続く騎士や馬車を走らせる馭者に指示を出す。

 道なりに開けた場所もあり、短い休息を取るには十分な場所だ。現に休憩と聞くや双子が馬から降り、まるで体を解すように背を伸ばしだした。キャッチした綿を数える声は楽しそうで、まるで子供のピクニックではないか。

 対して第一騎士隊は地図を取り出し現在地と周囲の景色を照らし合わせ、代表するように一人がアルベルトに話しかけている。


(同じ騎士とは思えない……。あぁ、ロイもローディスもそんなにはしゃがないで。そのブーメランはどこから取り出し……馬車から!? お母様!)


 馬車の窓から勢いよくブーメランが飛び出し、それを双子がキャッチする。自然溢れる景色と合わさってなんとも健康的で長閑である。……けして騎士の休息とは思えないが。

 そんな光景をキャスリーンが呆れつつ眺めていると、クスクスと笑う声が聞こえてきた。

 振り返れば、己の馬車から降りたキースが双子達を眺めながらこちらに近付いてくる。その表情は楽しそうで、まるで遊ぶ子供を愛でるかのようではないか。

 なんて優しい瞳……とは流石に思えず、まるで自分が笑われているかのようでキャスリーンが恥ずかしくなってしまう。その間も双子はお構いなしに遊んでいるのだから尚更だ。


「第四騎士隊に瓜二つの双子が居ると聞いていたが、本当にそっくりなんだな」

「はい。厄介なくらいにそっくりです」

「今まで誰も見分けがつかなかったと聞いたが、あれは確かに難しい……」

「どっちも碌なことをしないので、見分けがつかなくても構いませんよ」


 きっぱりとキャスリーンが言い切れば、それもまた面白いのかキースが笑う。

 風に揺れる金色の髪、子供を見守るように細められる翡翠色の瞳。

 精悍な顔つきは麗しく、佇むだけで気品を纏う。社交界の女性がこぞって見惚れると以前に噂で聞いたのを思い出し、なるほど確かにとキャスリーンが内心で呟いた。

 だがここは社交界のパーティーでもなければ、絢爛豪華な屋敷でも王宮でもない。家屋も何もない景色は自然が溢れ長閑と言えるが、彼のような麗しく上質の衣服を纏った者が経つと妙に浮いて見える。

 そんなことを考えつつキャスリーンが見つめていると、視線に気付いたのかキースがこちらを向いた。翡翠色の瞳と視線がかち合い、キャスリーンが慌てて顔を背ける。


「どうした?」

「いえ、申し訳ありません。随分と……その、珍しそうに双子を見つめているなと思って」


 咄嗟に当たり障りのないことを口にすれば、キースが「そうかな」と笑った。

 次いで再び双子へと視線を向ける。キャスリーンもつられて彼等を見れば、ローディスがロイへとフリスビーを投げ、それを受け取ったロイが馬車へと向けて投げ、馬車の隣に立つブレントがそれを取り、窓から手だけだしているナタリアに渡し……といつの間にかブレントが加わって投げ合っている。

 なんとも楽しそうな光景だが、賑やかを通り越してはしゃぎすぎである。聖女の儀式への旅とは思えない――まぁ、その聖女も輪に加わって馬車からフリスビーを投げ抜群のコントロールを見せているのだが――


「エルウィズ家が普段関わるのは第一と第二騎士隊だからな。どうにもみんな堅苦しくて」

「それが普通の騎士ですよ。あぁ、アルベルト隊長まで引き込まれかけてる」

「みんな厳格で頼りがいのある騎士達だ。だけど囲まれると息苦しい。それに、知ってると思うがエルウィズ家は五人兄弟、家柄もあってどうにも兄弟仲良く出来なくて」


 恥ずかしい話だとキースが苦笑を漏らす。だがその表情は笑ってはいるもののどこか切なげで、会話の合間に漏らされた溜息は消えそうなほど小さいが重い。

 跡継ぎを争い合う自分達を思い出し、眼前で遊ぶ双子を羨んでいるのだろうか。息苦しいと自分の環境を語る彼に、キャスリーンがふと謁見の間を思い出した。

 王宮の最奥にある一室。確かにあの場所も息苦しかった。

 だが聖女という立場からは逃げることは出来ず、そして自らも逃げようとは思わない。かといって打破も出来ず、息苦しさの中でもがくだけだ。


(もしかしたら、キース様も私も同じなのかもしれない……)


 そう考え、キャスリーンがキースを見上げる。

 ついて眼前で遊ぶ双子達に視線をやり、ローディスの手にフリスビーが渡った瞬間にパッと手を上げて彼を呼んだ。


「ローディス、次こっちにちょうだい!」


 と、そう声を掛ければ、この参戦に双子が喜ばないわけがない。

 ロイへ投げ渡そうとしていたローディスが狙いを変え、慣れた手つきでぶんとフリスビーを投げた。

 青空のもと円盤が弧を描く。ほんの少し狙いが高いが、軽く飛んで両腕を伸ばせば取るのは容易だ。見事にキャッチすれば、双子やブレントが褒めてくる。――引きずりこまれたアルベルトも上手いものだと褒め、馬車から出ているナタリアの手がグッと親指を立てた――

 そんな視線の中、キャスリーンは取ったフリスビーをキースに差し出した。彼の翡翠色の瞳が丸くなる。


「キース様、投げてみませんか?」

「……俺が?」

「はい。双子に向けて投げれば、狙いが外れてもどっちかは取りますよ」


 馬車や馬に当たれば問題だが、双子がいるのは開けた場所だ。仮に取れなくても何かに当たることなく地面に落ちるだろう。

 そう話して促すようにフリスビーを軽く揺らせば、キースが僅かに迷った後、そっと手に取った。恐る恐ると言った動き、どう投げれば良いのか分からないと呟く声に、彼があまり外で遊べていなかったのが分かる。

 きっと乗馬や狩猟と言った貴族の嗜みこそ学んでいたが、兄弟間で遊ぶようなことは無かったのだろう。

 それでも元々運動のセンスはあるのか、見様見真似で投げたフリスビーはヒュンと軽い音をたてて風を切り、双子のもとへと飛んで行った。




 その後も数度合間に小休止を挟み、昼を過ぎた頃合いで食事をとるための長めの休息を取ることにした。

 食事は各自手配したものだ。キャスリーンも就寝前に宿の店員にサンドイッチとドライフルーツを用意しておいてもらった。

 それを片手にどこで食べようか……と周囲を見回し、「キャス」と名を呼ばれた。それも二方向から。

 アルベルトとキースが同時に呼び、そのうえ二人共同じように近付いてくる。


「キャス、こっちに開けた場所がある。双子も居るから食事にしよう」


 そう誘ってくるのはアルベルトだ。

 対してキースもまた自分の馬車を一瞥し、


「俺の馬車で食事をしないか? さっきの礼も兼ねて話をしたい」


 と誘ってくる。

 まるで合わせたかのように同じタイミングではないか。これにはキャスリーンも目を丸くさせるしかなく、どうしたものかと双方に視線をやった。

 普段であればアルベルトとの食事を選ぶ。その場に双子も居るとなればきっと騒がしいが楽しい時間になるだろう。仮に誘ってきたのが第一騎士や他の者ならば迷うことなどない。

 だが相手はキース、公爵家の次男だ。それもわざわざキャスリーンを呼んで『話したいことがある』とまで言ってきたのだ。今のキャスリーンが聖女ではなく一介の騎士でしかないから尚の事、立場も合わさってこれを断れるわけがない。


 どうしたものかとキャスリーンが迷った後、「すみませんが……」と断りの言葉を口にした。

 アルベルトに対して。


「そ、そうか。それじゃキース様の警備を任せた」


 そう告げてくるアルベルトに、キャスリーンが申し訳なく詫びる。

 彼の誘いを断ったことが初めてなわけではない。聖女であることを隠していた時には幾度と理由を付けて断っていた。キャスとしては非番であっても聖女の勤めがあり、丸一日の遠出を断ったり、せめて午後からと我が儘を言った事もあった。

 そのたびに申し訳なさと彼を騙している申し訳なさが募り、心の中で謝っていた。

 だが今回はその非ではない。なにせ彼の目の前でキースを優先してしまったのだ。言いようのない罪悪感が胸に湧く。


「双子には俺から言っておく」

「はい……。あの、アルベルト隊長」


 去っていくアルベルトを慌てて追いかけ、キャスリーンが彼の上着の袖を掴んだ。

 どうしたと振り返ってくる彼をジッと見上げるが、キャスリーンも自分自身いったい何をこんなに焦っているのかよく分からない。

 言葉が出ない。何故かここで彼と話をしなければと思ったのだ。『キャスリーンがキースを選んだ』と、そう思われてほしくないと焦燥感が沸く。


「あ、あの、別にアルベルト隊長と食事をするのが嫌なわけじゃないんです。でも相手は公爵様で、なにか話があるらしくて……」

「そんなに焦らなくても分かってる」


 落ち着け、とアルベルトがポンとキャスリーンの頭に手を乗せる。

普段通りの態度だ。優しく撫でられ、キャスリーンの胸に安堵が沸く。


「だが、あの双子を一人で相手するのは疲れるからな。出発したら先頭の警備は任せるぞ」

「……はい! 任せてください!」


 変わらぬ態度にキャスリーンが安堵と共に答えれば、苦笑を浮かべたアルベルトが去っていく。その背を見送り、キャスリーンがキースに促されるまま公爵家の馬車へと乗り込んだ。



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