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23:キース公爵




 外に出れば既に第一騎士隊の騎士達は全員揃っており、聖女の姿を見ると皆恭しく頭を下げた。統率のとれた見事な一礼である。

 そんな中から一歩前に出たのは、ブレントと……そして金糸の髪の青年。切れ長の瞳は精悍さを感じさせ、上質の服装と首元に巻かれたスカーフが佇むだけで気品を感じさせる。

 これがアルベルトが言っていたキース公爵、確かエルウィズ家の次男で……とキャスリーンが記憶を引っ繰り返すと共にジッと彼を見つめ、はたと我に返ると慌てて頭を下げた。


「エルウィズ家のキースだ。わけあってこの旅に同行することになった。第四騎士隊のアルベルトが率いていると聞いたが……」


 誰がアルベルトだと言いたげなキースの言葉に、キャスリーンの隣に立っていたアルベルトが名乗り出る。

 その際にキースが「氷騎士か」と小さく呟いたのは、きっとアルベルトの異名を知っているからだろう。感心するように彼を見つめている。


「申し訳ありません。同行と仰られても、まだ俺は話を聞いていないのですが」

「急な話だ。ここに通達がある、確認してくれ」


 疑われても仕方ないと言いたげにキースが胸元から一通の封筒を取り出す。

 内情が書かれているのだろう、アルベルトが受け取り中に目を通す。その真剣な表情、藍色の瞳が些細な虚偽も矛盾も許さぬと言いたげに鋭く向けられる。

 そうして通達に記された文面とそのうえ封蝋まで確認し、アルベルトが「確かに」と一言告げると通達をキースに戻した。どうやら矛盾も虚偽も無く、納得のいく内容だったらしい。


「胸中お察しいたします」

「いや、こちらの方が迷惑をかけているんだ。国をあげての重要な儀式に厄介事を持ち込んで申し訳ない」


 アルベルトの労りの言葉にキースが眉尻を下げて返す。

 公爵が一介の騎士に、それも隊長格といえども末端の第四騎士隊の長に謝罪の言葉を口にしたのだ。

 よっぽどのことだ……と誰もが察する。だが察しこそするが詳細は分からず、当然だが何があったのか聞ける空気でもない。なんとも言えない重苦しさが漂う。

 それを破ったのは、視線を一身に受けるキース。「キャスリーン様」と聖女を呼び近付いていく……もちろん、キャスリーンにではなくナタリアにだが。


「大事な儀式の最中に申し訳ありません。決して邪魔はしないと誓いますので、どうかご同行を許してはいただけませんでしょうか」

「良いのよ。事情があるんでしょう」

「事情などと言えるものでもない、恥ずかしいだけの話です」


 言い難い事なのだろう、キースが言葉を濁して瞳を伏せる。精悍なその顔つきは今だけは悲痛な色を宿しており、聞いてくれるなと懇願しているようにさえ見える。

 次いで彼はナタリアへと片手を差しだした。意図を汲んでナタリアも己の手を重ねる。


「噂通り、優しく麗しいお方だ……。この手で人々を癒すのですね」


 照れることなく誉め言葉を口にし、キースがナタリアの手を引き寄せ……そして指先に唇を重ねた。その瞬間、「まぁ」と小さい声がベールから洩れる。ナタリアの声だ。

 だがキャスリーンにはそれを聞き取る余裕も、ましてやベールの下にあるナタリアの表情を窺う余裕も無い。

 なにせ、


(お父様がいまだかつてない恐ろしい表情をしている……!)


 と、それどころではないのだ。

 なにせブレントが、普段は穏やかな父が、騎士服を纏っても余裕を漂わせる彼が、いまだけは世にも恐ろしいほどの威圧感を放っているのだ。

 これはもう一度キースがナタリアの手にキスをしたら剣を抜いて切りかかりかねない。

 国家問題に発展してしまう……! とキャスリーンが心の中で悲鳴を上げ、なんとか話題を逸らそうと視線を巡らせ、ふとキースと目があった。


「君がキャスか?」

「は、はい……」

「聖女の旅に年若い少女騎士が同行していると聞いて、一目見てみたかったんだ」

「そうだったんですか」

「……それに、あの氷騎士を溶かしたとも聞いてる」

「私が?」


 ポツリと呟くように囁かれたキースの言葉に、キャスリーンが首を傾げて尋ねる。

 氷騎士とはアルベルトのことだ。だが彼を溶かしたとはどういうことだろうか?

 それを尋ねようにもキースに答える様子はなく、周囲を見回しても先程の彼の言葉を聞いた者は他にいないようだ。各々好きに話している。

 当人であるアルベルトもブレントと話し込んでおり、普段は聞かなくていいこと――主にぼやきや愚痴――を目敏く拾う双子も他所を向いている。


 ならば今あえて話題にすべきことでもないか……そうキャスリーンが考え、改めてキースへと視線をやった。

 それとほぼ同時に目を丸くさせてしまったのは、彼の手がひょいと伸びてキャスリーンの手を掴んだからだ。

 痛くないがしっかりと掴まれ、誘われるように彼へと引かれる。

 その手がそっと彼の唇に触れようとし……、


 その直前、キャスリーンの体がグイと強引に引っ張られた。


 右肩をローディスに、左肩をロイに掴まれ、キースから引き剥がすように引っ張られる。

 そのうえ彼の唇に触れかけていた左手は、すんでのところで別の手に取られてしまった。 

 ……誰の手か、アルベルトの手だ。

 これにはキャスリーンが目を丸くさせる。当然、挨拶を遮られたキースもだ。


「申し訳ありません、キース様。我が第四騎士隊は社交会に身を置かぬ者の集まり、手とはいえみだりに口付けをされないよう願います」

「そうか。すまない、つい他の令嬢と同じように接してしまった」


 アルベルトに咎められ、失礼をしたとキースが頭を掻きつつ詫びる。

 その姿は真摯な好青年で、キャスリーンが「気にしないでください」と言いかけ……双子に押し潰された。「気にしなむぎゅう」という悲鳴のなんと切なく情けないことか。

 だが言い直そうとするも、それより先にアルベルトが第一騎士隊に声を掛けた。


「第一騎士隊の者達はキース様の馬車を、ロイ、ローディス、お前達はキャスリーン様の馬車を守れ。キャスは俺と先頭を。ブレント様、最後尾を任せてもよろしいでしょうか」


 手早くアルベルトが指示を出す。

 次いで出発の時刻を決め、用意するようにと一時的な解散を告げた。

 荷物がまだ部屋に残っていると宿へと戻る者、時間まで特にすることがないのか雑談を始める者、ブレントに事情を聞こうとする者……とそれぞれだ。

 いまだ双子に挟まれているキャスリーンも、厩舎から自分の愛馬を連れてこようとし……アルベルトに呼び止められた。こちらに来いと手招きをしている。


「アルベルト隊長、どうしました?」

「キャス、ちょっと話がある」

「話? さっきからガッチリ両サイドを固める双子も一緒で良いですか?」

「……お前達は厩舎に行って馬を取ってこい。俺とキャスの馬も頼む」


 アルベルトに命じられ、ピッタリとくっついていた双子があっさりと離れていった。

 苦しかった……とキャスリーンがほっと一息つく。双子に挟まれると狭いし苦しいし、そのうえどちらを見上げても同じ顔で掛かる圧が凄いのだ。

 そうして厩舎へと向かう双子を見届け、アルベルトが周囲を気にするように見回した。


「キャス、こっちに」


 促してくる彼の声は普段より小さく、潜んでいるような声色がある。

 何か話しにくいことでもあるのか、もしくは聞かれてはまずいことなのか。真剣みを帯びるその声に、内容こそ分からないが自然とキャスリーンも緊張を抱き、人気のない小屋の裏手へと向かった。



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