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22:氷騎士さえも苦戦する仕事


 通路で待っていたアルベルトがキャスリーンと、そしてちゃんとした聖女のドレスを纏っているナタリアの姿に見てわかるほどに安堵する。

 だが次いで彼の表情が僅かに曇り、窓の外へと視線を向けた。キャスリーンもまたつられるように窓へと近付く。

 三階建ての建物だけあり視野は広く、朝を迎えた長閑な光景が広がっている。まだ時間が早いからか活気あふれるとまでは言わないが、散歩をする老夫婦や開店準備を始める店主達が挨拶を交わす光景は見ていて微笑ましい。

 そんな光景の中、目を引くのが宿の前に停まっている一台の馬車。

 質朴な町並みには不釣り合いとさえ言える絢爛豪華な馬車だ。長閑さとの差が激しく、居合わせた者達も遠巻きに眺めている。


「旅行客でしょうか?」

「あの馬車の作り、どこかで見たことがある。あれは確か……」


 言いかけたアルベルトが言葉を止め、キャスリーンもまた「あれ」と声を漏らした。

 馬車の扉が開き、中からブレントが下りてきたからだ。それも見慣れぬ金糸の青年を連れて。


「あれは、キース公爵?」

「公爵? なんで公爵が、どうしてお父様と一緒なんでしょう?」

「まぁ、噂に違わぬいい男! でもブレントには負けるわね」

「そういえば、以前から公爵家は聖女の儀式に同行したいと願い出ていたと聞いたことがある」

「同行? でも儀式といってもただ行って帰ってくるだけですよ、同行したって面白いことなんてないのに……」

「スマートな爽やかさが好印象ね。ブレントも昔は爽やかだったのよ。でも時に男らしくて逞しくて……今ではそれに渋さが増して」

「……ナタリア様、少し落ち着いてください」

「お母様うるさい」


 アルベルトがやんわりと、キャスリーンがピシャリと咎めれば、さすがのナタリアも口を噤んだ。――もっとも、口を噤みこそしているが外にいるブレントに向けて手を振っている――


「第一騎士隊の奴らも集まってきたな。俺達も行こう。もしかしたら昨日のことと何か関係があるのかもしれない」

「はい」


 アルベルトの提案に、キャスリーンが頷いて返す。

 無言で窓の外へと手を振っていたナタリアも異論は無いのだろう、キャスリーン達が歩き出すと後を追ってきた。

 ……が、その足がピタリと止まる。見ればいまだ彼女は窓の外を眺めており、キャスリーンがどうしたのかと母を呼んだ。


「お母様、お父様もいるし外に行きましょう」

「ねぇ、第一騎士隊の騎士達は集まってるけど、双子の姿が無いわよ」


 彼等は? と双子の姿を探すように窓の外を眺めるナタリアの姿に、キャスリーンがアルベルトと顔を見合わせた。どちらともなく眉間に皺が寄っていく。


 ……もちろん、重要な、それでいて過酷な仕事を思い出したからだ。




「お前達、いい加減に起きろ!」

「ロイが起きたら俺も起きます……」

「ローディスが起きたら俺も起きます……」


 と、そんな声が聞こえてくる。

 怒鳴っているのはアルベルト、続く気だるげな声は双子の声だ。

 起こすのに相当苦戦しているようで、キャスリーンが扉越しに室内のアルベルトを労った。


「キャスリーン様とキャスが待ってるんだ、早く布団から出て用意をしろ!」

「ロイが布団から出たら俺も布団から出ます……」

「ローディスが布団から出たら俺も布団から出ます……」

「同時に布団から出ろ!!」


 双子に翻弄されるアルベルトの怒声に、キャスリーンが埒が明かないと肩を竦めた。

 そうして扉をノックし、ゆっくりと押し開く。

 隙間から中を覗けば、三つ並ぶベッドの内二つが布団の山を作り、それを引き剥がそうとするアルベルトの姿があった。

 片方の布団を引けばその隙にもう片方が布団に籠り、ならばとそちらの布団を剥がそうとすれば手薄になった方が籠城をより堅固なものにする……。

 さすが双子のコンビネーション。もちろん褒められたものではないが。

 見兼ねたキャスリーンが溜息を吐き、室内へと声をかけた。


「ローディス、ロイ、起きて。滅多に見れない午前中のキャスだよ!」


 楽し気な声を取り繕って双子を誘う。

 そんなキャスリーンの声を最後に、室内がシンと静まり返り……、


「午前中のキャス! ネズミだ!」

「午前中のキャス! エビだ!」


 と、双子が同時に跳ねあがるように布団から飛び出てきた。

 先程まで籠城していたのが嘘のような勢いではないか。

 アルベルトが唖然としている。その表情が「俺がこんなに苦労したのに……」と無言で訴えているように思えてならない。

 だがもちろん双子はアルベルトを気遣うわけがなく、寝起きのままキャスリーンへと近付いてきた。ネズミだのエビだのと言いつつ……。

 それに対し、キャスリーンはギリギリまで彼等をひきつけ、その手が扉にかかる直前で「まずは身嗜み!」と告げると共に扉を閉めてやった。


 ガチャン! と大きな音が通路に響く。


 だがここいったいは騎士隊で貸し切っており、他の騎士達は既に外に出ているのだから多少騒がしくしても問題は無いだろう。

 扉越しに中を窺えば、準備を急かすアルベルトの声が聞こえてくる。次いでキャスリーンが振り返ったのは、背後で待っていたナタリアがクスクスと笑っているからだ。


「期待通りの双子ね。楽しいじゃない」

「楽しい?」

「そうよ。あの氷騎士まで翻弄されちゃって」

「迷惑なだけよ。いつも騒いで、私のこと揶揄って」


 そうキャスリーンが不満を訴える。

 確かに双子の行動は傍目には賑やかで楽しく映るかもしれない。だがそれは実害のない第三者だから言えることだ。振り回される側からしてみれば楽しいどころではない。

 この前も、その前も……! とキャスリーンが思い出しながら怒りを募らせていれば、聞いていたナタリアが楽しそうに笑いながら頬を撫でてきた。

 しなやかな細い指で擦られ、キャスリーンが瞳を細める。眉間をちょんちょんと突っついてくるのは、きっと眉間に酔った皺を解そうとしているのだろう。


「やんちゃなお兄ちゃんに挟まれて大変ね」

「お兄ちゃん?」

「えぇ。まるで兄妹みたいだもの。第四騎士隊の騎士達には可愛い妹がいるのね」


 そうでしょ? と母に同意を求められ、キャスリーンが僅かに考えを巡らせ……素直にコクンと一度頷いた。揶揄われて子供扱いされるのは不服だが、双子に、それどころか第四騎士隊の皆に可愛がられているのは事実だ。

 それをキャスリーンが認めるとほぼ同時に、バタンッ!と豪快に扉が開いた。

 出てきたのはもちろんアルベルトと双子だ。


「お待たせしましたキャスリーン様、ロイの寝起きが悪くて」

「待たせて悪いなキャス、ローディスの奴がなかなか起きなくて」


 そう互いに責任を擦り付け合う双子に、その後ろでアルベルトが盛大に溜息を吐いた。

 眉間に皺を寄せ、冷ややかにかつ恨みがましく双子を睨み付け、何か言いたそうである。

 だがそれを振り切るようにアルベルトが小さく肩を竦めると、外に出ようと提案しだした。双子を咎めるより馬車の方が気になるらしい。


「他の騎士達も集まってるから、問題が無ければ直ぐに出発できる。早く着くに越したことはないだろ。キャスリーン様も、よろしいでしょうか?」

「えぇ、何事も余裕を持って行動するのは良いことよね。ねぇキャス、貴女もそう思わない? 例えば、急ぐあまり我を忘れて扉のノックを忘れるなんて許されないわよね」

「キャスリーン様! そういえば馬車にクッションを補充しておきましたよ!」


 優雅ながら鋭く放たれるナタリアの一撃を、キャスリーンが既のところで制止する。

 見れば双子は特に気にすることなくのんびりと通路を歩き、アルベルトだけがチラとキャスリーンに視線を向けてきた。その瞳には感謝の色が見え、キャスリーンが心の中で「任せてください、お母様からは必ず守ってみせます!」と彼に告げた。



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