20:追加のおまじない
双子が食堂に行ったと聞き、アルベルトと共に店へと向かう。
どこにでもありそうな食堂だ。店自体はそう大きいものではないが、村の規模を考えれば相応の店と言えるだろう。
中に入れば夕食時だけあり客はそこそこ入っており、既に酒を飲んでいる者もいる。そんな中を見回し、一角を陣取っている双子の姿を見つけた。向かい合って座る彼等の姿は相変わらず鏡を置いたかのように瓜二つだ。
そんな彼等はキャスリーン達に気付くと、待ってましたと言わんばかりに手招きをしてきた。
「キャス、どこに行って……誰のポケットに入ってたんだ?」
「誰のポケットにも入ってないよ!」
「なぁ、さっき見たら俺の鞄に穴が空いてたんだ。そこから落ちたんだろ、ごめんな」
「謝るところが違うでしょ! 縫ってあげるから後で鞄貸して!」
相変わらずな態度で冷やかしてくる双子に、キャスリーンが言い返しつつも彼等と同じテーブルに座る。――この際なので「ポケットがローディスで鞄がロイ……」と感心したかのように呟くアルベルトには何も言うまい――
そうしてメニューを見て幾つかめぼしいものを頼み、運ばれたきた食事をとる。そんな中、ロイがそういえばとキャスリーンを呼んだ。
「キャス、お前キャスリーン様と知り合いだったんだな」
「私?」
「あぁ、キャスリーン様が、俺達の見分け方をキャスから聞いたって。そもそも今回の選抜だって不思議だったんだ、いつの間に知り合ったんだ?」
「えぇっと……それは……王宮で、稼業の勉強をしてる時にキャスリーン様がいらして……」
それで声をかけられた、とキャスリーンが話す。
もちろん同一人物だなどと言えるわけが無い。かといって話を盛り過ぎれば後々辻褄が合わなくなる恐れもあり、当たり障りない事を答えておいた。
第四騎士隊の少女騎士が珍しく、キャスリーンの方から声を掛けた。年も近い事もあり親しくなり、キャスリーンが気兼ねなく接することが出来る騎士として今回の旅にキャスが抜擢された。
そしてキャスリーンの計らいでアルベルトと双子も同行することになった……と。
咄嗟の作り話ながら、そう有り得ない話でもないだろう。
現に双子は疑うことなく話を信じ、それどころかキャスの事を羨ましがっている。
良かった……とキャスリーンが息を吐く。見れば向かいに座るアルベルトもどことなく安堵の色を浮かべている。
だが次の瞬間に二人が揃えたようにぎょっと目を見張ったのは、ローディスがキャスリーンとキャスが似ていると言い出したからだ。
もっとも、これは同一人物を疑うというよりは『似ているから親近感がわいたのかも』という話である。だがキャスリーンに冷や汗を掻かせるには十分すぎるほどだ。
「背丈も近いし、同じ髪色だもんな。なぁロイ、さっきキャスリーン様を見ててそう思わなかったか?」
ローディスがロイに同意を求める。
それに対してキャスリーンの鼓動が更に早鐘を打ち、「そうかなぁ」と絞り出した声も上擦ってしまう。
見ればアルベルトもまた横目で双子を窺っている。その表情も瞳も普段通りの冷静さを見せてはいるが、どことなく緊迫した空気を感じさせるのは気のせいではないだろう。
そんな周囲の胸中を知ることなく、ロイは一口酒を飲むとゆっくりと口を開いた。
「そうかぁ? 聖女様と甲殻類を比べるなんて失礼だろ」
と、その言葉にキャスリーンが言葉を失う。
先程まで横目でロイを窺っていたアルベルトも肩を落とすように小さく息を吐き、さっさと食事を再開してしまった。
「確かに背丈は同じだけど、キャスリーン様は小柄で、キャスはチビだろ。髪の色だって、キャスリーン様は美しい金の髪で、キャスはそもそもエビの尾だし」
「エビの尾って言わないで」
キャスリーンが三つ編みを撫でつつ文句を言えば、ロイが意地悪気に笑みを浮かべた。
それを聞いたローディスまでもが「そうだな、キャスはネズミだもんな」と納得してしまう。
難を逃れたとはいえ、なんとも不服な話だ。
だがそんなキャスリーンの訴えが通るわけがなく、ローディスが悪びれる様子もなくキャスを呼ぶと共に己の上着の袖を捲った。
「キャス、いつものやつやってくれよ」
「いつもの?」
「そう。怪我した時の『おまじない』。俺さっき怪我したんだ」
「聞いたよ。でもキャスリーン様に治してもらったんでしょ?」
聖女の力で治したのだから、しがない騎士の『おまじない』など必要ない。そうキャスリーンが告げる。元々は同じ『聖女の能力』なのだが、それは説明できない。
だがローディスは納得することなく、それどころか「それは別」とまで言い切ってしまった。ロイも同感だと言いたげで、事実を知っているアルベルトまで苦笑を浮かべて「やってやれ」とキャスリーンを促してくる。
(キャスの『おまじない』なんてもう必要ないのに……)
そう心の中で呟きつつ、それでもここまで言われたならとローディスの腕へと手を伸ばした。
先程聖女として触れた場所だ。あの時は痛々しいほど血に染まった布で巻かれていたが、今はその後も無ければ当然だが傷跡も無い。綺麗なもので、キャスリーンが内心で「完治してる」と自分の能力を自画自賛してしまう。
そんな腕に触れ、冗談交じりにペチンと叩いてみた。
「大丈夫かローディス、エビが暴れてるぞ」
「エビって言わないで」
「心配するなロイ、ネズミに噛まれただけだ」
「ネズミって言わないで」
「俺は今この肉を食べるのに集中してるから見てない。キャス、もっとやっていいぞ」
「ありがとうございます、アルベルト隊長」
他でもないアルベルトの許可が下りたとキャスリーンが再度ペチンとローディスの腕を叩く。
そうして続けざまに数発ペチペチと叩いたのち、気が晴れたと一息吐いてそっと手の動きを変えた。今度は叩かず、傷跡のあった場所を押さえるように触れる。
普段ならば傷に手をかざし、そしてバレない程度に聖女の力を使っていた。出血が少し収まり、痛みが少し和らぎ、治りが少し早くなるように……と。
だが今は傷そのものが無いのだ。どうして良いのか分からず、キャスリーンの眉間に皺がよる。この場合、なんと心で念じればいいのか……。
「……これ以上怪我をしませんように。キャスリーン様の手間をかけさせませんように。私をネズミ扱いしませんように」
「そうそう、これが無いとな」
「サラダを半分私にくれますように。美味しいフルーツの飲み物を買ってくれますように……」
普段通りにキャスリーンが『おまじない』をかければ、ローディスが楽し気に笑う。
そうしてキャスリーンがそっと手を放せば、やりとりを見ていたアルベルトがふっと笑みを零した。
「ローディス、おまじない代が高くついたな」
「出張料が上乗せですかね」
煽るようなアルベルトの言葉に、ローディスもまた冗談めいて返す。
その間にキャスリーンはローディスの前にあったサラダをひょいと取り、半分ほど自分の取り皿に移しだした。もちろんおまじない代である。
それを見ていたロイが楽しそうに笑い、こっちも美味いと自分の皿からハムを一枚寄越してくれた。




