02:半人前の少女騎士
「キャス、ただいま参りました! 遅れて申し訳ありません!」
そう声を上げながらキャスリーンが向かったのは、王宮横にある第四騎士隊の訓練所。
一角に集まっている騎士達の中に飛び込むように合流すれば、彼らの前に立っていた一人の青年がパッと表情を明るくさせた。
穏やかな表情。どことなく嬉しそうにキャスリーンに視線を向けてくる。
「キャス。間に合ったな」
「間に合いましたか。よかったぁ」
肩で息をしながらキャスリーンが安堵の声を漏らせば、青年が宥めるように頭を撫でてくる。
藍色の髪に同色の瞳、整っているがどこか厳格さを感じさせる顔つき。背も高く鍛えられており、まさに騎士と言ったいで立ち。
腰に下げられた大振りの剣と隊長格を現す胸元の飾り、並の少女であれば対峙するだけで緊張してしまうだろう。だがよく見れば目元は穏やかに和らいでおり、「大変だな」と労ってくる声は優しい。頭を撫でてくる手も大きく温かい。
「どこから来てるかは知らないが、いつもギリギリだもんな。もっと近い場所に部署を移動してもらえないのか?」
「そ、それはその……色々と使うものが多いので、移動は難しいかと……」
「そうか。俺は王宮内のことは分からないから、何もしてやれないな」
すまない、と謝罪されキャスリーンが慌てて首を横に振った。
「そんな、アルベルト隊長が謝ることではありません! それに走れば準備運動にもなりますから!」
「それなら良いが、もし何かあればちゃんと言うんだぞ。お前を預かった身として、無理をさせられないからな。何かあれば上に掛合ってやる」
「はい、ありがとうございます!」
いざという時は頼ってくれと申し出るアルベルトに、キャスリーンが頷いて返した。
なんて優しいのだろうか……! という感謝の気持ちが胸に湧く。だがそれと同時に湧くのは、全てを打ち明けられず、それどころか嘘までついているのだという罪悪感。
キャスリーンが謁見の間から来ていると、今の今まで聖女として勤めを果たしていた等と彼は知らない。いや、彼だけではない。キャスの正体がキャスリーンであるという事は、聖女に関わる極一部の者しか知らないのだ。
極秘事項、と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際は騙しているだけだ。
(だけど、王宮の奥で聖女やってました……なんて言えるわけがない)
そうキャスリーンが己に言い聞かせ、話題を変えてしまおうとアルベルトに視線をやり……ひょいと背後から伸びてきた腕に絡めとられるように捕まった。そのままグイと強引に引き寄せられれば、後頭部にポスンと何かが当たる。
一体何か……と驚くまでもない、いつもの事だと呆れて見上げれば、楽しそうに笑う一人の青年。その隣には、まるで鏡を並べたかのように同じ表情の青年が一人。
「いつも言うけど、話してる最中にやめてよ」
不満を露わに訴えるも、抱き締めるように絡みついてくる腕は離れそうにない。試しにペチンと叩いてみても微動だにしない。
「ロイ、離して」
「お、当たり。キャスは察しが良いな」
楽し気に笑い、ロイがパッと手を離す。
ようやく自由になったと思わずキャスリーンが安堵の息を吐き、改めて文句の一つでも言ってやろうと口を開き……ひょいと背後から伸びてきた腕に絡めとられた。二度目である。もちろん今回もまた強引に引き寄せられて後頭部がポスンと何かに当たる。
まるで焼き直しのようではないか。今回も同じように見上げれば、またも楽しそうに笑う青年。ロイ……ではない、なにせ彼は今キャスリーンの目の前にいるのだ。
「ローディス!」
キャスが声を荒らげれば、ロイとローディスがニヤリと笑う。
彼等は双子だ。それも鏡から出て来たのではと思えるくらいに瓜二つ。
錆色の髪、同色の瞳、顔の作りも体格も、それどころか纏う騎士の制服すらも同じである。元より瓜二つの双子、それが髪型も合わせて同じ騎士制服を纏っているのだから、彼等を知らぬ者ならば何かに化かされたと感じかねない。
そんな双子に対してキャスが文句を言えば、やりとりを見ていたアルベルトもつられるように溜息をついた。
「お前達、キャスを揶揄うんじゃない」
「でも隊長、キャスは隠し事してるんですよ。何でも打ち明けあう仲間だと思ってたのに……!」
酷いと訴えるローディスに、彼に抱き締めるように囚われているキャスリーンが眉尻を下げた。彼の口調は冗談めいているが事実でもある。
共に戦う仲間だというのに隠し事をしているのだ。だがもちろん事情を話せるわけがなく、せめて謝罪をしようとローディスを見上げた。
だが次の瞬間キャスリーンが「えっ」と声をあげてしまったのは、ローディスがにやりと笑って「俺は事情を知ってますけどね」とアルベルトに告げたからだ。
見れば隣に並ぶロイも同じ笑みを浮かべている。きっと自分もだと言いたいのだろう。
そんな二人の表情を交互に見れば、キャスリーンの胸に焦りが募る。
(知ってるって、私が聖女だってこと……? もしかして謁見の間から出てきたのを見られた? それとも誰かがばらした!?)
「し、知ってるって……。ローディス、なにを?」
極力落ち着いた声を出すように努めるも、それでも問う声は上擦ってしまう。
本音を言えば今すぐに問いただしたいくらいなのだ。
何を知っているのか、どうして知っているのか、なんで知ってしまったのか……。
だが焦って問えばその態度もまた怪しまれる要因になってしまう。そう考えて冷静を取り繕いつつ、キャスリーンがローディスの腕からするりと抜けると共に改めて彼等を見上げた。
瓜二つの双子がにやりと笑っている。その視線が向かう先に居るアルベルトは、不思議そうな表情をしつつ「何を知ってるんだ?」と彼等に尋ねている。
キャスリーンの心臓が跳ね上がり、止めていいものかこの場を去るべきか分からなくなってしまう。
「俺は知ってしまったんだ、キャスは午前中……」
「午前中……?」
「厨房を駆けまわってチーズを食べてるんだ!」
「ネズミと一緒にしないで!」
「違うぞローディス、キャスは午前中海の中を甲殻類の仲間と泳いでるんだ」
「エビとも違うから!」
突拍子の無い双子の言い分に、キャスリーンが声を荒らげた。
二人を交互に見やって文句を言えば金の三つ編みがぶんと揺れる。
まるでキャスリーンの怒りを表しているようではないか。余興を楽しむかのように話を聞いていていた周囲も「キャスの尻尾が膨らんだ」と冗談めかしてくる。
聖女の時は麗しいだの黄金だのと言われていた髪も、キャスとして三つ編みにすれば尾扱いなのだ。酷い話である。
キャスリーンが失礼なと怒りを露わに三つ編みを押さえれば――なにせ彼等を交互に怒るたびにぶんと三つ編みが揺れ、それがまた尻尾だと茶化される。押さえるしかない――そんなキャスリーンを見兼ねたのか、アルベルトが苦笑と共に宥めてきた。
「キャスは家業を継ぐための勉強をしてるんだよな?」
「え、えぇ……そうです。あまり詳しくは話せないんですが……」
「いいさ、騎士として立派に闘ってる。それだけで仲間として受け入れるには十分だろ」
「……アルベルト隊長」
アルベルトの慰めに、キャスリーンが感謝と共に彼を見上げた。
藍色の瞳が優しく見つめてくる。その瞳には信頼の色が見え、そのうえ彼は宥めるようにポンと頭に手を置いてきた。
大きな手が頭に乗ってくる。その重みに、そして柔らかく頭を撫でてくる優しい動きに、キャスリーンの胸の内が落ち着きを取り戻していく。
なんて優しい手だろうか。彼は隠し事をしている自分を受け入れ、それどころか揶揄われているのを庇ってこうやって宥めてくれるのだ。
そんな優しさに、キャスリーンの胸に湧いていた怒りがゆっくりと収まっていく。
この際「後でチーズ買ってやるから許してくれ」と謝ってくるローディスや、「後でシーフードサラダ奢ってやるから……いや、これだと共食いだな」と謝ると見せかけて更に茶化してくるロイは無視である。
今はアルベルトに宥められていよう、そう考えてキャスリーンが頭を撫でられる心地好さに瞳を閉じた。