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19:聖女から騎士へ


 キャスリーンがようやく我に返ったのは、アルベルトが「キャス、そろそろ戻ってこい」と頭をポンと叩かれたからだ。普段の撫でる時よりほんの少し強めなその触れ方に、考え込んでいたキャスリーンの意識がはたと戻る。

 気付けば両親の話題は既にキャスリーンの話から変わっており、夕食を何にするかになっていた。いったいいつの間に話題が変わったのか。


「すみません、考え込んじゃって……。中に入りましょう」

「そうだな。そろそろキャスに戻らないと双子が本気で心配しだすからな」


 改めてアルベルトが扉をノックすれば、室内からナタリアの声が返ってくる。

 それを聞き、キャスリーンがゆっくりと扉を開け……そしてそこで寛ぐ両親の姿に言葉を失った。

 サングラスに片手にはストローの刺さったフルーツ。リクライニングの椅子を心地好い程度に倒し、向かい合うように座っている。おまけに肩には花を連ねた首飾りまでかけており、全身で満喫しているではないか。

 廊下で話をしてから今の再会まで数十分、だというのに浮かれ具合が二倍以上に増している。

 先程の娘への評価、ナタリアの穏やかな言葉、それら全てがこの浮かれ具合のもと発せられたのかと考えれば、今一つ浸れない。

 それを訴えるようにキャスリーンが二人を睨み付ければ、ナタリアが優雅に笑ってフルーツを差し出してきた。


「キャスリーン、落ち着いて。ほら一口飲んでみなさい」

「勝手に人の部屋に入って、その椅子はどこから持ってきたのよ! ……美味しい」

「でしょう? この村の名産らしいの」

「本当に美味しいわ。お父様は違うのを飲んでるのね。ねぇ、そっちも一口頂戴……そうじゃなくて!」


 程よい甘みとフルーツの酸味に絆されかけ、キャスリーンが慌てて声を荒らげた。次いでふると首を横に振って雑念を掻き消す。


(落ち着くのよキャスリーン、今は美味しいフルーツより話を進めることを優先しないと……)


そう自分に言い聞かせる。――その際にブレントから差し出されたフルーツを一口飲むのは、もちろん冷たい飲み物で己を落ち着かせるためだ。こっちも美味しい、後で買いに行こう――


「そうじゃなくて、お母様もお父様も寛ぎ過ぎよ。誰か入ってきたらどうするの?」

「あら大丈夫よ。この部屋は聖女の部屋だもの、誰か来てもちゃんとノックをするわ。……誰かさんじゃない限り、飛び込んできたりなんてしないわよ」


 ほほ……と優雅に笑いながらナタリアがアルベルトに視線をやる。サングラス越しで見えないが、さぞや眼光は圧を感じさせていることだろう。アルベルトが視線を逸らすように俯き「その節は……」と心苦しそうに呻く。

 言わずもがな、ナタリアの言う『他の誰かさん』とはアルベルトの事である。

 これにはキャスリーンが慌てて話題を変えようと「今から着替えるから!」とアルベルトとブレントを部屋から追い出した。……もとい、アルベルトに限っては逃がした。



 そうして部屋に残るのはキャスリーンとナタリア。


「あらキャスリーン、何をするのよ。もうちょっとアルベルトをからかい……いじめ……ひやかし……ちょっかいをかけたかったのに」

「言い淀んだ割に最終的にも酷い言い草よお母様。それより早く着替えましょう、双子が呼んでるからキャスに戻らなきゃ」

「そうね。それじゃ私もしばらく聖女に戻るわ。あぁ、胸が苦しくて腰のゆるい服を着なくちゃいけないのね」

「矛先を私に変えないで!」


 失礼すぎるナタリアにキャスリーンが怒りを露わにする。

 だがいつまでも怒っていては彼女を楽しませるだけだ。そう自分に言い聞かせ、不満を押さえるように深く息を吐いた。

 そうしてあらかじめ荷物に紛れて運ばせておいた騎士服を取り出す。丁寧に畳んで布で包み、荷物の奥に隠しておいたのだ。

 さすがにレイピアは荷物に紛れさせることは出来なかったが、アルベルトが隠して運んでくれる手筈になっている。

 騎士服を椅子に掛け、手早く聖女の正装を脱ぐ。次いでそれをアルネアに渡した。


「それじゃお母様……いえ、聖女キャスリーン様、聖女の服を着てください。胸がきつくて腰が緩い聖女の服をねっ!」

「あら拗ねちゃった。やだもうキャスリーン、そんなに怒らないで」


 宥めるようにムニムニと頬を揉まれ、キャスリーンがふいとそっぽを向く。その際にぴしゃりと「私は今からキャスです!」と告げるのは、もちろん頬を揉まれた程度では機嫌が直らないからだ。

 そうしてこれでもかと拗ねた表情を浮かべつつも着替え終えたナタリアを見れば、確かに胸元は少しきつそうだ……。


(まさか、聖女に大事なものは……胸!?)


 と、そんなことさえ考えてしまう。もちろんそんなことあり得るわけがないのだが。――それにまだ手にしていないし――

 そんな雑念を払うように、緩やかに揺らしていた金の髪を結わおうとし……キャスリーンの手に何かが触れた。細くてしなやかなナタリアの手だ。

 どうやら頬を揉んでも機嫌が直らないと察し、今度は髪を結ぼうと考えたらしい。優しく髪を梳かれ、キャスリーンが仕方ないと息を吐いた。


「キャスリーン、立派になったわね」

「お母様?」

「聖女としての貴女の立ち振る舞い、窓から見ていたのよ。周りを落ち着かせるために堂々と振る舞って、まだ小さいと思ってたのに」


 立派になってと褒めるナタリアの口調は深く落ち着きを感じさせる。髪を結ぶ手の動きも優しく、束から洩れた髪を寄せる際に優しく撫でてくる。先程まで冷やかしていたのが嘘のようではないか。

 髪を梳かれる感触と誉め言葉がくすぐったく、キャスリーンが緩む表情を押さえるために口を噤んだ。それでも口角が上がりかけてしまう。

 きっと今とてもおかしな表情をしているのだろう……。そう考えるとベールが恋しい。


「立派だなんて……でも、私にはまだ『聖女に必要なもの』が無いでしょ?」

「あら、ブレントとの話を聞いてたの?」

「盗み聞きしてたわけじゃないのよ、ただドアを開けようとしたら聞こえてきて……それで気になったの。ねぇお母様、『聖女に必要なもの』って何なの?」


 教えてとキャスリーンが背後に立つナタリアに強請るが、返ってきたのは答えどころか言葉ですらなく、ただクスクスと笑う声だけだ。髪を編んでもらっているから振り返ることも出来ず、キャスリーンはただジッと続く言葉を待つしかない。

 だがいつまで待ってもナタリアは答える様子なく、挙句に「自分で気付きなさい」とだけ言うとパッと手を放してしまった。


「気付くって、そんな」

「大丈夫、貴女はもう持ってるわ。きっとこの旅で気付けるから」


 思わせぶりでいて肝心なところを濁す説明に、キャスリーンがじっとナタリアを見つめた。

 だがいかに見つめたところで楽し気に微笑まれるだけだ。

 これはきっと問いただしたところで答えてくれないだろう。他でもない実の母のことだからこそ分かり、キャスリーンが諦めと共に肩を落とした。


「ほら、いってらっしゃいキャス。仲間が待ってるわよ」

「……お母様の意地悪」


 むぅとキャスリーンが唇を尖らせ、それでも背中を押されるままに扉へと近付いていく。

 そうしてゆっくりと扉を開いて外の様子を窺えば、赤い絨毯の敷かれた廊下で話すアルベルトとブレントの姿があった。

 扉の開く音がしたのか、気配を感じ取ったのか、二人が揃えたようにこちらを向く。


「お待たせしました。アルベルト隊長、まずは双子のとこに行きましょう」

「あぁ、レイピアは俺の荷と一緒に宿に運ばれているはずだ。後で取ってこよう」


 夜には騎士達だけで今後についての話し合いがあり、キャスリーンはキャスとしてそれに参加して……と今後について話をしていると、それを見ていたブレントが穏やかに笑ってキャスリーンを呼んだ。

 もちろん、今は『キャス』とだが。


「私はひとまず王都に戻ろう。今回の件でナタリアが王都を離れているのが知られたら不味い。適当に誤魔化して、屋敷の者達に指示を出してまた戻ってくる。キャスリーン……いや、キャス、上手くやるんだぞ」

「はい。お父様も……ブレント様もお気を付けください」

「立派な騎士だな。アルベルト、後は任せたぞ」


 真剣みを帯びた声色で託すブレントに、アルベルトが頷いて返す。


「道中何があるかわかりません、ブレント様もお気を付けください」

「歳を取ったとはいえ腕は衰えてないつもりだ。早駆けで行って帰って、明日の出発には間に合うだろう」


 そう告げてブレントが去っていく。

 その背を見届け、キャスリーンもまたアルベルトと共に歩き出した。



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