17:厄介な双子の見分け方
駆けてきたのは第一騎士隊の一人だ。彼は急くようにこちらに駆けてくるとまずはキャスリーンに対し一礼し、先程後続の騎士が戻ってきたことを手短に告げてきた。
馬車が走り出した後アルベルトの指示通り後続の騎士達は賊を捕らえ、半数は王都に帰還し、半数にあたる双子が先程おいついて村に到着したらしい。
騎士曰く双子の片方が怪我をしている……と。それを聞いてキャスリーンがベールの下で息を呑み、アルベルトの表情が険しいものに変わった。
「怪我をしたのはローディスとロイどっちだ?」
「名前は……悪い、聞き忘れた。あの双子そっくりで見分けがつかないんだよな。手当が出来る奴がいるから呼んでくれって言ってたけど」
「キャスのことだな。……ネズミとかエビとか言ってなかったか?」
「いや、小さいからどこかに落ちてるかもとは言っていたが、」
そこまではと首を横にふりながら話す騎士に、アルベルトが頷いて返す。
次いでチラとアルベルトがキャスリーンに視線を向けるのは、双子が話している『治療出来る奴』が他でもなくキャスリーンの事だからだ。正確に言えば聖女キャスリーンではなく騎士キャスのこと、だからこそアルベルトの表情にどうしたものかと困惑が浮かぶ。
……この際、ネズミだのエビだのという発言で双子を見極めようとした事については言及するまい。キャスリーンがむぅと頬を膨らませるが、幸いベールが隠してくれている。
「俺は様子を見てきます。キャスリーン様は部屋へ」
「私も行きます」
「いえ、ですが……」
「大丈夫です。怪我をしているなら私が治します」
だから、とキャスリーンが食い下がる。
それを聞きアルベルトが僅かに躊躇ったものの、ならばと頷いて報告に来た騎士に案内を頼むと共に歩き出した。
キャスリーンもまたそれに続こうと歩き出す。その際に小声で聞こえてきた「いってらっしゃい、聖女様」という言葉は、身を隠したナタリアのものだ。「無理をするんじゃないぞ」というブレントの声も続く。
両親からの激励に、キャスリーンが前を歩く第一騎士隊の騎士がアルベルトと話していることを確認すると、片手でベールを半分ほど捲った。
「任せて」
そう両親に小声で告げてウインクすると、前を行く二人の騎士を追うために足早に赤い絨毯の上を歩いた。
キャスリーン達が案内された場所に向かえば、そこには地に座る双子の姿。
ローディスが腕を押さえている。押さえる手も、その下にある布も、全て赤く染まっているあたり怪我をしているのは彼なのだろう。
だが怪我といっても大事ではないようで、こちらに気付くと傍らに座るロイが片手を上げた。その表情には焦りの色は無く、負傷しているローディスにも疲労の色こそあるが呻き苦しんでいる様子はない。柵に繋がれている彼等の愛馬も同様、今は他の騎士に宥められ落ち着きを取り戻して水を飲んでいる。
良かった……とキャスリーンがベールの下で安堵し、今すぐに駆け寄りたい衝動を押さえつつ二人に歩みよった。
「二人共、大変だったわね」
「キャスリーン様、わざわざありがとうございます。あれ、うちの小さいの……これぐらいの騎士見ませんでしたか?」
ロイが親指とひとさし指で『これぐらい』と示しながら尋ねてくる。そのうえローディスが「もう少し大きいだろ。掌サイズはあったはずだ」と更に便乗してくる。
彼等の態度はこの期に及んでも軽く相変わらずだが、キャスリーンは咎めることなく二人の正面にしゃがむとそっとローディスの腕へと手を伸ばした。
肘から手首までが赤く染まった布で乱雑に巻かれている。
「キャスリーン様?」
「私に任せて。すぐに治してあげるわローディス」
布ごと腕を押さえる彼の手に己の手を重ね、そっと傷跡に触れた。
ベールの下で瞳を伏せ、意識を集中させる。ゆっくりと、布の下にある傷を撫でる。
今までのキャスとして行っていた『おまじない』ではない、聖女としての治療。キャスリーンの胸がようやく仲間に聖女の力を使えるのだと歓喜を覚える。思い返せば、何度も力を押さえなければならないことを悔やんでいた。
(なんだか私の手まで温かくなってきた……)
まるで心地好い湯に手をひたしているような暖かさを覚え、キャスリーンが深く息を吐く。
そうしてそっとローディスの腕から手を放し、包帯代わりの布を解くように告げた。彼の瞳が丸くなっている。
「……痛みが無くなった」
ポツリと呟かれたローディスの言葉に、隣で観ていたロイが布を取ってみろと彼を急かす。
「もう治っているので大丈夫ですよ」
「今ので?」
「えぇ、治りました」
キャスリーンがはっきりと告げて返せば、ローディスが信じられないと言いたげに己の腕を凝視した。
半信半疑と言った様子だが、けして聖女の力を疑っているわけではないのだろう。ただ己の身をもって体験すると「まさか」という気持ちが湧いてしまうものなのだ。
それが分かっているからこそキャスリーンがベールの下で笑みを浮かべ、続く彼等の反応を待った。喜怒哀楽の表現に富んだ彼等のことだ、きっとこれでもかと反応してくれるだろう。
そんな期待のもと、ゆっくりと布が捲られていく。
その布も元は誰かの服でも破ったのか所々解れており、けして衛生的とは言い難い。その布を乱雑に巻いただけなのだ。どうせ傷だって消毒もせず血を拭った程度だろう。
現にローディスの腕には血の跡がこびり付いており、傷跡があるのかどうかも分からない。水を掛けてそれを布で拭うが、その雑さは目も当てられないほどだ。
もしもキャスリーンが今ここにキャスとして居たなら、「そんな汚い布で拭わない!」と叱咤したであろう。そもそも、こんな雑で不衛生な手当ては許さない。
(なんで綺麗な水で流したのに汚い布で拭うの! ロイ、これ使えって差し出す布も十分汚いから!)
そうキャスリーンが心の中で喚く。
だが次の瞬間にその怒りが吹き飛んでしまったのは、二人が揃えたように「おぉ!」と声をあげたからだ。
水と布――汚い!――で拭われたローディスの腕には傷跡一つ無く、日に焼けた健康的な肌だけだ。先程まで出血していたなど今の状態からは想像もつかないだろう。
「傷が消えてる!」
「すげぇ、何も無い!」
双子が興奮して声をあげる。
二人で食い入るようにローディスの腕を見つめており、その姿にキャスリーンが僅かに胸を張った。もちろん周囲には見えないように。聖女の正装は多少胸を張っても隠してくれる。
なにせ双子の興奮する姿を見ているとどうにも気分が良くなり、表情も緩んでしまうのだ。さぞや得意げな笑みを浮かべていることだろう……と、そんな事を考えていると、ローディスが「そういえば」と己の腕からキャスリーンへと視線を向けてきた。
「キャスリーン様、よく俺がローディスってわかりましたね
「……え?」
彼の言葉に、キャスリーンが間の抜けた声を返した。
いったい何のことかと疑問が浮かぶ。なにせ分かるもなにも彼はローディスなのだ。怪我をしたのが彼だからこそ、キャスリーンは彼の腕に触れて傷を癒した。
『私に任せて。すぐに治してあげるわローディス』と、彼の名を呼んで。
(……しまった)
自分の発言を思い出し、キャスリーンが心の中で悔やむ。
ローディスの言いたいことは『よく俺とロイの区別がつき、そのうえで怪我をしているのがローディスだと分かりましたね』ということだ。
曰く、怪我をしてからローディスもロイも名乗ることはせず、相手を呼びもしていないらしい。確かにキャスリーン達を呼びに来た第一騎士隊の騎士は「どちらか分からない」と言っていた。
「アルベルト隊長でも俺達のこと見分けられないのに。なぁロイ?」
「あぁ、でもキャスだけは見分けがつくんだよな」
そう双子が楽しそうに話す。
それを聞くキャスリーンは冷静を保ちつつ頷いてはいるものの、胸中では焦りを抱いていた。ベールの下で額にうっすらと汗が浮かぶ。
キャス以外誰も見分けがつかない瓜二つの双子。だというのに咄嗟にローディスの名を言い当ててしまった。
そのうえここに連れてきた騎士が「あっちがローディスなのか」とアルベルトに話しているではないか。これでは彼に聞いたという言い訳も通用しそうにない。
どう誤魔化すか……そうキャスリーンが考えを巡らせ、ふと「キャス」と名を呼んだ。
「キャスから、貴方達の見分け方を聞いていたの」
「キャスから?」
「えぇ、旅に出る前に彼女が教えてくれたのよ。良かった、当たっていたみたいね」
さも自信が無かったと装いながら話せば、双子が顔を見合わせた。
だがその表情はどこか納得したと言いたげで、現にこれ以上キャスリーンに問う事はせず「癖があるのか?」「どこで気付かれるんだ?」と話し合っている。
更には真剣な表情を浮かべ、癖があるのなら直してキャスを見返してやろうとまで話し出すのだ。その性格は相変わらず厄介ではあるものの、ひとまず難は逃れたと言えるだろう。キャスリーンがベールの下で安堵の息を吐いた。
双子の意識は既に『見分けたキャスリーン』ではなく『キャスリーンに入れ知恵したキャス』にあるのだ。
そうしてキャスリーンが周囲にいる騎士達へと視線をやり、他に怪我をした者はいないかを確認する。誰もが顔を見合わせ、代表するように一人の騎士が無事を報告してきた。
「良かった。アルベルト、まずは宿に戻りましょう」
「はい。ローディス、ロイ、お前達は馬を厩舎に戻しておけ」
「はーい。アルベルト隊長、キャスがどっか落っこちてたら俺達のとこに来るよう伝えておいてください」
「……分かった」
双子の軽口に咎める気も起きないのか、アルベルトが溜息交じりに返して宿へと歩き出す。キャスリーンもまた皆に一度視線をやり、また後でと告げると彼を追った。
その際に聞こえてくる「凄いよなぁ」「不思議なもんだ」という双子の言葉に、ほんの少しだが浮足発ってしまう。