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15:襲撃


 もともとこの旅は『試練ごっこ』でしかない。普段は全く見向きもしない聖堂をわざわざ訪れ、意味があるのか定かではない儀式を行うだけのものだ。

 ゆえに旅自体にもさして緊迫感はなく、騎士と聖女の二役をこなさなければならないキャスリーンも馬車の中ではのんびりと過ごしていた。それどころか、誰もいないことを良いことにベールをめくって欠伸を漏らす。

 窓には日差し除けのカーテンが掛かっており、窓を開けない限り中は覗かれない。走行中なので当然馬車の扉を開ける者もいない。

 そもそも停まっていたとしても普通はノックをしてから開けるものだ、馬車内ぐらいでは顔の前でひらひら揺れる布を払ったところで許されるだろう。――という言い分をキャスリーンが告げたところ、アルベルトが申し訳なさそうに「そうだよな。ノックするよな」と詫びてきた。それが勿論己の失態をさしているのは言うまでもなく、キャスリーンが慌ててフォローを入れたのは言うまでもない――


 聖女の旅とはいえその程度……そうキャスリーンは考えていた。

 だが次の瞬間にビクリと肩を振るわせたのは、一定の速度を保っていた馬車が高い音をあげて急停止したからだ。

 大きく馬車が揺れ、摘んでいた贈答品が盛大な音を立てて崩れていく。潰れないようにと荷の上に載せられていた花束がまるで舞うように跳ね上がって落ちる

 それに続くのは馬の嘶き声。高く荒々しいその鳴き声は、実際に見ずとも何かしらの事態が起こったのだと分かる。

 キャスリーンが慌てて立ち上がり、外へ出ようと扉へと手を伸ばす。だがその直前に豪快な音とともに扉が叩かれ、返事を待っている余裕もないと開けられた。

 そこに居たのはアルベルトだ。緊迫した表情の彼は勢いよく扉を開けると共に「キャスリーン様!」と声を荒らげ……、


 そして「うぉ!?」という間の抜けた声と共に、そのままの勢いでキャスリーンにぶつかってきた。


 見事な衝突の果てに、キャスリーンが彼の下敷きになる。

 運良く座席に倒れ込んだから良かったものの、全体重でのし掛かられてはさすがに重い。咄嗟にあがった「むぎゅう」というくぐもった悲鳴も、アルベルトの体に押し潰されて誰にも届かなかっただろう。 


(お、重い! 這い出なければ潰されてしまう……!)


 あまりの重さにキャスリーンが命の危険を感じ、アルベルトの体の下から這い出ようともがく。

 だが次の瞬間にビクリと体を震わせたのは、彼の腕が引き留めるようにキャスリーンの体を抱きしめてきたからだ。

 片腕で自らの体を支えたのか、押し潰されるような圧迫感は和らいだ。だが逆の腕にしっかりと抱きしめられ、キャスリーンの体が硬直する。


「アルベ……アルベルト隊長……じゃなくて、アルベルト……ど、どうしました……」

「キャス、顔が……いや違う、キャスリーン様、ベールがっ……!」

「ベール? ……あぁ、しまった!」


 ベールをめくったままだった事を思い出し、キャスリーンがアルベルトの体の下で慌ててベールを下ろした。それを確認し、ようやくアルベルトが抱き締めていた腕を解いてキャスリーンの上から退く。

 見れば扉の外には騎士が数人。何かあったのだろう馬から下りて剣を構えている。中には数人「何をやってるんだ」と言いたげな表情でこちらを見ているが、幸いあの衝突でキャスリーンの素顔までは見えていなかったようだ。

 良かった、とキャスリーンが心の中で安堵する。だがすぐさまその安堵の意識を振り払ったのは、今の状況が『良かった』等と落ち着いていられないからだ。

 何があったのかは分からないが、少なくとも飛び込んできたアルベルトや扉の外にいる騎士達の様子から予期せぬ事が起こっているのが分かる。それも、剣を抜いているのだから尚更だ。


「アルベルト隊長……いえ、アルベルト、何があったんですか?」

「キャスリーン様を狙った賊です。どうか馬車から出ずにいてください」

「そんな!」


 あまりの突然のことにキャスリーンが声を荒らげる。

 だが事実窓の外を見れば風貌の悪い集団が馬車を囲んでいる。騎士達がその間に入り、互いに睨み合う様はまさに一触即発。

 見ているだけで張りつめた空気を感じてしまう。全身の産毛が総毛立つような、己に尾があれば毛が逆立ち膨れ上がりそうな感覚。生唾をのむ音すらも何かを引き起こしてしまいそうで、空気の重さに呼吸が浅くなる。


「私も加勢に!」

「キャスリーン様、大人しく、座っていてください」


 念を押すようにアルベルトに告げられ、キャスリーンがむぐと口をつぐんだ。立ち上がり掛けていたところを再び座り直す。


(そうだった、今は聖女なのよね……)


 逸る気持ちを落ち着かせるように自分に言い聞かせる。

 今は聖女キャスリーン。普段は王宮の最奥にある謁見の間で力を振るっている聖女。剣とは無縁、むしろ癒しの力を使うと考えれば真逆と言える存在なのだ。

 そんな聖女が剣を手に馬車から飛び出したりすれば、誰もが不審に思うだろう。そのうえ手にしているのがレイピアだった場合、下手すればどころではなく即座に正体を知られてしまう。


「そ、そうね。大人しく座っているわ……。みんな気をつけて」

「はい。何かあっても、決して、必ず、絶対に馬車から出てこないでください」

(さらに念を押してくる……)


 有無をいわさぬアルベルトの眼光に、キャスリーンがコクコクと頷いて返した。現にベールも下ろさず飛び出そうとしたのだから彼の言葉は耳に痛く、反論など出来るわけがない。

 それでもせめてと「気をつけて」と告げれば、アルベルトが柔らかく微笑んで「任せろ」と小声で返してきた。敬語ではなく、普段の彼らしい口調。

 力強いその言葉に、キャスリーンの胸に安堵が沸く。

 そうして最後に一度「大人しく待っていてくれ」と確認するように告げ、アルベルトが馬車から出ていく。扉が閉められ、しばらくすると剣が交わされる激しい音が響き始めた。

 睨み合っていた沈黙の時間が終わったのだ。甲高く鳴り響くその音に、キャスリーンは居てもたっても居られず、せめてと言いたげに壁に身を寄せて響く剣戟の音に耳を澄ませた。



 しばらく剣戟の音は続いただろうか。

 キャスリーンが皆の無事を祈っていると、ガタンッ! と大きな音をたてて馬車が揺れた。次いで一気に振動が激しくなり、バランスを崩したキャスリーンもクッションの上へと身を倒す。普段であれば緩やかに出発するはずの馬車が一気に速度を上げて走り出したのだ。

 まるで逃げろと言っているかのように。馭者が勢いをつけて手綱で馬の尻を打ったかのように……。

 これにはキャスリーンもすぐさま体制を立て直し、慌てて窓を開けた。よっぽどの勢いで走っているのか息苦しさを覚えかねないほどの風が金の髪を大きく揺らし、ベールすらも捲ろうとしてくる。

 並走する騎士の中にアルベルトの姿を見つけ、キャスリーンが彼を呼んだ。


「アルベルト! 何があったんですか!」

「次の村へと急ぎます。あっちは数名残したので大丈夫でしょう!」


 手綱を握りしめ駆けさせながらアルベルトが告げてくる。

 彼の騎士服は汚れが付着し応戦の跡が見える。土汚れに……それより色濃い染みは血痕だろうか。キャスリーンが案じるように視線をやれば、大事ないと言いたいのか深く頷いて返してきた。


「キャスリーン様は馬車内でお待ちください。いつもより速度を出しています、危ないので立ち上がらないで!」


 アルベルトの言葉に、キャスリーンがこれ以上彼に心配はさせまいと大人しく馬車内へと戻った。

 どれだけ造りの良い馬車であろうと、予想されている以上の速度を出せば激しく揺れる。その揺れはまるで早鐘状態の己の心音と共鳴しているようで、キャスリーンは座席に深く腰掛けギュウと両手を組んだ。




双子の名前が分かりにくいので変更しました。

キャスをネズミ扱いするのがローディス

キャスをエビ扱いするのがロイ です。

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