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13:お飾り聖女の出来る事


 そこに居たのはトルステア家当主ブレント。つまりキャスリーンの父親である。

 平時は貴族らしい服装をしている彼だが、今だけは騎士の正装を纏っている。もちろん腰からは剣を下げており、その姿は普段とは違った威厳を感じさせる。

 キャスリーンが思わず「お父様、恰好良い!」と声をあげた。


「お父様がお母様の護衛なのね」

「これでもナタリアと会う前は騎士として国に務めていたんだ。流石に現役時代のようにとは言わないが、それでもナタリア一人を守るぐらいは造作ない」


 そう穏やかに笑い、ブレントが腰から下げていた剣の柄を撫でた。

 余裕を感じさせ、それでいて己の強さを誇り見せつけるような仕草。いつも書斎で本を読んでいる父からは想像できず、意外とさえ言えるその姿にキャスリーンがうっとりとしてしまう。

 優しく穏やかな貴族の当主が、いざとなると逞しい騎士になる。まるで物語のようではないか。


「お父様、何があってもお母様を守ってね」

「あぁ、なんとか置いていかれないようにするよ」

「……お母様は相当早いのね」

「懐かしい……。ナタリアが馬に乗ると、ほとんどの騎士が振り切られてたな……」


 昔のことを懐かしむように話すブレントに、キャスリーンが瞳を細めた。

 それほどまでなのね……と内心で呟く。自分も大概だと思っていたが、当時のナタリアはそれを優に上回っていたようだ。

 だが今回はナタリアも早駆けと言えどそこまで速度を出すつもりはないらしく、上機嫌で微笑みながら「若い時のデートを思い出すわね」とブレントの腕を擦っている。

 さすがにデートならば振り切ったりもしないだろう。

 ……多分。


「それじゃキャスリーン、私はブレントと二人旅を楽しむから、貴女な聖女としてちゃんと振る舞いなさいね」

「分かってるわ、任せて!」


 ナタリアに微笑みながら告げられ、キャスリーンが胸を張って返す。

 それを見守り、ブレントがならば自分はと言いたげにアルベルトに声を掛けた。


「キャスリーンをよろしく頼む。やんちゃな娘だが、どうか支えてやってくれ」

「はい、畏まりました」


 そう真剣な顔つきで話し合う二人はまさに騎士だ。年の差こそあれど同じ剣を下げ、国に忠誠を誓った騎士。その姿は格好いいの一言に尽きる。

 キャスリーンが見惚れるように見つめていると、出発の準備を整えたナタリアが、ツツ……と近寄ってきた。そうして耳元にそっと顔を寄せ、


「恰好良くて素敵ね。……惚れちゃいそう」


 とこっそりと囁くように告げてきた。

 その言葉に、キャスリーンの頬がポッと赤くなる。


(惚れるって、誰が? 誰に!?)


 そう考えて慌ててキャスリーンがナタリアを見れば、してやったりと笑っているではないか。

 見つめてくる瞳のなんと楽し気なことか。やられた……とキャスリーンが自分の頬を押さえながらナタリアを睨み付ける。


「お母様、変なことを言わないで!」

「あら、私はブレントのことを言ったのよ。ほんと、惚れ直しちゃうわぁ」

「……謀ったわね」

「なんのことかしら? まぁキャスリーン、可愛いお顔が真っ赤になってるわ」


 どうしたの? とわざわざベールを捲って顔を覗き込んでくるナタリアのなんと白々しいことか。

 キャスリーンがむぐと口を噤み、次いでナタリアの手を払うと己の顔を隠すようにベールの端を掴む。それでもと再び捲ってこようとする手は容赦なくペチンと叩いておいた。


「お母様、のんびりしてる暇は無いわ。そろそろ他の騎士達が探しにきちゃう」


 だから、と出発を促せば、ニンマリと笑んだナタリアがやたらと優し気な声色で「そうね」と同意してくれた。

 だが最後に隙をついてベールを捲り、ツンと頬を突っついてくる。

 これにはキャスリーンもしてやられたと唸るが、ナタリアはさっさとブレントのところに行ってしまうのだ。行動力も破天荒さも、なにから何まで一枚も二枚も上手である。


 

 そうして「次の村で」と告げて馬で駆ける二人を見送り、キャスリーンとアルベルトが仲間達の元へと戻った。

 今度は『アルベルト隊長と部下のキャス』ではなく『アルベルト隊長と聖女キャスリーン』としてだ。

 馬を預かっていた双子がそんな二人の姿を見つけ、ローディスが「あれ」と声をあげて周囲を窺った。次いで彼の視線が向かうのはアルベルトの胸元と腰。


「アルベルト隊長、キャスはどこに入れたんですか」

「……ポケットに入れる前提で探すんじゃない」

「そうだぞローディス、キャスは俺の鞄に……あれ、入ってない」


 おかしいな、と己の鞄を漁るのはロイである。

 相変わらず、それどころかその姿が見えなくても揶揄おうとする双子に、キャスリーンが眉間に皺を寄せた。ベールで顔を隠していて良かった……。


「キャスは宿の手配のため先に次の村に行ってる」

「そうですか、良かった。俺上着のポケットに穴が空いてるから、そこから落としたのかと思いました」

「俺も。鞄に穴が空いてたから、そこから落ちたのかと思った」


 ケラケラと笑う双子に、アルベルトが盛大に溜息を吐いた。

 次いで彼はそっとキャスリーンに近付くと、ほんの少し寄りかかるようにして顔を寄せてきた。


「……今はキャスリーンだから、怒るなよ」


 そう案じてくる声に、キャスリーンが周囲に気付かれないよう小さく頷いて返した。普段ならばアルベルトが頭を撫でて宥めてくれそうなところだが、生憎と今は聖女のためそれも望めそうにない。

 となるとこの怒りをどこへ向けるべきか……と、キャスリーンが胸の内に溜まる怒りの発散処を探す。だが次の瞬間にはその怒りも一瞬にして消え去ってしまうのは、キャスリーンの姿を見て待ち構えていた村人達が湧きたったからだ。

 元より賑わっていた人だかりが更に声をあげ、子供達が「キャスリーン様!」と駆け寄ってくる。誰もが笑みを浮かべ、満ち溢れる歓迎の空気にキャスリーンがベールの下で微笑んだ。


 なんて暖かいのだろう。子供達の頭を撫でながら胸が温まっていくのを感じる。

 とりわけまだよたよたと歩く幼子が花を片手に歩み寄ってくれば心も表情も蕩け、キャスリーンがしゃがみ込むと共に幼子を抱きかかえて受け止めた。正装の裾が地面に付き土汚れが付着する、白い布にその汚れは目立つが、今のキャスリーンには些細な事だ。

 そんな汚れなど腕の中のこの愛しさとは比べ物にならない。幼児特有の温かさ、肌に触れる柔らかさ、「キャシュ、キャシュリ様」と必死に名前を呼ぼうとする声も姿も何もかとが愛おしい。


「キャシュリさま、これあげゆ」

「まぁ、綺麗な花。ありがとう」


 花を差し出され、キャスリーンが礼を告げると共にその小さな手ごと包んだ。花も、巻かれたリボンも、この子供も、全てが嬉しい。

 次いでキャスリーンがお返しだと腕の中で嬉しそうに笑う子供の頬を撫でた。だがピタと撫でる指を止めたのは、そこに切り傷を見つけたからだ。

 血は止まり瘡蓋になっているが、周囲が赤くなっており見ていて痛々しい。


「これは?」

「遊んでいる時に葉で切ってしまったんです」


 そう告げてくるのは母親だろう。やんちゃな娘で……と困ったように話すが、その声には愛が溢れている。

 小さな傷だ。だがふっくらとした愛らしい頬にはやたらと目立つ。ツンと突っついて「痛くない?」と聞けば、舌足らずな声で「ピリピリする」と答えが返ってきた。

 痺れるようなむず痒さを感じるのか、小さな手が小さな傷を掻く。幼いゆえに痒さを我慢できず掻いてしまい、傷の治りが遅くなるのだろう。慌てて「触らないの」と制する母親の姿に長引いているのが分かる。

 それを見て、キャスリーンがベールの下で小さく微笑んだ。

 そっと頬に触れる。軽く撫でれば、くすぐったいのだろうキャッと高い笑い声が返ってきた。


「キャシュリさま、なにするの?」

「じっとしててね、ピリピリするのを治してあげる」

「……ほんとう?」

「えぇ本当よ。任せて」


 キャスリーンが微笑むと共に頷いて返し、柔らかな頬を軽く撫でた。

 瞳を伏せて、意識を集中させ、ゆっくりと息を吐きながら……。

 そうして手を放せば、そこには変わらず幼児特有のふっくらとした頬。興奮しているのかほんの少し赤らんでおり、滑らかな肌には傷一つない。


 ……そう、傷一つないのだ。


 跡形も無く消えてしまった傷に、それを見た母親が息を呑んだ。周囲からも感嘆の声があがる。

 第一騎士隊が「さすがキャスリーン様だ」と敬意示すとともに褒め、双子が「すげぇな」「見たか今の」と彼等らしく声をあげる。

 だがそんな渦中にいる幼子はいまだ自分の身に何が起こっているのか分からないようで、キョロキョロと周囲を見回し、母親にツンと頬を突かれてようやく頬を押さえた。

 といっても押さえたところでいまだ理解出来ず、今度は反対の頬に触れた。ペチペチと自分の頬に触れ、コテンと首を傾げる姿はなんとも言えず愛らしい。


「キャスリーン様、ありがとうございます!」

「いえそんな、小さな傷ですから。お花のお礼です」

「癒しの恩恵を与えて頂けるなんて……!」


 不思議そうに自分の頬を押さえる娘を抱きかかえて感謝する母親に、キャスリーンが慌ててしまう。

 確かに聖女の力を使ったが、小さな切り傷を治した程度だ。キャスリーンからしてみれば大したことではないどころか、そもそも放っておけば自然治癒したもの。それに手を貸しただけに過ぎない。

 現に力を使っても反動だって起こらない。立ち上がったところでいつもの眩暈も無ければ、疲労すら感じないのだ。

 だというのに母親はこれでもかと感謝を示し、今にも拝みだしそうなくらいだ。それを見たからかもしくは母の真似をしているのか、頬を押さえていた幼子もまた舌足らずにキャスリーンに感謝を告げてくる。

 それが無性に恥ずかしく、ついには耐え切れなくなりキャスリーンが周囲に声をかけた。


「ほ、他に癒しを求めてる方はいませんか。歓迎のお礼をさせてください」


 一人を相手にしてこれだけ感謝されるのだから、力を振る舞ったらどうなるか……。だがとにかく今はこの感謝と賛辞の嵐を切りぬけたい一心である。


「キャシュリーンさま、てつだってあげる」


 正装の裾を引っ張ってくる可愛い申し出に頭を撫でて返し、一人また一人と名乗り出てくる者達を前にキャスリーンが心の中で腕まくりをした。……もちろん、実際には腕まくりなど出来ないのだが。



今日から12時18時更新と言った直後にこの有様……!!

遅くなり申し訳ありません。

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