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12:騎士から聖女へ


 聖堂を目指す旅と言っても、元々がお飾り聖女の試練ごっこでしかない。道中なにか危険があるわけでもなく、何かに試されることもない。のんびりと馬車に揺られるだけだ。

 あえて言うのであれば、聖女が乗る馬車が質朴なあたりが試練らしさを感じさせるのか。

 王宮が手配したとは思えない、絢爛豪華とは程遠い洒落っ気のない平凡な馬車。聖女が乗るには豪華さに欠け、それがこの試練ごっこに箔をつけるのかもしれない。


「といっても、造りは良いし中は広いし、馬上よりは比べるまでもなく快適ですけどね」


 そうキャスリーンが馬上で呟けば、並走していたアルベルトが肩を竦めた。

『質朴な馬車で旅』が試練と思えるのは、日頃豪華な馬車に乗っている者達だけだ。乗り合いの馬車を使用する者や、馬車どころか自ら手綱を握り馬を操る騎士からしてみれば贅沢も良いところである。

 そのうえ、馬車は外観こそ質朴だが中は上質のクッションが敷き詰められているのだ。もちろん聖女が長旅で体を痛めないためである。

 なんという気遣いと優しさ。いったいこれのどこが試練なのか、やはり『試練ごっこ』でしかない。


「でも退屈という点では試練かもしれませんね」

「確かに、馬車の中では本も読めないし、お付きも載せられないから話も出来ないな」

「……そのせいでしょうか、先程から馬車の窓から綿が投げられてる気がするんです」

「……クッションが全滅する前に着くと良いな」


 きっと馬車内ではナタリアが退屈し、そして退屈するあまりクッションの綿を抜いているのだろう。小さく千切られた綿が時折ポンと窓から投げられている。――それで退屈が解消されるのかは定かではないが――

 その光景から儀式めいた厳かさは欠片も感じられないが、後続を守る双子が楽し気にキャッチしているので止めるのは野暮というもの。第一騎士隊の騎士達が冷ややかに見ている気がするが、時期に見慣れてくれるだろう。

 そうキャスリーンが呆れと共に後続を眺めれば、並走していたアルベルトが馬を寄せて小声で話しかけてきた。


「次の村で少休憩を取る。そこで入れ替わるんだな?」

「はい。皆には『キャスは宿を手配するため先に次の村へと出発した』と伝えてください」

「分かった。だがキャスがキャスリーンに戻ったらナタリア様はどうされるんだ?」

「この村に知り合いがいるので、馬を借りて次の村に先回りすると言ってました」

「……馬に乗れるのか、頼もしいな」


 手綱を握り早駆けするナタリアの姿を想像したのか、アルベルトが絞り出したような声で誉め言葉を口にする。

 それに対してキャスリーンは何と答えて良いのか分からず、それでも頼もしいのは確かだと頷いて返した。

 馬に乗れるのかと、無理をして怪我をしてしまうのではと、そうナタリアを案じたのが懐かしい。返ってきたのは堂々とした、


『聖女時代には何度も王宮を抜け出して馬に乗ったものよ!』


 という頼もしさを通り越した返答だった。

 キャスリーンがそれを聞き、当時の重役達を心の中で労ったのは言うまでもない。確かに聖女はお飾りだが、どうやら先代聖女はなかなか簡単には飾られてくれなかったようだ。

 それをぼやけば、並走するアルベルトがクツクツと笑みを零した。楽し気なその表情に、まるで自分の事を指摘されている気がしてキャスリーンが慌ててコホンと咳払いをした。

 確かにナタリアも突飛な性格をしているが、聖女でありながら騎士としても生活している自分も大概である。「人のことを言えないだろ」と、そんなことを言われた気がしてなんとも気恥ずかしい。



 そうして辿り着いた村は王都とは比べ物にならないほど規模が小さく、住人も極わずかなのだという。

 王都から馬を走らせて数時間という距離ゆえなのだろう。自然を求めれば田舎へ、利便性を求めれば王都へ、そうして徐々に住人が減り、その結果がこの小規模だという。

 といっても寂れているわけではなく、王都にはない穏やかな空気が漂っている。見回しているだけで心が自然と馴染んでいくような、そんな包まれるような穏やかさだ。

 だがキャスリーン達が到着した時は穏やかとは言えない賑わいを見せており、人だかりさえ出来ていた。

 誰もが聖女の訪問を喜んでおり、子供達が花束を抱えて今か今かと待ち構えている。馬車を見つめる瞳はみな一様に輝いており、聖女様が来てくれたと口々に話している。

 歓迎されている、それが言われなくとも一瞬で分かり、キャスリーンの表情が自然と緩む。


「キャス、こっちに来てくれ」


 そうアルベルトが小声で話しかけてきた。

 入れ替わるためだろう。キャスリーンがそれに頷いて返し、そっと騎士達の輪から離れた。




「ここなら人も来ないだろ、小屋のカギは荷を預けておくと言って借りておいた」


 アルベルトに案内されて向かったのは、馬車から少し離れた場所にある小屋。位置的には村の外れだろう。周囲には何もなく、最低限の手入れ程度しかされていないのが分かる。

 彼の言う通り人が来る気配はなく、賑わいもここまでは届かない。とりわけ今は皆が馬車に集まっているのだから尚更、わざわざここに来るは居ないはずだ。

 それでもと念のためアルベルトが周囲を窺い、誰も来ないと分かるとほっと安堵の息を吐いた。


 次いで小屋の扉を開ければ、中で待っているのはもちろん聖女……もとい、聖女の恰好をしたナタリアだ。

 どうやら座りっぱなしが辛かったらしく、ようやく解放されたと言いたげにぐっと背伸びをしている。聖女のふりをしている事にも入れ替わる事にも緊張の欠片も見せないその姿は、なんともナタリアらしい。堂々としていて頼りがいがある。

 思わずキャスリーンが笑みを零して母を呼んだ。彼女を見ていると緊張が解けてしまう。


「お母様、馬車の旅はどうだった?」

「退屈よ。おかげでクッションが三つも犠牲になったわ」

「……結構破ったのね」

「双子が競ってキャッチしてたのよね。ねぇ、どっちが多く取ったの?」


 嬉しそうに話すナタリアに、キャスリーンが思わずアルベルトと顔を見合わせてしまう。退屈という割になんとも楽しそうではないか。やはり止めなくて良かった。

 だが長く話をしているわけにもいかず、キャスリーンが改めるように母を呼んだ。それを聞いて本題を思い出したのか、ナタリアの顔が真剣なものに代わる。アルベルトが小屋から出ていくのは二人が着替えると察したからだ。


 手早く騎士服を脱ぎ、聖女の正装を纏う。

 戦うために身軽さを重視された騎士服に比べて、厳かさが重要視される聖女の正装は布がふんだんにあしらわれているため重くて動きにくい。そのうえベールで顔を隠さなければならないのだから、キャスリーンの動きは半減である。

 それをぼやけば、先程まで聖女の正装を纏い今はシンプルなワンピースに着替えたナタリアが同感だと頷いた。


「キャスリーンの服は随分と重いのね。私の時はもう少し軽かったし、私のお母様の時はもっと……まさか、徐々に重くして動きを制限してるのかしら」

「動きを制限? なんでそんな」

「キャスリーンは覚えてないだろうけど、貴女のお祖母様はそれはそれは行動力に溢れた方だったのよ。その前も、その前も……」

「……なるほど、それで正装で動きを制限しているのね。そのうち重しを括られてしまうかも」


 どうやら破天荒なのはキャスリーンとナタリアに限らず、先祖代々大人しく飾られていなかったようだ。

 そんな歴代聖女の行動からこの重たい正装が出来たのかと思えば、どこか感慨深く……はならない。

 常々この重苦しい正装に「まるで椅子に括り付けられているよう」と思っていたが、まるでどころか実際にその意図があったかもしれないのだ。もっとも、それと同時に原因は自分達にあると判明したので不服とも言えないが。 

 だが今は正装について考えている場合ではない。そう雑念を掻き消し、キャスリーンが身形を確認すると共に最後の仕上げでベールを被った。――このベールも顔を隠すためだと考えていたが、もしや聖女の視界を遮って行動力を削ぐものでは……と疑惑も浮かぶ――


 そうして着替えを終えてアルベルトを呼べば、彼は部屋に入るとキャスリーンの姿を見て頭を掻いた。

 キャスが消えたと言いたいのだろう、「変な気分だ」と笑う。


「それでお母様、馬に乗って先に行くのはいいけど、大丈夫なの?」

「頼りになる護衛がいるから大丈夫よ」


 嬉しそうに話すナタリアに、キャスリーンとアルベルトが揃えたように周囲を窺った。

 元より彼女には護衛をつける予定だったが、それを話したところ本人が手配すると言い出したのだ。それは分かるが、いったいなぜこんなに嬉しそうなのか……。

 そんな疑問を抱きつつその人物を待てば、ゆっくりと扉が開き、現れたのは……、


「お父様!?」

「ブレント様!」


 騎士服を着たその男の姿に、キャスリーンとアルベルトが揃えたように声を上げる。ナタリアだけがうっとりとした表情で彼のもとへと駆け寄った。





本日から12時・18時の更新になります。

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