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10:出発Ⅰ


 通達が出てから数日後。


「なんで俺達が選ばれたんだろうなぁ」


 とは、ローディスとロイどちらかの言葉。

 あいにくとキャスリーンは腰から下げる鞄の中身を確認していたのでどちらが発したのか見ていなかったが、まぁどっちでもいいかと考えて彼等を見上げた。

 なにせこの双子、見た目も行動も同じで、声も、それどころか喋る内容も似たり寄ったりなのだ。


「なんでって……そりゃ、通達が出たからでしょ」

「その通達が不思議なんだよ。なぁロイ、最初に聞かされた時は冗談かと思ったよな」

「あぁ、冗談にしても分かりやすすぎて面白くないと思ったくらいだ。だって儀式同行は第一騎士隊から選抜される決まりだろ、それなのによりによって第四騎士隊の俺達だぞ」


 そう訴える双子に、キャスリーンが「私に言われても」と誤魔化すように返して鞄へと視線を戻した。出発前に何度も確認したが、念のためもう一度中を見ておこうか……と覗く。

 そんなキャスリーンに対して、双子は普段通りだ。緊張している様子も無ければ、荷物の確認もたった一度。暢気に愛馬を撫でたり同行する第一騎士隊の面子を眺めている。

 変わったことと言えば、儀式への出発ということで彼等の服装が普段より畏まっていることくらいか。キャスリーンも同様、式典用の正装を着ている。普段の騎士服より飾りが多く堅苦しいが、それでも聖女の正装よりは軽いし動きやすい。

 見れば重役と話をしているアルベルトに至っては、正装のうえマントも羽織っている。

 今回の旅を率いる役割を担ったからこそなのだろう。その姿は威厳を感じさせ、キャスリーンが見惚れるように視線をやった。白を基調とした騎士服に濃紺のマントがよく映える。

 双子も同じようにアルベルトに視線をやり、次いでやはり分からないと言いたげに首を傾げた。ローディスは右に、ロイは左に、瓜二つの双子が左右に首を傾げる光景は見ていて面白い。


「功績を認められてアルベルト隊長が抜擢! ってのは分かるけど、なんで俺達やキャスまで選ばれたんだろうなぁ」

(言えない、『愉快枠』だなんて絶対に言えない。騎士として不名誉だと傷つくか、面白いと調子にのるか、どっちにしろリスクが大きすぎる……)

「誰もキャスリーン様とは面識ないよな? 俺達は王宮に入ったことすらないし……。いやでも待てよ、まさかキャスが関係してるんじゃ……! そうか!」


 ひらめいた、と言いたげなローディスの声に、キャスリーンがビクリと肩を震わせると共に慌てて顔を上げた。

 元々ローディスは勘が良い。ゆえにこの抜擢を不審に思い、そして何か隠されていると感づいたのだ。それどころか『キャスが関係している』とまで辿りついてしまった。


(どうしよう、もしかして気付かれた……!?)


 キャスリーンが己の心音が早まるのを感じつつ彼を見上げた。

 ローディスがじっとこちらを見つめてくる。錆色の瞳。普段は悪戯気に細められ、人を茶化す時は子供のように輝くその瞳が、今は真剣みを帯びてキャスリーンに向けられる。


「きっと俺達が選ばれたのは、キャスが居たからだ……」

「わ、私が……?」

「あぁ、きっとキャスリーン様は大柄の騎士達と同行することで上からの圧を感じ、なにか小さきものを側に置きたいと考えたに違いない!」

「小さきもの!? 失礼な!」

「それでキャスが選ばれたんだ。となると俺達はきっとキャスをからかって、キャスリーン様を楽しませる役だな。旅を面白可笑しくする、俺達にしか出来ない仕事だ。なぁロイ」

「なるほどそれで俺達が選ばれたのか。さすがキャスリーン様、見事な抜擢だ!」


 ケラケラとローディスが笑えば、ロイもまた便乗して笑う。そんな二人をキャスリーンが唸りつつ睨んだ。――若干だが的を得ている部分もあるあたり、相変わらずローディスは勘が良い――

 そんなやりとりをしていると、重役と話をしていたアルベルトがこちらへ手招きをしてきた。


「キャス、ちょっと話があるからこっちに来てくれ」


 そう声を上げて呼んでくる。あえて名前を呼ぶことで『キャスだけに話がある』と言いたいのだろう、キャスリーンが彼の元へと向かえば、察した双子が愛馬を預かってくれた。

 その際に「今のうちにネタを仕込んでおこう」だの「キャスリーン様に退屈させるわけにはいかないもんな」だのと交わされる言葉は不穏でしかないのだが、今は言及するまい。


(旅の問題がここにも……)


 キャスリーンが内心で恨みがましく呟きつつ、ひとまずとアルベルトの後を追う。

 わざわざ場所を移動するあたり、周囲に聞かれては困る話……つまり、この旅で聖女キャスリーンと騎士キャスをどう入れ替えるかということだろう。

 それもまた、というよりはこの旅の最難関である。

 なんとも問題がいっぱいではないか……。


「なんだか頭が痛くなりそうです」

「具合が悪いのか?」

「いいえ、問題が多すぎて。ただでさえ問題なのに、なんでよりによってあの双子まで一緒なのか……」

「そうだな。だけどキャス、今すごく楽しそうな表情してるぞ?」

「え?」


 アルベルトに指摘され、キャスリーンが慌てて自分の頬を押さえた。

 曰く、双子に対して文句を言う時のキャスリーンはいつも楽しそうに見え、問題が山積みで頭が痛いと訴えている今も変わらないという。

 それを言われるとキャスリーンはなんとも言えない気持ちになり、早くこの話題を終わらせるべく足早に歩き出した。




 そうして人気の無い場所へと向かう。

 そのうえで念のためにと周囲を見回すのは、もちろんこれから話すことを周囲に聞かれてはいけないからだ。……それと、これから落ち合う人物も見られてはいけない。

 だからこそ念入りに確認し、誰も来ないと判断するとようやくキャスリーンがその人物を呼んだ。


「……お母様、出てきて大丈夫よ」


 と。

 その声を聞いて、建物の陰からそっと一人の人物が姿を現した。

 ナタリアだ。いや、キャスリーンがキャスとして皆の前に出ている今は、彼女が『聖女キャスリーン様』である。

 彼女こそ、この度を進めるための重要な鍵、聖女と騎士の仲介役だ。

  

 聖女キャスリーンの旅に騎士キャスが同行するということは、二人が同時に同じ場所に存在するということである。一筋縄ではいかないどころではない、不可能な話だ。

 入れ替わるにしても問題が多い。

 キャスならばまだ『アルベルトの支持で周囲を伺っている』だのと理由を付けて一行から離れることは出来るが、対してキャスリーンは抜けられない。そもそもキャスリーンの身辺を守るための同行であり、常に誰かがそばに居て、移動中は馬車の中だ。逃げ場はない。

 となればどうするか、聖女キャスリーンの代役をたてるしかない。幸い聖女は常にベールで顔を隠しており、同行者のうち誰も素顔を見たことが無い。布を幾重に重ねた正装を纏っているため体格も多少誤魔化しがきく。背格好と髪色、それに声が似ていれば代役は務まる。


 だがそれはあくまで外観の話。問題は聖女としての『癒しの力』だ。

 いつなんとき力の行使を求められるか分からない。障害も試練も何もない旅だとしても、負傷する可能性が無いとは言い切れない。たまたま負傷者と遭遇することだってあり得るのだ。

 仮にキャスリーンがキャスとして旅をし、代役の聖女がいる時に聖女の力を求められたら……。

 つまり代役を務められるのは、キャスリーンと背格好が似ていて、同じ髪色をしていて、声も似ていて……そしてなによりキャスリーンと同じく聖女の力が使える人物。


 誰がいるか……など考える必要もないだろう。

 ナタリアだ。


 彼女ならば、代役を務めている最中に聖女の力を求められても対応出来る。

 前代とはいえナタリアは元聖女、むしろ今のキャスリーンよりも聖女としての能力は高い。それに、キャスリーンも彼女がそばに居てくれたほうが心強い。


 そしてなにより、彼女はこの騒動を起こしてくれた張本人なのだ。


(一人王宮でぬくぬくなんてさせない……お母様、落ちる時は一緒よ……!)


 という心境である。――ちなみにキャスリーンがこれを話したところ、アルベルトが「悪い顔をしない」と宥めるように頭を撫でてきた――




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[気になる点] 『アルベルトの支持で周囲を伺っている』 支持→指示
2020/09/30 19:51 退会済み
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