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01:癒やしの聖女


 煌びやかに飾られた部屋には高価な調度品が並び、ガラス張りになった天井の一角からは日の光が降り注ぐ。柱にあしらわれた細工がその光を受けて美しさと精密さを訴え、室内の最奥に佇む柱に嵌め込まれた宝石が眩く輝く。

 王宮の最奥に設けられたこの一室は、まるで国の権威を現すかのように豪華で厳かな造りをしている。

 そんな一室の上座には、これまた部屋の規模に見合った豪華な椅子が置かれている。


 上質の布を張られ、背もたれや枠には細工。誰が見ても特注と分かる、玉座と呼んでも差し支えない程の椅子だ。

 だがそこに座るのは一国の王ではなく、小柄な一人の少女。

 白を貴重とした服装、華やかでありつつも華美すぎず、幾重にも重ねられた上質の布が小柄な少女を厳かにさえ見せる。緩やかなウェーブを描く金糸の髪はこの室内において何より美しく、服装と相まって神聖さすら感じさせるだろう。

 顔はベールで覆い隠されており。それもまた神秘的な魅力を見せる。纏う空気に魅了され、誰もがその顔を覗きたいと思うに違いない。

 だが室内に漂う重苦しい空気がそれを良しとしない。重苦しい正装を纏う男達が並び、そのうえ畏まった騎士達が無礼な真似をすれば即座に叩き切らんと言いたげに配備されている。並大抵の者ならば少女の顔を覗くどころか尻込みしかねないほどだ。

 そんな室内においても少女は凛とした佇まいで椅子に腰かけていた。そうして透き通った声で告げる。


「次の者、前へ」


 と。

 鈴の音のようなその声は静まった室内によく通り、並ぶ者達の中から一人の老人が恭しく一歩進み出た。


「キャスリーン様、先日からどうにも体が痛むんです。まるで悲鳴をあげているかのよう……。どうかそのお力で見ては頂けませんでしょうか」


 上座に座る少女をキャスリーンと呼び、老人がゆっくりと歩み寄る。時には腰を擦り、足を擦り、思うように歩けないと訴えているようで見ていて痛々しい。

 かつては黒髪だったという髪は今はその面影無く白く染まり、目元や口元に深く刻まれた皺が老いを感じさせる。足下も覚束なくその歩みはだいぶ危なっかしいが、けして杖を着かないのは彼のこだわりだという。

 そうしてゆっくりと上座へと進み出ると、まるで乞うように頭を垂れた。


「キャスリーン様、聖女のお力で癒してください」


 老人の言葉に、上座に座るキャスリーンはゆっくりと一度頷き、厳かに、そしてやや大げさに片手を上げた。

 周囲の空気が張り詰めるのが分かる。誰もがゴクリと生唾を呑むように視線を向けてくる。

 そんな視線に晒されながら、キャスリーンが流れるような所作で老人に向けて手を伸ばした。

 何も持っていない、これから何を持つわけでもない。ただ手を伸ばすだけだ。それも触れることなく空を掻いてすぐさま引いてしまう。

 それだけだというのに老人の表情が晴れやかなもよに変わった。先程までの乞うような色はなく、痛々しそうに腰をさすることもない。


「おぉ、痛みが引いた……。さすがキャスリーン様、素晴らしいお力!」


 感動したと言いたげに老人がキャスリーンを誉め称える。それどころか自分の健康体を見せつけるようにぐっと背を伸ばした。足も腰も痛む様子はない。

その姿に、彼だけではなく居合わせた者達誰もが感嘆の声を漏らした。

 まるで魔法を見たかのように、それも初めて目の当たりにしたかのように。

「さすが」だの「これはお見事」だのと在り来たりな賛辞を我先にと口にし、揃ったようにキャスリーンへと羨望の眼差しを向けた。口々に褒め、そして我が事のように嬉しそうに笑う。


 高らかに鐘の音が鳴ったのはちょうどその時だ。

 それと同時にキャスリーンの隣に立っていた女性が「本日はこれで」と終いを口にした。続くように室内に控えていた者が退室を促し、騎士達もそれに続く。

 まるで舞台が終幕したかのようではないか。観客は別れの挨拶を告げると一人また一人と劇場を後にし、騎士達も勤めを終えたと去っていく。

 閉幕からの退場はあっという間。そうして残るのは……演者だ。

 まるで舞台装置のような絢爛豪華な椅子に座り、キャスリーンは最後の一人が去っていくのをただ黙って見送っていた。もちろん実際の演者のように手を振ることも頭を下げることもなく。告げられる別れの言葉にはただ黙って頷くだけ。


 それどころか、ベールで覆われた下でこれでもかとうんざりとした表情を浮かべていた。




 キャスリーン・トルステアは聖女である。

 代々続く聖女の家系の末裔。

 手を添えただけで治療する『癒し』の力を持ち、それを国のために捧げるのが聖女である。国民は聖女を愛し、聖女もまた国民を愛し彼らに恩恵を与える。

 トルステア家はそうやって聖女の勤めを続けてきた。だからこそキャスリーンもまた己の力を分け隔て無く国民に捧げ、聖女としての役割を全うする……。

 のが、本人の願望である。これがなかなかどうして上手く行かない。


「またヘイン伯よ!」


 そうキャスリーンがぼやいたのは、午前の謁見を終えた直後。謁見の間には自分と母であるナタリアしか居らず、扉が閉まった瞬間に顔を隠していたベールをめくってこの第一声である。

 だがそれを聞くナタリアは平然としており、それどころか「また始まったわ」と言いたげな表情を浮かべて聞き流していた。


「私知ってるんだから、ヘイン伯は一昨日孫と木登りしてたのよ! 『若い奴にはまだ遅れを取らん』って無理して、それで体を痛めたの! 自業自得じゃない!」

「そうねぇ。あらキャスリーン、明日はヘレナ夫人が来るらしいわ、庭園の薔薇を触ったら棘が刺さったんですって」


 大変ねぇ、と間延びした声でナタリアが嘆願書をめくっていく。

 聖女の癒しを求める者達の救済願い。

 だが実際はどれも内容は急を要するものではなく、やれ前日に無理をしたら体が痛い、やれ日差しの強い場所に居たら日に焼けて肌が痛い……と、自業自得や気候によるものが殆どだ。あとは老いを直視出来ない者達のシミや皺を取ってくれという願い出。

 ナタリアがそれらを読み上げれば、キャスリーンは聞きたくないと呆れを込めた溜息で返してベールを脱いだ。視界が鮮明になり若干の爽快感、同時に聖女としての重苦しい正装を脱げば体も心も少しだが軽くなる。

 聖女の正装は布をふんだんに使っており、そのせいで重すぎるのだ。動きが制限され、まるで椅子に括られているような気にさせる。

 それらを取っ払うように脱ぎ、部屋の隅に隠しておいた服に着替える。金の髪を手早く三つ編みに結べば、先程の鬱憤もどこへやら。

 綺麗さっぱり切り替わり、ヘインに対しても「お大事に」と労りの気持ちになってくる。


「あら見てキャスリーン、ヘレナ夫人は娘さんも髪の痛みをどうにかして欲しいんですって。枝毛が増えて……」

「お母様……いえ、ナタリア様、残念ですが私もうキャスリーンじゃありません!」


 キャスリーンが胸を張ってナタリアに告げる。

 先程まで着ていた聖女の正装やベールは畳んで部屋の隅に寄せ、上から布を被せて隠している。神聖とされている謁見の間なのだから、不用意に入り込んでわざわざ荷を暴く者もいないだろう。

 代わりに纏っているのは騎士の制服。白を基調とした色使いと細部の飾りが厳格さを感じさせ、それでいて騎士としての勤めを果たすため動きやすさも重視されている。もちろん軽い。

 見せつけるようにクルリと回ればレイピアが先を揺らし、腰から下げる大き目の鞄がポンと跳ねる。

 その姿に、ナタリアが小さな溜息と共に「そうね」と呟いた。


「そうね、第四騎士隊所属のキャス。それじゃお勤め頑張って」

「はい、ナタリア様!」


 母からの言葉に、キャスリーンが腰から下げたレイピアに手を添えて返す。格式張ったその所作は騎士としての挨拶だ。

 次いで行って参りますと元気良く告げ、扉へと向かいそのまま飛び出し……はせず、少し開けると顔を出して廊下の様子を伺った。

 この謁見の間は王宮の最奥にある。謁見の直前直後こそ人の行き来があるが、それが終わればシンと静まり人の気配が無くなる。現に今も、キャスリーンが廊下の先を警戒しながら見つめてもメイド一人姿を現さない。


「元気なのは良いことだけど、見つからないようにしなさい」

「分かってます。では行って参ります!」


 威勢良く返事をし、キャスリーンが扉から飛び出すと共に金の三つ編みを揺らして廊下を駆けた。






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