入学準備2
突如、両足の膝がカタカタと震えだす。
耐え難く、目眩がするほどの恐怖に全力で抗う。
『あなた、初めて私を見て膝を着かないなんて、もしかして能力者?』
何を言っているのかわからないが、凛としたまるで鈴の鳴るような声が聞こえたとたんすべてが嘘のように消えていく。
もう一度少女を見ると、もうこちらに興味はなく、店主と商品の受け渡しをしていた。
その手に握られたのは細身の剣。
美しい装飾の施された白い鞘に収められた剣をスラッと抜き放つ。
一目でわかる対悪魔武器。刀身に刻まれた紋様は、魔力を通わせるための回路の役割を担っているのだろう。
素人でも何となくわかる異常なほどの術式回路。その回路の複雑さと多さに、この剣の持ち主がただ者ではないと警告している。
さらに特徴的なのが刀身の色だ。
光をも飲み込んでしまいそうな漆黒の刀身に、烈火の炎を焼き付けたかのような紅蓮の波紋。
相反する二つの色は、この剣が持ち主を深い闇へ引きずり落とそうとしているかのようだ。
持ち主と、異常なほどの魔術回路を刻まれた刀身の美しさに目を離せなくなる。
『あまり見つめないでくれないかしら』
その声で我に戻る。
気づけば口を開けたままだらしない顔で見つめていることに気づいた。
そのことを自覚した瞬間に、顔の温度がはね上がる。
『い、いや、これはその…あの…ちょ、初めまして』
苦し紛れに出てきた言葉が初対面の挨拶。
『初めまして。あなたここで何をしているの?ここは対魔族用の道具店よ』
『対魔族用の道具屋なら、その道具を買いにきた客以外にはないと思うけど』
正論で返答してきた匠に少は『それもそうね。何を買いに来たの?まさか、あなたもD.Eの生徒?』
少女が小首をかわいらしく傾げる。
何気ない仕草だが、この美しさに見とれない思春期の男子はそうはいない。匠も例に漏れず少し顔を赤らめながら『あなたもって事は君も?』
二人が春から同じ学校に通う同士ということに、匠の心は少しだけ弾む。
『ええそうよ。入学用品の対悪魔武器を買いに来たのだけれど、あなたも?』
その言葉で少し心が冷めていくのを感じた。
彼女は同じ新入生なのだ。つまりライバルでもあるという事だ。そんなライバルがあれほどの強力な武器を携えて入学してくる。
かたや匠は銀の銃弾すら買えない財政難。これが格差社会かと訳の分からない思考回路を無理矢理ねじ伏せる。
『いや、そうなんだけど…』
気まずそうにモジモジしている匠に『お手洗いならそこの奥よ』と、完全に勘違いをした優しさが降ってくる。
『そうじゃねぇよ!武器買いに来たのに資金を落っことして困ってるんだよ!』
と、うっかり強めにツッこんでしまう。しまったと思ったが、彼女は気にもとめず返答してくる。
『あら、そう。お気の毒に。それではごきげんよう。』
そう言い残し店を出ていく。
あれほど高そうな武器をオーダーメイドするくらいだから、彼女の家はどこかのお金持ちでなのかもしれない。
(あら、それならこのお金を使ってください!)と、キラキラした笑顔を浮かべながら言ってくれる。そんなシンデレラストーリーをほんの少しだけ期待したが、現実は甘くなかった。
彼女に出会う前より若干肩を落とした匠は、買えそうなものはないかと店内を歩く。
数週回ったところで店内に怒声がこだまする。
『いつまでもウロウロと、鬱陶しいわ!買わんのなら帰れ!!』
『いや、おっちゃん。武器を買わないと帰れないんだよ。わかってくれよぉ』
そんなやりとりを数回繰り返していると、今にも涙を流しそうな懇願にも似た匠の返事に、店主も折れた。
『ほれ、そこの角にある木の箱を開けてみぃ。その中にあるものなら、オマエさんの財布の中身と交換でかまわん』
厳つい顔から放たれた思いがけない優しさに、匠はカウンターを飛び越え店主に抱きつきながら感謝を表す。
『ありがとうございます、ありがとうございます、このご恩は一生忘れません。』
『ええい、鬱陶しい!!はよ選ばんかい!』
そう言って、片手で匠を木箱のそばまでぶん投げる。背中から床に打ち付けられ情けない声を上げる。
『ぐふぇ』ザザザーッと床を滑っていく匠が、目標の木箱で止まる。
『イテテテっ。おっさん乱暴すぎんだろ!筋力値マックスですか!?どこのゴリラだよ!』
先ほどの感謝も忘れ、文句を吐き散らす匠。
『まだまだ若い者には負けんぞい。わぁーはっはっはっ!』ほめられたと勘違いした店主が丸太のような腕で山のような力こぶを作り上げる。
『そんなスーパーゴリラに勝てる人間は、地球上にはいねぇよ!』
調子に乗ったゴリラ店主に言い返しながら木箱を開ける。
中にはまだ使えるのかわからないガラクタばかりが収められている。
例えば、錆びついたリボルバー。鎖がちぎれた鎖鎌。何に使うかわからない謎のボール。ペランペランの日本刀。鬼が持っていそうな金棒などなど、見るに耐えない物ばかり。それでも何か選ばなければと、箱の隅から隅まで漁っていると、箱の隅から一振りの日本刀が出てきた。
艶の消された漆黒の鞘。細かく細工された黒い鍔。
見た目も悪くない。むしろ独特の空気をまとっていて、一級品にすら負けていないオーラを放っている。
カウンターで新聞に目を通しているゴリラ店主に問いかける。
『なぁ、おっちゃん。これも貰っていいのか?』
店主が新聞から目を離しか顔をあげる。
『持って行ってもかまわんぞい。それを見つけるとはなかなかじゃが、それが一番のガラクタじゃ』そう言ってニヤリとする。
意味深な笑みを厳つい顔に浮かべた店主をいぶかしみながら手元の刀に目を落とす。
鞘を納めたままの見た目には高そうだが、抜いてみないことにはわからない。