バル恋と季節イベント 1月
あるかもしれない話としてお読みください。
本編とは関係ありません。
盛り上がりに欠ける、日常に毛が生えた程度の話になってしまいました・・・
「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称「バル恋」は乙女ゲームである。つまり攻略対象との恋愛を楽しむゲームであり、その恋愛を発展させるにあたって、季節イベントというものは非常に重要な通過点となりうる。
何が言いたいのかというと、このバル恋には「初詣」が存在するということである。
しかし―――
「嫌です。私は生まれてこのかた、一度も光教会へ行ったことがないのですよ」
そう、これまでずっとテトラディル侯爵領で年を越していたカーラは、光教会へ初詣に行ったことがない。なぜなら光教会は、南接する隣国とキナ臭い状態にある、南の守りテトラディル侯爵領から撤退したままだからだ。
「えー。じゃあ、尚更一緒に行こうよぉ」
「お断りします。なぜ王家の方々とご一緒しなければならないのですか」
王家の人間は毎年、王都の光教会へ公式的に初詣に行く。
王家にとっては光神に祈るというより、国をまたいで存在する光教会との関係が良好であると知らしめる意味合いが強い。これには王太子の婚約者である姉と共にトリステン公爵とその子息であるアレクシスも参加する。それに同席しないかと誘われたのだ。
もちろんテトラディル侯爵である父と夫人である母も、王家とは時間をずらして初詣に行く予定だ。
弟のヘンリーはカーラが行くなら行くと言っていた。弟はまだデビュー前なので、行っても行かなくてもどちらでも構わないそうだ。カーラも父に一緒に行くかと聞かれたが、最もらしい理由を挙げて断った。父が納得したのだ。きっとヘンリー王子にも通用するだろう。
ちなみに一般人はカーラの前世同様、前年の加護を感謝し新年の無病息災を祈りに、恋人ないし、家族と共に行く。祈りに行くことより、露店や路上興行を楽しむ方がメインだが。
「だいたい殿下は忘れてみえるようですが、黒髪の私が大っぴらに姿を見せると、確実に大混乱を招きますよ」
「「あー」」
カーラの黒髪は畏怖の対象である。周囲の人間に危害を加えると消されるという噂はまだ良い方で、酷いものになると姿を見ただけで消えてなくなるというものまである。噂とは得てして尾びれ背びれがつくものだが、それにしても酷いものだ。
始めから余り怖がらなかったヘンリー王子はともかく、アレクシスまでも、得心したというように小さく頷いたので、カーラは少し驚いた。だがこれで面倒を避けられそうなので、思惑通りになったことに心の中でほくそ笑む。
実はお忍びで露店を冷やかしてみようと思っていることは内緒だ。常々、距離を置きたいと思っている攻略対象たちと一緒に、お出かけする気は露程もない。
「カーラ嬢、露店に興味ないの?」
心を読んだかのようなヘンリー王子の問いかけに、びくっとするカーラ。しかしここで視線を逸らしては負けだ。ぐっと我慢して向かいに座るヘンリー王子に微笑みかけた。
「ないわけではありませんが、混乱を招くわけにはまいりませんもの」
「へえ・・・」
すうっと細められたヘンリー王子の目に、カーラはつい目を逸らしてしまった。やばい。ここは現実的に無理だと知らしめる方向で行こう。
「それに殿下だって、気軽に立ち寄ることはできないでしょう?」
「まあね」
ヘンリー王子はつまらなそうにソファへ背中を預け、足を組んだ。よしよし。上手く丸め込めたようだ。
「さあ、殿下。鍛練後の休憩はおしまいです。お帰りください」
いつも通り早く帰らせようとしてくるカーラを見て、次にやや残念そうなアレクシスへ視線を移したヘンリー王子が、ニヤリと悪魔の笑みを浮かべたことに誰も気が付かなかった。
さて新年を迎え、いつもより早い朝食を終えた後、初詣に行く両親を見送ったカーラは、機嫌よく自室へ向かう。ヘンリー王子もアレクシスも現在進行形で初詣の公務中だ。そして両親もいない今がチャンスなのだ。
「くふふ」
廊下でつい含み笑いをしてしまったカーラに、後ろをついて歩いていた弟のルーカスが話しかけた。
「僕も連れていってくださいね?」
「ル、ルーカス・・・」
驚いて肩をすくませたカーラが、ゆっくりと後ろを振り返る。
しまった。腹黒ヘンリー王子にばかり気を取られていて、一番身近な攻略対象を忘れていた。しかも刺殺エンドありの超危険、機嫌を損なってはならない、取り扱い注意の弟を。
「お姉さま?」
「勿論ですよ、ルーカス」
やけくそ気味に笑うカーラ。
ルーカスが逃がすまいとするように、カーラと手を繋ぐ。そのまま上目遣い気味に柔らかく微笑んで見せれば、強ばっていた姉の顔がたちまちに緩んだ。
「まずは目立たない服装に着替えましょうね」
「はい! お姉さま」
二人ともいそいそと普段より質素で、商人の子供風の服に着替え、カーラは帽子に黒髪を押し込む。
カーラの従者であるクラウドと、侍女のチェリも一般的な服に着替えた。だが彼らはセバス族だ。褐色の肌と茜色の瞳は目立つ。二人と、同様に目立つ自身にも認識阻害の魔法をかけた。
ちなみにルーカスの従者には廊下で待機を命じてある。
「では行きましょう」
嬉しそうに手を繋いできたルーカスにも、カーラはこっそり認識阻害を付与する。目立たないに超したことはない。目線で自分の足元にいたオニキスに合図をすると、やれやれと言うようにふんすと息を吐かれた。
にこにこと上機嫌でこちらを見下ろしてくるカーラに気付かれないよう、オニキスはまたひとつため息をつく。
愛するカーラが楽しみにしているから仕方ないが、本当は光教会の行事になど参加して欲しくはない。教会そのものに近づかなければ問題はないだろうし、カーラもそのあたりは分かっているようだから大丈夫だとは思う。だがなんとなく面白くなくて、胸がもやもやするのだ。黒である自分にとって、真白たちにいい思い出がないせいかもしれない。そもそも奴らを称える行事だという時点で気に入らないのだから、面白くないのも仕方がないのだろう。
『人混みは苦手だ。人のいない裏路地に転移したら、我は影に入る』
「わかりました。ありがとう、オニキス」
やや不機嫌そうな黒いオオカミ犬の姿の精霊は、軽く頭を撫でると気持ち良さげに目を細めた。その姿が影に溶けたと思ったら、4人はすでに人気のない路地に立っていた。近くに興行と思われる喧騒が聞こえる。
「まずは露店でものぞいてみましょうか」
「はい!」
楽しそうにつないでいる手を揺らすルーカスとともに、人がいる方へ向かって歩いていく。
あまり・・・というかほとんど町中へ繰り出したことがないカーラは、レンガ造りの建物が立ち並ぶ通りの、そこかしこで行われている大道芸や、露店に心を弾ませた。
前世の影響か、やはり食べ物に興味を奪われたカーラが謎の肉を焼く露店に足を向けようとすると、すっとさりげなくチェリに行く手をさえぎられた。
「カーラ様、あの程度なら昼食時に似せたものをお出しできます。おやめください」
「・・・」
今、ここで歩きながら食べるからいいのではないかと思ったが、ものすごく食べたいわけでもないので諦める。ならばと思ってプレッツェルのような焼き菓子のお店に視線を向けると・・・。
「カーラ様、私の方がもっと美味しく作れます」
「・・・」
どうやら買い食いをさせる気はないらしい。ため息をつきつつルーカスに視線を向けると、彼は食べ物に興味はないようで、大道芸に釘付けだった。
まあ確かに今お腹は空いていない。チェリの言う昼食に期待することにして、ルーカスが頬を紅潮させてみていたジャグリングを近くで見ようと歩き始める。
「あれなら私でも」
「クラウド。それ以上言ったら、昼食後に実演させますよ」
斜め後ろにいた従者をねめつけると、やや嬉しそうに彼の口元が緩んでいることに気が付いた。なぜだ。今のセリフのなにが彼の琴線に触れたのかがわからない。
「かしこまりました」
「えっ?!」
予想外の返答に驚いたカーラが思わず声を上げると、ルーカスがジャグラーに目を向けたまま寂しそうに言った。
「確かに、お姉さまの従者ならできそうですね」
「・・・」
今、ここで観るからいいのではないかと思ったが、ではやって見せましょうとか言いそうだし、むしろ彼ならもっと難易度が高いこともできそうなので黙っておく。
その後も4人で通りをぷらぷらしたが、同じような会話が繰り返され、さらに興をそがれてしまっただけだった。そしてすぐ証拠隠滅できる買い食いも、見て楽しむ大道芸も封じられ、証拠が残る小物、装飾品は避けるしかないだけに、ただ何となく通りを歩くだけで終わってしまった。
ただ楽しそうに手をつないで歩くルーカスの笑顔だけが、カーラの荒みかけた心を癒すのだった。
「おのれ・・・優秀な侍女と従者というものが、こうも厄介な存在だとは思いませんでした」
ぐったりと脱力してソファに体を沈み込ませたカーラは、いっぱいになった自らのお腹をさすった。約束通り用意された露店メニューっぽい昼食は、やや虚しさを感じさせながらも、カーラの空腹を十分に満たしてくれた。
それを作ったチェリは、今度は露店っぽいおやつを作るために再び厨房へ向かい、代わりに食後の紅茶をカーラに提供し終えたクラウドは、部屋の片隅でなにやら土魔法で作っている。本気でジャグリングをするつもりのようだ。
『期待通りにはいかなかったようだな』
いつも通り膝の上に頭を乗せてきたオニキスを撫でながら、カーラは本日何度目かのため息をついた。とりあえず雰囲気だけでも味わえたので、良しとしよう。
「ありがとう。オニキス。光の精霊が苦手なのに、連れていってくれて」
『・・・ああ』
伏せたまま答えるオニキスの背を、カーラがとても穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと撫でる。
人外の姿である自分の外見から、感情は読みづらいだろうと思っていたが、カーラは不機嫌なのに気付いていたらしい。せっかく楽しみにしていたようなのに水を差してしまったかと、申し訳なく思い目をそらす。するとカーラが頭にキスをくれた。
とたんにもやもやしていた胸が晴れて、幸福感でいっぱいになる。キスひとつでなんとも現金なことだが、カーラのキスは自分にとってそれだけの価値があるということなのだろう。
もっとして欲しくてカーラの腹に頭を擦り付ける。カーラは小さく笑うと、今度は額にキスをくれた。幸せだ。
ぱたぱたと機嫌よさげに振られるオニキスの尾をなにげなく眺め、午後の鍛錬をたまには休もうかとカーラはなんとなく考えていた。
と、急に起き上がったオニキスが、不快そうに告げる。
『金茶が来た。若草もいる』
「そんな予感はしていましたよ・・・」
盛大なため息をついてから、満腹なお腹と同じくらい重い腰をあげた。憂鬱そうな表情のまま玄関まで歩き、憂鬱そうな表情を隠しもしないで、ヘンリー王子の馬車が玄関前に付けられるのを待った。
「いらっしゃ・・・いませ?!」
カーラは馬車から降りてくるタイミングで礼をしたのだが、頭を上げる過程でドレスの裾が目に入り、相手を間違えたかと慌てて頭をあげた。
「やあ、カーラ嬢!」
「殿下・・・」
馬車から降りて来たのは、確かにヘンリー王子だった。女装していたが。嫌な予感でいっぱいになったカーラが、眉をひそめる。
「まさかそれで露店を冷やかしに行こうと、おっしゃるつもりですか?」
「え?だめ?似合ってない?」
「いいえ、お似合いです」
そう。似合いすぎている。茶色の肩下ストレートのかつらをかぶり、紺のシンプルなドレスに身を包んだヘンリー王子は、普段の中性的な容姿も相まって、メイク無しでも深窓の令嬢と言って納得してしまう完成度だ。
だがそこはたいして問題ではない。元々、こういう方なのだ。
気になったのはもう一人のほう。おそらく巻き込まれ、不本意な状態にあるであろう、アレクシスだ。
「アレク、降りておいでよ」
なんともなさげな悪魔の声に、そっと顔を覗かせるアレクシス。案の定、かつらをかぶり、ドレスを着ていた彼を見て、カーラはヘンリー王子を睨んだ。
「なんてことを・・・」
別に見られないほど酷い有り様なわけではない。それなりに似合っている。
きつく巻かれた金髪縦ロールが、恥ずかしそうにほんのりピンクに染まった頬にかかり、いつもは鋭い空色の瞳は伏せられ、長い睫毛が影を落としている。普段通りきゅっと閉じられた唇には紅が引かれ、ビスクドールのように白い肌に映えていた。
誰だ。化粧を施したのは。白粉まではたくなんて。と、そこでカーラは気が付いた。顔が青白いのは白粉のせいではない。先程までピンクだった頬まで白くなってしまっている。
「アレクシス様?」
「っ!!」
馬車から降りようとしていたアレクシスが、極度の緊張のためにドレスに足をとられて転びそうになる。カーラはとっさに抱き止めようと手を伸ばした。
スローモーションのように感じたその一瞬に、アレクシスはこのコースで倒れこむと、自分の顔がカーラの胸に飛び込むことに気付いた。発展途上だが、ドレスの上からでもしっかりと膨らみが確認できる、その柔らかそうな・・・。
そこでアレクシスの意識が、羞恥心で振り切れた。
「大丈夫ですか?!」
カーラはクラウドの腕の中で、ぐったりしているアレクシスを確認する。ただ気を失っているだけのようだ。
「クラウド、お客様用のベッドへお連れしてください」
「かしこまりました」
結局、アレクシスを受け止めたのは、彼とカーラの間に体を滑り込ませたクラウドだった。軽々と受け止めたクラウドは、アレクシスをそっと横抱きにして、屋敷の中へ入っていくカーラの後を付いてくる。
「気絶する程嫌がることをさせるなんて・・・」
「私としては、アレクがここまでしたのだから仕方ないって、カーラ嬢がお忍び歩きに同行してくれる予定だったのだよ。それにここへ着くまでは、アレクも面白がっていた」
客室へ向かいながら責めると、ばつが悪そうに目をそらすヘンリー王子。油断するとため息が出そうになるのを、カーラは拳を握りしめつつ深呼吸をしてごまかした。その固く握られた拳に、ヘンリー王子がそっと触れてくる。
「怒ってるの?」
こてんと首をかしげたヘンリー王子の姿に、カーラは息を飲む。これは女の私より確実に可愛い。
「・・・いいえ」
カーラはかろうじて否定の言葉を絞り出した。そしてヘンリー王子から視線を外す。そうでないと言うことを聞きたくなってしまいそうだったからだ。
「アレクシス様がお目覚めになる前に、殿下もお着替えください」
「えー!お忍び歩きは?!」
「しません。護衛の人数が少なすぎます」
「そこはほら、カーラ嬢ならなんとか・・・」
カーラは堪えきれなかったため息を吐くと、客室の扉を開けて殿下と、アレクシスを抱いたクラウド、それぞれの護衛たちを招き入れた。
なんとかできるが、確実にトラブルが起きそうな上、午前中に十分興をそがれてしまったので行きたくない。
「殿下、屋台のようなお菓子をご用意致しました。それをお召し上がりになりながら、私の従者が大道芸を真似るのをご覧になることで、ご容赦ください」
「・・・私が来ることを予測して、そこまで用意していたのかな?」
「結果的にそうなってしまっただけです」
クラウドが張り切っているようなので、見物人は多い方がいい。
カーラはまた出そうになった、ため息を飲み込む。新年早々、こうため息が多くては幸せが逃げてしまいそうに思えたからだ。
もしこの世界に神社があって、初詣をしたなら、確実に攻略対象たちとの縁切りを願っただろう。
またついてしまったため息に、さらにため息を重ねて、カーラは自分の従者に目を向ける。お任せくださいというように深く頷くクラウドを見て、次に不満げなヘンリー王子に視線を移して、ああ説得が面倒だと、結局ため息をついた。
明けましておめでとうございます!