第五話 団欒
「(やっと更新できるなー……何日ぶりだろ。二週間は経ってないと思うけど)……ウボォァ!?」
リアルでこんな声出ました……。お待たせしてすいません。
※前話のサブタイが三から一気に六に飛んでいたので修正しました。意図したわけでなく単純に作者のミスです。すいませんでした……。
翌日、相も変わらずうだるような暑さである。
昨日の件もあって、流石に今日くらいは療養を……と具申したものだが、申請なるものを上に通したきり、返事なし。
とりあえず何か反応があるまでお仕事は継続、とのこと。管理職は現場のことなんか知ったこっちゃない。
とにかく、そんな感じのことが昨夜と今朝に色々あって、結局今日も見回り続行。
昨日は物珍しかった光景も、見慣れてしまっていっそ目を背けたくなってくる。
時々度を越えた暴力になる鬱陶しいくらいの活気、気を害するくらいの人口密度。一日練り歩くだけで見るに堪えなくなる破壊力。
……もっとも、隣にいる子はキョロキョロしてるけど。
「いやー、本当、すみませんね……」
「い、いえ、私も気になってましたので……」
それはこの活気が? それとも俺が?
十中八九前者だろうなぁ、と思いながら昨日はいなかった同行者を見る。
こうして隣に並ぶと、結構背が低いんだな。百五〇あるかないかくらいだろうか。
治療のおかげか、皮膚が再生してきて松葉杖なしでも歩けるようになった――昨日の件であまり痛めていなかったのも幸いしているのだろう――足を庇うように立ってくれている小さな背は、人込みの熱気にあっさり呑み込まれてしまうだろう。
と言うか、先ほどから忙しなく視線が動いているが、あんまりここら辺はこないのだろうか。
「あ、あー……風見ちゃん?」
「……あ。あ、す、すいません。つい……」
「はぁ……」
大丈夫か、この子……。ちょっと飴ちゃんチラつかせればフラッと行きかねないぞ。見た目もろr……歳不相応に幼いからなおさらだ。
少しずつ、周りを適度に確認しながら歩いていく。
こうして見るとマジで何も変わらない。むしろ何が昨日から違うのか誰かに教えてほしい。
「お、お? もしかして昨日の兄ちゃんか?」
「は?」
そう言われて見れば、昨日串肉を買った店のおっさんが店先で手を振っていた。
「よく覚えてますね」
「こちとら客商売なんでな!」
「はぁ……」
「そっちの嬢ちゃんは見ねぇ顔だな……もしかしてコレか?」
と、ニヤニヤしながら小指を立てる。それが何を示すかは分かり切ったことで、風見ちゃんも頬を赤くしていた。
それを適当にあしらい、串肉を二本買ってその場を辞する。
タレが落ちないよう慎重に食べている風見ちゃんの顔はまだ赤かった。まるで肉に逃避しているようで、声をかけるタイミングが見つからない。
結果、この気まずい空気である。
どこをどう行くとか、事務的なやり取り以外の会話が皆無。
何か、何か話すべきか? いや、自分から話しかけて更に変な雰囲気になったらどうしよう。大体、話すとしても話題は何だよ。「ご趣味は何ですか?」とか。お見合いかよ。
稲妻のように脳内をかける電気信号が、戦場での思考速度を凌駕する。考えろ、霞沢流。同僚の女の子をエスコートして、ドン引きされない言動を模索しつくし取捨選択し続けろ。女の子の好きな場所と言ったらこんな野蛮な場所ではないはずだ。もっと静かで落ち着ける場所……昨日の例のあそことか? 静かではあるけど落ち着けないんだよなぁ。ていうかデート初日で路地裏行くとか盛り過ぎだろ。いやデートじゃないかもしれないけど、まぁね? そんな側面も無くは無い、ことも無かったり? まぁでも、ここはむしろこっちから誘う方が礼儀と言うか……。
「か、風見ちゃん……――?」
隣いたはずの風見ちゃんが、足を止めて一点を見て目を輝かせていた。
子供を連れ歩く親とはこういう気分なのかしら……と考えながら近づくと、その露店を広げている店主に妙に生暖かい目で見られた。
「おう兄ちゃん、年下の彼女に何か買ってやれよ」
「ははは……」
同い年なんだよなぁ……。
ふと風見ちゃんと目が合う。ぽわ、と顔が赤くなり、勢いよく顔を逸らされた。彼女と思われて恥ずかしいですか。そうですか……。
「……何か、買ってく?」
「え!? い、いえいいです! そんな、悪いですしッ!」
ブンブンどころかブオンブオン! という勢いで首を振る風見ちゃん。そんな激しく振ると首取れちゃうよ? 千羽だったら店先で「もっといいもの奢ってよー」とか平気で言うから、こういった反応は少し新鮮だった。
「分かってるんだろ」という店主の視線も気になる。商売人だなぁ……と思いながら、風見ちゃんが見ていた辺りの髪飾りを適当に見繕う。
思ったより値段は高くなかった。
「恋人に甲斐性のある兄ちゃんに、安くしといてやるよ」
とのことらしい。そもそも恋人じゃないんだよなぁ。まぁ、値引きしてくれるなら遠慮なくそうさせてもらうけど。
「す、すいません……お、お値段は幾らくらいでした?」
「あー、いやいや全然。あんまお金使わないから」
日の出前に出勤して深夜に帰ってくる生活の中に、金を使う余地など無い。時折早く終わった日にラーメン食って帰るくらいだ。
……ていうか、プレゼントの金額徴収する男とか情けないにもほどがある。
「どうせ持ってても使い道ないし……そっちで使い潰してくれ」
「で、では……遠慮なく」
申し訳なさそうに風見ちゃんは手に広げた装飾品の中から青い鳥の羽の様な髪飾りを手に取り、慎重に付けた。淡い水色のそれがついて、風見ちゃんの髪は茶色入ってるんだとか、髪飾りが映えるとか、そんな感じのことに気づいた。
髪飾りを気にしてか、その近くを頻りにかき上げる。……覗いたうなじが妙に白く際立ち、思わず目を奪われたことが妙に気恥しかった。
「……ど、どうですか?」
「え? あ、あー……いいんじゃない?」
いや、もっと他あるでしょうよ……。君の綺麗な髪によく映えるね、とか。危ない人がいたら監禁されそうだね、とか。
駄目か。駄目だね。
× × ×
その後も、視察と言う名の散歩は続く。
世界崩壊以前の旧時代の名残があり、その中にあって屈強な男達が手に入った貴重な動物資源を競り合っている姿はミスマッチに見えた。
だが、まぁ、取り立てて問題があるようにも見えず、調査書には『問題無し』と書けばいいのだから楽なものだ。……時折傷が痛み歩けなくなるのは考え物だが。
隣では随伴の風見ちゃんが、来た時には持っていなかった大きな包装袋を両手にニコニコとしている。先ほどまであのむさ苦しい一団に混ざっていたのが信じられないほどに幼気に笑っていた。笑ってても困り眉なのは元からなんだね、と今更気づいた。
風見ちゃんの懐を見ていると、見過ぎだったか風見ちゃんが恥ずかしそうにした。
少し見過ぎだったろうか。誤魔化し気味に適当に言葉を紡ぐ。
「いや、まぁ、重そうだね」
「いえ、これくらい。慣れっこですし」
と言う風見ちゃんは本当に平気な様子だった。……それにしても、この子普段からこれくらい食べるのかしらん? いったいこの体のどこの入ってるのでしょうね。
「……いつもそれくらい食べるの?」
「え?」
不覚にも、その時は口が軽かった。ペラペラだった。そしてそれは不躾すぎた。
きょとんとした風見ちゃんは、次の瞬間にはかあっと顔を染めて、ブンブン顔を振った。
「ち、違います! わたしの家、年下の子が多いから……!」
「……兄弟?」
「弟七人妹四人です! 血は繋がってないんですけど! みんなすっごく元気でいい子なんです! いつも帰るの遅くなるのに、それまで起きてくれてて……」
「へぇ……」
よほど焦っていたのか、余計な情報までついてくる。
しかし家族のことを話す風見ちゃんは、いつものオドオドした雰囲気の無い活き活きとした様子だった。
「……まぁ、そんだけ養う家族いたら、大変なんじゃないか? 知らんけど」
「そうなんですよ。ちっちゃい子はたまに夜泣きするし、好き嫌いする子も多いし……」
その後、少しばかり口が軽くなった風見ちゃんの話に適度に相槌を打ちながら、忘れかけていた仕事を再開する。といっても、昨日の今日で路地裏で闇討ちなんてことがあるハズも無く、ただ普通に――時々足が辛い時は補助してもらいながら――見回りを終える。
「……今日はありがとうございました。すみません、同行だけなのに買い物に付き合わせてしまって」
「別に、気にしなくていい。ちょうど、昨日じゃ回れなかったとこだったしな」
そう言うと、何度も下げていた頭を上げ、遠慮がち「それじゃ」と残して去っていく。許可を得ているので、今日はこのまま直帰だ。
怪我を気にしてか見送りの提案を丁重に断り、それぞれの家路についた。
去っていく背中を思い返す。小さい背中で背負う家族の重み、そしてそれに笑顔を浮かべることのできる強さ。
それは俺の中には全くないものだ。
家族、皆で、笑い合う日々。記憶にない光景を想像するのは難しい。一家団欒と言う言葉の意味を理解していても、実感するのとは違うことだ。
物思いに耽り、ぼんやりと歩いていた。
いつの間にか前線配属者の隊舎用に宛がわれた大型の建物まで行きつく。
潮風がより濃く、すぐ近くで波が沈んだ廃墟を砕いて哭いている。
駐屯地を西へ出て程なくの場所に隊舎は存在する。時代の波に洗われ、風化し機能を失った旧時代のホテルを補修して使っている。
以西は必然的に本州に近づく。旧時代の県境に沿って海が侵入しているため、より海に囲まれる。
やはり危険もそれだけ上がる。それだけ近くで居住することで本州から流れてくる害獣に迅速的に対応できるメリットを考慮して――という建前の、いわゆる使い回しだ。
二階級特進の大盤振る舞いの俺達に金を余分に使いたくないのが本音だろう。
「……ん?」
とにかく、そんな、一般人からすれば頼まれたって来ないような場所に、俺ら前線部隊以外の人間がいるはずが無いのである。
――そう、一般人なら。
「……――――」
「――――――!!」
怒号、悲鳴――尋常ならざる気配を感じる応酬。
聞き覚えのある麗しき声がしきりに何かを訴え、それに対する野太い恫喝が嫌でも耳に届き、俺の厄年って何年だっけ? と脳裏で数え始めながら、力なく口角を上げる他なかった。