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第四話 やさしさ不足

 年末投稿と言いながら約束を守れずすいませんでした……。



 凛として通る声に、凍ったように体が止まった。

 思いがけない硬直は真向かいも同じで、止まったナイフの切っ先が俺の喉元を狙っていたことに初めて気づいた。


 そして、その軌道を止めたものは何者か。

 一目で仕立ての好いと分かる和装に身を包んだ美少女だった。

 目の前でナイフを持つ少女とはまた別種の美人だが――失礼な話、こちらははっきり言って格が違った。

 大和撫子とはかくあらんやという対照的な見た目だが、顔の造形の全てに隙が無い。今まで会ってきた女性が霞む勢いだ。

 髪は烏羽色の濡れたような艶を放ち、時折差す光を呑み込んでは反射する故郷籍のような瞳。女性とはかくあるべしという凛とした気品と存在感に思わず背が伸びる。


 年の頃は同い年――つまり十七くらい――だろうか。正直、ここまでくると見た目で内面を判別するのが難しい。

 そんな見た目で世界を取れそうな少女の視線が不意にこちらを向く。

 ジッとこちらを見てくる少女。やけに勇ましく、俺からして見ればこれ威嚇されてる? と居心地の悪さを感じてしまう表情だった。


「――だ、大丈夫ですか!?」


 しかし次の瞬間には痛ましさや焦りといった感情で歪み、まるで親を追いかける小さな少女のようにパタパタと駆け寄ってきた。「姫様!」とすぐ傍で声が上がるが、聞こえていないかのようだった。


「いきなりの荒行申し訳ございません! あぁ、こんな深く傷をつけて……何とお詫びしたらいいか……!」

「はぁ……」


 オロオロオロロロ、おいさっきの威厳どこ行ったという慌てぶりである。傷口に触れていいものだろうかと躊躇いがちに手を出したり引っ込めたりしている。

 ……美人って、どんな表情でも絵になるよなぁ。


「と、とりあえず包帯……あ、あとその前に消毒よね。あ、消毒液が! 水で代用……は流石に……。あぁそれに包帯も、袖をいくらか千切れば巻けるかしら……」

「姫様、お下がりください!」


 と、先ほどまで対峙していた金髪の少女がそんな彼女のすぐ傍で庇うように、腰を低くしていつでも突撃できる構えを見せていた。


「……!」


 尋常ならざる雰囲気に思わず腰が引ける。

 殺気とはこのことか。心の弱いものなら気が動転してしまうだろう。

 が、それを見て黒髪の少女は委縮するどころか眉を吊り上げた。


「菖蒲! 武器を抜くとは何事です!」

「……この者、些かならず怪しげに付近を彷徨っていたもので」

「だからと言って、自ら刃を向けることとは話が別です!」


 どうやら地図を取り出すのに苦心していた様子が怪しかったとのことで。

 え、うそ? 怪しかった? あれで?

 何やらお説教の始まっている傍らで、血で赤くなった服の襟元を摘まんで見る。

 一応一張羅のつもりなんだけどなぁ。仕事が恋人だし、何なら毎日デートまである。……あれ、俺の私生活、ヤバすぎ……? というか仕事着が一張羅な時点でヤバいな。

 仕事が恋人もやばい。一張羅に関しては私服着る機会もあんま無いけどそれ以上にお金ないんだよなぁ。……あれ、俺の経済状況、ヤバすぎ……?


「本当に申し訳ございません。私達、一身上の都合から少し気が立っていて……お詫びを尽くさせていただきますので、どうか……」

「はぁ……」


 説教は終わったのか、黒髪の少女が泣きそうな目でこちらを見ると土下座をせん勢いで頭を下げてきた。

 何と返していいやら、言葉を選ぶが……とりあえず、後ろで般若の様な顔した金髪美少女どうにかしてもらっていい? 言い含められたのか気を付けの姿勢で黙ってるけど、指先がいつでもナイフを投げれるようにスナップを利かせていてとても恐ろしい。マジで殺られる五秒前。

 もちろんそんなことは言えず、


「あー、まぁ……とりあえずそれは良いんで、一度駐屯地の方までご同行願えます?」

「ちゅう、とんち……?」

「えぇ、まぁ。仕事しない訳にもいかないんで」

「仕事……――ッ!」


 ふと少女の視線が下がり、何かを認めて目が見開いていった。

 まるで、何か大事なことに気づいた。表情がそう言っている。

 え、何? と俺も自分の胸を見る。見慣れた軍用の制服ジャケットが血塗ればかりである。


「あの……」

「ッ……姫様!」


 言葉をかけようとすると、菖蒲と呼ばれていた金髪美少女から鋭い声が上がる。


「姫様! こちらへ、早く!」

「あ……!」

「へ?」


 不意を突くような俊敏さで目の前の黒髪少女を掻っ攫っていく。

いや、元々誰のでもないのでその表現はおかしいのだけど、金髪の少女が有無を言わさぬ速度で黒髪の少女の手を取って走り出した。


「……って、おい」


 追いかけようにも、松葉杖の無い右足が震えて走るに走れない。びっこ引いて走ったところで追いつける距離でもなかった。というかもう走れない。

 どうにもならず見送っていると、二人は裏路地を更に入っていく脇道へ姿が消えていく。連れられていく少女の視線が、申し訳なさそうなのが印象的だった。


「……さて、どうしたもんでしょうかね?」


 真っ当に行くなら、危険な武器携行者ということで報告案件なのだが。

 社会のホウレンソウ、大事。一流は微に入り細を穿つ。二十四時間三百六十五日全て報告連絡相談。


 でもほら、俺一流とは程遠いし、別に仕事が恋人でも生涯仲良く連れ添うつもりもないんだよなぁ……。同じ墓にだけは入りたくないですし。

 狭間で揺れていると、何やらまた別の方向からバタバタ走ってくる音が聞こえてきた。一人や二人と言わず、もっと多い。


「おい、そこの」


 会って早々居丈高に声をかけてきた。が、朝一でメンチ切ってくる、ウチのウェイウェイした隊とはちょっと違う感じである。


「ここに少女が二人来ただろう。どちらへ行かれたか言え」


 のっけからスゲェ高いトコから話しかけてくるなぁ……。

 最早断定して設問してくる。「私は偉いのだからしたがって当然だろう」という言葉がにじみ出てくる如何にもな態度だった。


 いるいる。こういう人。

 結構イイトコの出でそれなりにいいもん食って生きてるんだろうな。服の仕立ても悪くなさそうだし、人に命令し慣れてる感じも裏付けとなる。


「えー、そういうどちらへ向かわれたかというプライバシー的なのはちょっと……。あの、見た所団体で行動なされてるみたいですが、ご職業の方など詳しくお話聞かせてもらえませんか?」

「……貴様」


 笑顔は引き攣っていないだろうか。声は緊張で裏返ったり震えたりしていないだろうか。

 あくまで友好的に、こちらから下手に。あからさまな態度にならないように。

 お仕事なんで。本当、お仕事なんですいませんが、お話聞かせてくれませんかね? あ、あと身分証明証も。あぁ、いやいや、何かあるわけじゃないんだけど……ねぇ?

 睨み合う――というか一方的で睨まれている――こと、数秒。根負けしたように男は露骨に舌を打つ。


「……さっさと答えろ」


 言いながら、傍の男に何かを取り出させた。そして俺にだけ見えるようにそれを見せてくる。

 同形のひし形四つ、均等に組み合わせて更に大きなひし形を作っている。まるで何かの紋章のようなそれに、俺は反射的に姿勢を正した。

 これからは、聞かれたことだけに答える。


「近辺では見慣れぬ服装の、少女と思しき二人組をこちらで見かけました。声をかけようとしたところ、逃走された次第であります」

「……その二人はどこへ?」

「あちらに」


 手で示すと、背後に合図すると一斉に駆け出して行った。


「……これは他言無用だ。この件に関して、決して口を開くな」

「……はっ」


 そう言って、最後に一睨みするとその男もそれに続いて行ってしまった。

 それを敬礼で見送り――消えたところで力尽きるように倒れ込んだ。


「あー、もう限界……」


 だっるい……血が足りない。優しさも足りない。


「ただいま!」とばかりに帰ってくる肩の傷の痛みにお帰りと返しつつ、満ち潮のように迫ってくる眠気に目を閉じた。


  ×  ×  ×


「おかえりー」

「……だから、何でよ」


 開口一番、気だるげに出迎える千羽に思わずそう返す。


「んー、何かやったらしいじゃん? どうしたかなー、って」


 部屋に置かれた唯一のベッドで仰向けに携帯端末を弄りながら、短く折った女性用制服のスカートからスラリと伸びる足をパタパタさせている千羽。


「皺になるぞ」


 と返しつつ、ぼんやりとその様子を観察する。


 ……やっぱり、千羽ってかわいいよな。


 いや、何言ってんだではあるが。

 千羽の容姿は、客観的に見ても整っている。贔屓目なし――身内の悪い意味――でよく見ても、さっきの黒髪少女たちと十分タメ張れるレベル。


 というのも、千羽の実家は世界崩壊前から続く由緒正しい御家で、血筋なんかを重視する節のある出身だ。有体に言えば貴族。

 本来ならば実家で大人しく花嫁修業している年ごろである。だというのにファンデよりも血を化粧に暴れる彼女に現場は揃って「生まれた家を間違えた」と言って憚らない。こんな娘を持った万里小路家に合掌。

 同僚(身内)からしたら堪ったもんじゃないが。


 綺麗というよりもかわいい系。少女らしく青い未完成さも同居した艶とでも言おうか。ベッドの反発を楽しむかのようにバタ足する足はシミ一つない健康的な白さで、活発的な魅力を醸し出している。実際少し中が見えそうで、そこら辺の危うさも人によっては魅力かもしれない。


「へんたーい」

「うるせ」


 視線に気づいたのか、ニヤニヤしてさりげなく手を足に這わせる千羽。大分際どいところまでスカートが捲り上がり、目を逸らす。

 こういったところが、あの二人との違いか。よく言えば気さく、悪く言えば俗に染まり過ぎている。

 というか俗物になり過ぎてドロップアウトしないかお兄ちゃん心配だよ。最近は天使もドロップアウトする時代だから。こんなんでお嫁に行けるのかしら。まぁ、こんな妹いらないけど。


「つかさ、いつ連れてってくれんの?」

「何が?」

「ラーメン」

「あ……あー」


 完全に忘れてた。


「……今から行くか?」

「えー」


 と、いかにも行きたがらない声。

 時刻は大体八時くらい。

 まるで泥の様な眠りから目を覚まし、文字通り這うように帰投。

例によって例のごとく誰もいない医務室で応急処置していると、偶然通りがかった風見ちゃんに絶叫され、治療を受けて帰ればこんな時間だ。


「何か作ってよ」

「……怪我人だって分かってて言ってる?」

「そうそう、それそれ! 何、辻斬りでも逢ったん?」


 気だるそうな仰向けから一転、うつ伏せに変えて「私気になります!」とでも言うかのような目を向けてくる。飯の話してたんじゃないのかよ。


「まぁ、ある意味そうかも」


 通り魔といえるかもしれない。事情がどうであれ、客観的には殺害未遂だ。

 ――|相手が普通の人間ならば《﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅》。


「……千羽」

「んー?」

「お前の実家の方で、何か変なこと起きてないか?」

「……どういう意味?」


 眉間には明らかな皺が寄り、声音は心なしか不機嫌そうに問い返す。じゃれてきていた子猫が威嚇してくるような変化だった。


「その通り魔が二人組でさ。黒髪と金髪。どっちもえらい美人」

「……へー」

「それを追ってる人間がさ、俺らの親玉の家紋見せてきたんだよ」


 四つ菱形――それは即ち、俺らの所属する軍、『特地限定解放軍』の、総元締めを表す紋章。

 つまり、俺らの親玉で。

 千葉新都の創設初期に発起し。

 武力的勢力の全てを直轄している武闘派の家元。


 ――真里谷家だ。


 その家紋を持つことを許された人間が追っている少女達。

 明らかに、普通じゃない。


 下手に手を出すと藪蛇案件だが、幸いにもウチにはその中核に片足触ってるかもしれない人間がいる。

 こんなでも実家は内地ではそれなりな名家で、真里谷家ともタメ張れる程度にはデカい顔できるらしい。

……まぁ、本人はちょっと嫌そうだが。


「……マリヤの連中が追っている、超美少女、ねぇ」


 いつもの相槌の声は、いつもより冷たかった。心なしか、眉が釣り上がり班目で虚空を睨むようにしていた。

 え? な、なに? 今、俺何かした? 急に不機嫌になっちゃって、もしかしてあの日?


「……今んとこ、内地の知り合いからそーいう話は聞かない」

「じゃあ、どこの家のどんな女が美人とか……」

「知らーん。つか興味ないし、本家に顔出すの面倒だし」


 携帯端末を放り出し、背を向けてゴロゴロし始める。


「……じゃあ、何か分かったら教えてくれる?」

「んーー……」


 いよいよもってまともに返す気が無いらしい。言葉を返すのも億劫なようで、足をちょこんと上げて返してくる。

 ……それからすぐに、規則正しい呼吸が聞こえてきた。


「……千羽? おーい。……千羽さーん」


 駄目だ。寝た。


「それ俺のベッドなんだよなぁ……」


 ていうか俺怪我人……。今の千羽に何を言っても寝息しか返ってこない。

 チク、チク、と規則正しい時計の秒針と、普段の千羽とはギャップのある控えめな寝息。


「……とりあえず、何か作るか」


 見回りの時に串肉食ってから、何も食ってなかった。

 空腹でにじみ出た胃液のキリキリとした痛みの中、風見ちゃんから「絶対安静」を食らった右半身を引きずって台所に向かった。



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