第九話 拉麺……それは日本の国宝なり
少し短め。
本来は前のお話とくっついていたものですが、どうしてもこれを単体で読んでいただきたい(ラーメン感)
× × ×
……で。
「……ここが?」
「今日はここで飯でも食おう」
「…………」
「あ、あの……」
二人の表情は、お世辞にもいいとは言えない。菖蒲に至っては無表情で、それが逆に怖い。
「あぁ、まぁ、その……ぁ、味はいいから」
「は、はぁ……」
そう言っても、二人の表情は変わらない。
まぁ、無理ないか。箱入りのお嬢さんが連れてこられたのが、路地裏にある年季の入ったボロいラーメン屋なのだから。
「……本当にここは営業しているのでしょうか?」
「そこまでか……」
まぁ、見た目からじゃ想像がよろしくないのは当然か。
「おい」
とりあえず入ろうと戸を開けようとすると、菖蒲に手を引かれる。奥の方へ連れていかれ、姫に聞こえない声量で話しかけてきた。
「……貴様、お嬢様に劇物を食わせるつもりなら殺すぞ」
「劇物って……」
まぁ、初めての人間にとってラーメンはそうかもしれないな。いや、こってりとかあっさりとか種類に寄るけど。
「大丈夫、ここの店はある程度信頼できる。バイトしたことあるし」
非番の時に臨時だけど、調理場まで見たことがあるのはここだけ。逆に言えば消去法でこの店を選んだと言える。……こ、こういう汚くて目立たない穴場が意外とおいしいっていうし。
しかし菖蒲は納得できないようで、眉間に皺を寄せ苛烈な表情をしていた。それをまぁまぁと抑える。
「これ以上店前にいてお嬢様に不信感煽ってもしゃあないし。休憩の意味も込めて、な?」
「……現状、私達は貴様を信頼せざるを得ない。が、もし何かあれば、斬るぞ」
「あぁ、もう面倒だからそれでいいよ」
「そいじゃ、入ろうか」と、改めて戸を開ける。
照明は薄暗く、油っぽく滑りやすい床に古ぼけた内装と安っぽいテーブル、と中は外観からのイメージに漏れず、これには真里谷一姫も菖蒲も顔を引きつらせていた。
その奥に一人、元は真っ白で会った調理服を歴戦の証である大量のシミを作らせたオッサンが立っている。
「……らっしゃい」
「大将、三人よろしく。しょうゆで」
頷くと、さっさと奥へ引っ込んでいく大将。なるべく目立たない適当な席を見繕い、三人で腰を下ろした。
「な、なんというか……趣がありますね」
「素直にボロいと言っても怒られないぞ」
座りにくそうにしながら姫が辺りを見回している。菖蒲は未だに警戒しているようで、何一つ見逃さない聞き逃さないという態度だった。
「こんなだけど、味はいいから」
「はぁ……」
納得しきれていない様子だが、どうやら無理矢理飲み込んだようで。落ち着きなさそうに水を飲むいち真里谷一姫。ちなみに――自前を用意しようとして止められた――菖蒲が既に毒見済みのポットに入ったレモン水だ。
見た目や所作から予想は付くが、食生活の方もお行儀よいことで。ならばこんな店には来たことも無いだろう。
「……このお店は、その、お金が無くて、こんな……」
コップを両手で持ちながら、沈痛な表情を作る姫。
「いや、多分違うと思う」
ただ、料理以外に金をかけるのが面倒なだけな気がする。
「ですが、軍備に予算を割き過ぎているという意見は内地でお聞きしました」
いつの間にか、真剣な目つきになったひめ真里谷一姫が、上目づかいに見てくる。
「適正検査によって通過した孤児などを訓練させ、戦場へ送っているとも。私には、死ぬために育てているようにしか思えません」
「……野垂れ死ぬよりはマシじゃない?」
金がない。飯がない。育ててくれる親がいない。そんな人間を無条件で世話できるほど安定した国庫も無いだろう。
惰眠を貪っていいのは、米粒ほどの成功者と偉そうな政治家くらいだ。
「それでも、今よりも人類の安全を求めた方が、とは思いませんか?」
安全、最前線から離れた生活。言葉を心の中で何度も噛み締めイメージし、――どこかしっくり来ない自分がいた。何が悪いとかそういう話ではなく、ましてや生活の好き嫌いと言う話でもなく……。
「考えたことなかったわ」
とだけ答えると、そうですか、とだけ言って、目つきが柔和に戻った。
「……俺も聞いていいすか?」
「何でしょう?」
小首を傾げて聞き返してくる。
「お姫様がここに来た理由が、『組織のトップたるもの下々への理解を怠ってはならぬ』ってことは分かった」
「……もしかして、私の真似ですか?」
もちろん違う。
「が、しかし、だからと言って。なんで御自ら出張ってきちゃったわけです? 態々こんな危険冒してまで行くより、もっと安全に情報を得る手段はあったはずですよ?」
例えば、横にいる護衛をひとっ走り行かせることだって出来たはずだ。
そんな風に適当に時間を潰していると、大将自らが出来たてのラーメンを運んできた。
透明感のあるスープとそれに合うように選ばれた中細ちぢれ麺。具も大将手作りの特製。見た目はオーソドックスだが細部に手が込んでいる逸品だから、穴場と言われるのも頷ける。
では、と箸を持つ。が、ふと姫を見ると困ったようにラーメンを見ていた。
「……あれ、食わないの?」
「……マナーとかは?」
「本能のままにカッ食らう」
「……え?」
「求めるままに、本能に身を任せて貪っていいのがラーメンだ」
「は、はぁ……」
ラーメンこそ日本の国宝である。世界崩壊の前は海外でも人気があったらしい。流石ラーメン。日本が誇る至高の料理よ……。
が、真里谷一姫はその素晴らしさを理解できないのか、まじまじと眺めて中々手を付けようとしない。
「ラーメン、ですか。話には聞いていましたが、蕎麦とは違うのですね……」
マジか、今時ラーメンも食ったことないなんて、それ人間界にいるの? いや、いるんだよな目の前に。
興味深そうに色んな角度から眺めている様子は、昔何かで読んだような……。まぁ、思い出せないということはどうでもいい情報だったということで捨て置く。
「特に何か決まってる訳じゃない。適当に食って、出来れば残さずに」
「……そうですね。残すのはいけないです」
そう言って、真里谷一姫は居住まいを正した。世間知らずのお嬢様はどこへやら、一瞬にして戦場へ出るような凛とした雰囲気に切り替わる。
何か決意したように両手を合わせ礼をした後、厳かに箸を手に取った。
……これは負けていられない。それを見て、左手のレンゲでスープを掬い、口に含む。主張し過ぎず、しかし存在を伝えてくれる鶏ガラのうま味が舌に染みるようだ。スープの味が舌に残るうちに麺を一気に啜り上げる。
ズズッと音を立てて麺が口に吸いこまれる様を、真里谷一姫が驚いたように、菖蒲が行儀の悪いものを見るように見ていた。
「そ、そんな音を立てて……」
「……苦手な人もいるかも」
俺はこうした方がラーメン食ってる気がして好きなのだが、スープが飛び散ったりと嫌いな人もいるだろう。
冷めないうちに食っちゃってと、麺をレンゲで掬って食べるやり方も教えながら自分の麺を消化していく。
恐る恐るスープを口に含んだ真里谷一姫が、驚いたように口を押えた。
「おいしい……。薄味ですが、主張してくるうま味が……」
そうだろうそうだろう。おいしそうに麺もハムリと咥えだす真里谷一姫に達成感を覚える。
甘味、酸味、塩味、苦味。どれにも属さぬうま味が、きっと真里谷一姫の舌で踊っているに違いない。
「……これは、動物の出汁か?」
菖蒲も、思わずとばかりに声を漏らした。
「あぁ、鳥の出汁が入ってる」
現在、生物の異常な成長などの影響で動物系食物の供給が滞っている。施設や技術など文化的なレベルが低下したことも無視できない。
上手いこと食用の害獣を絞め、然るべき処理と解体をして、その中でも特に選りすぐりを内地へ輸送する。内地のグルメ家達へ売り込むこともそうだが、食あたりなどを考えて一番いいものしか送れないのだ。それだけに需要に対する供給は圧倒的に追いついてない。
……世界崩壊直前の日本は、運送業が高度に発達していたと聞くが、それもぶち壊されてしまったのだろう。食料を輸送する車両が襲われるケースも珍しくない。
ともかく、そうして肉の好い部位ばかりが内地へ行く中、最前線ではそのおこぼれとして肉の余った部分でこうした食品が出回ったりしている。
例えば、このスープだって、内地に行けばコンブやらの植物性の出汁がほとんどで動物系の出汁は稀らしい。
日本の出汁文化はそれこそ百年以上の歴史があるため、動物系でなくとも十分に主役に張れるのだが、新鮮に見えるだろう。見たところ拒否反応も無く、ホッとする。
「内地では飲んだことありません」
「動物の骨や内臓なんかは、ほとんど現地で消費されて内地までは出回らないからな。その辺は特に鮮度が命だし」
「……なるほど」
一足先に食べ終えた俺は味わうように消化していく姫を見ながらこの後は何処へ行こうかと考えていた。
視察はもう少しだけ続くんじゃよ、と言ったところで一区切り。午前が終了したので午後のお散歩です。
が、続きが全くかけていませんので、少しお待たせすることになるかもしれません……。なるべく早くお届けできるよう努力いたします。




