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第八話 デートと書いて仕事と読む



 俺、霞沢流は、自慢じゃないが彼女がいたことがない。

 比較的好意をもってもらえても精々そこ止まり。


「霞沢さん、いい人ですよね」


 とは、


「霞沢さんって、(どうでも)いい人ですよね」


 ってやつだ。さん付けの辺りで既に距離置かれてるんだよなぁ。

 まぁ、自分が男として魅力ないと諦めている。だから、ちょっとついでに女子に案内をするくらい全然気にならない。


 服の埃を念入りに落とし、鏡を見ながら制服のネクタイを気持ちきつめに引き締める。髪も前や左右を確認し、寝癖がないか確認する。

 ……ふむ、ワックスか何かつけるべきかしらん?


「ねーぇ、早く退いてよ」


 鏡の自分と睨めっこしていると、浴室のドアから気だるげな声が聞こえてくる。

 バスタオルで髪をクシュクシュと拭きながら千羽が迷惑そうにしている。風呂上りなのか薄い肌着一枚で仄かに湿り気を帯びている。

 当たり前のようにいるが、ここは一応俺の部屋だ。


「なにいっちょまえに鏡陣取ってんの? ナルシストなの?」

「身だしなみを整えるのは社会人の基本だぞ」

「そんな見つめたって変わんないから。いつも通りだから」

「分かってねえな。細部にまで気を遣うことが大事なんだよ。清潔感ってやつ?」

「あーね。パイセン、ただでさえキモいからせめてそれくらいはね」

「…………」


 え、キモい? うそ、どこが? 臭いとか? クサい? 息が? 「実は話してて気になってたんです」みたいなところあった……?

 胸元を手繰り寄せたり口を手で覆ったりしていると、「はいはい、どいたどいた」と千羽に押される。

 引き出しから肌のスキンケア用品を取り出し、顔に塗り始める。それ俺買った覚えないんだよなぁ。俺の家の筈なのになぁ。おかしいなぁ。


「ていうかお前、今日中だろ?」

「んー? んー……」


 中とは、いざという時の備えで駐屯地に宛がわれた第三隊の待機部屋での待機命令である。決していかがわしい意味ではない。

 斥候などで出張った際に害獣とかち合い、死者および重軽傷による離脱者が出た際の補充要因だ。


 ……が、たまに忘れるがこいつの実家はそれはそれは由緒正しき御家であって、万が一にも傷でもつけようものならそれはそれは至極厄介なことが起きるわけで。

 実家と折り合い悪いとか諸々の事情はあっても、「萬里小路家の令嬢を傷物にした」という事実が広まるのはお上としても避けたいところだろう。こいつが勝手に前線で暴れること自体、冷や汗ものの筈だ。

 つまり、こいつに下される待機というのは「精一杯もてなすんでお願いですから大人しくしててください」という接待と監視の意味合いも兼ねている。


「お前ただでさえ人好きのする性格じゃねえんだし、コミュニケーション取っとけば?」

「うっせーし」


 そう返す千羽の声は弱く、悩まし気だ。お茶を濁すような、どう逃げたものかと悩むような。

 いよいよもって珍しい。ここ最近は無い反応だった。


「……何つーか、今日は何か無理なんだって」

「何かって?」

「いや、分かんないけど。何かやな感じだから……」

「……ふーん」


 ……まぁ、夫婦や親兄弟じゃあるまいし、そこまで干渉することでもない。


「じゃあ、戸締まりだけしといてくれ」

「……は? なに、どっかいくの?」


 そう言って玄関で靴を履いていると、ぴょこと洗面所から顔だけ覗かせる。


「お前と違って忙しいんだよ」

「え? ごはんは?」

「適当に外で食ってくるけど」

「は? 誰がアンタの教えろつったし。あたしのは?」


 わぁお、ナチュラルに飯を要求してくるなんて、何この娘?

 自分の意見が何でもかんでも通用するような眼をしよって、俺はお前の保護者じゃねぇッつうんだよ。


「……自分とこで食えよなぁ」


 とか何とか言いながらシチューを作ってから出かけたどうも俺です。


  ×  ×  ×


 そんな朝の一コマがあり、朝というには少し遅めな時間に家を出た。

 といってもやることは昨日と変わらない。どこまでがいつも通りでどこまでが暴動かの線引きをしてしまえば、やってることはほとんど散歩と人間観察だ。

 前線通いもそれなりにルーチンワークと化していたが、これはそれを超える流れ作業になりそうだ。


 月月火水木金金、全てが同じ繰り返し。脳がとろけそうな代り映えのしない毎日。

 ……見回りの諸先輩方はいつもこんなことをしていたのか。

 なんて、羨ましい。


 散歩でそこそこの給料をもらえる生活なんて、今の時代勝ち組じゃなかろうか。重い責任が付録でついてくる管理職を押し付けられない塩梅の適当な作業で平穏に生きていける。何より俺ら最前線組の壁というそこそこの安全性が約束されている。


 ……異動願、出してみようかなぁ。

 と、どこからか聞こえてくる値切りの喧嘩や悲鳴を聞き流し、そんなことを考えながら適当に歩き回る。

 ――決め事、その一。『なるべく普段通りの生活を』

 適当に時間を潰したか、というタイミングで携帯端末を取り出す。


『もしもし』

「あー、俺です」


 聞くも麗しい声にそう返す。

 ……その近くで、何の疑いも無く電話に出るな、というような慌てた声がする。


「そろそろいけそうですけど、今から大丈夫です?」

『平気よ、流さんだから。……えぇ、こちらは大丈夫です』

「……んじゃ、今から迎えに行くんで」

『それは、申し訳ないので。場所を教えていただければ此方から向かいます』


 ……気遣いか。こちらを不快にさせない丁寧な所作だが、しかしそうもいかない。


「誰に見られるか分かんないんで。裏口とか、分かんないでしょ?」

『ぅ……はい』

「一応見つからないように、ってのが条件みたいなんで、少し慎重に出ましょう」

『……はい。ご迷惑をおかけします』


 別にそこまでじゃないんだけどなぁ。謝らせたい訳ではないのだが、どうもコミュニケーションが上手くいかない。

 かといって、そこを掘り下げれば更に謝り倒してくることは目に見えてるので、これ以上は言及しない。


「三十分くらいで部屋の前まで行くんで、知らない人が訪ねてきても開けちゃだめですよ?」

『ノック一回と二回を連続で、ですよね! 大丈夫です!』


 事前に決めた合図を確認する声に苦笑する。一応秘密の合図っていう触れ込みなんで、あんまり口に出さないでほしいんですがねぇ……。

 まぁ、これも真面目の裏返しなのだろう。そう思えば特に気にもならない。


 苦笑しながら電話を切り、来た道とは違うルートで戻る。人通りに紛れやすい大通り、緩やかな曲がり角、その他尾行されない程度の工作を重ねる。

 決めごとその二、『気取られず、悟られず』。何があるか分からない。もしかしたら、もう既に誰かにつけられてる可能性もある。やれることはやっといて損は無い。


 あと、あれだ。毒とか。色々と注意しなければならない問題は襲撃以外にも色々ある。日本には昔、「ペロッ……これは、青酸カリ……!」という毒見方法があったと聞く。俺もやった方が良いのだろうか……。やだなぁ。そもそも青酸カリに味なんて無いんだよなぁ。


 そんなこんな色々やって、もうじき兵舎まで辿り着く。

 一姫達を匿う部屋で深呼吸一つ。合図通りのノックをすると、数秒経って静かにドアが開かれた。僅かな隙間を滑り込むように入る。


「追手はつけられていないだろうな?」


 開口一番、厳しい言葉を投げてくる菖蒲に肩を竦める。


「一応」

「……まぁいい」


 そう言うや、さっさと奥へ行く菖蒲についていく。


「流さん、お待ちしてました」


 リビングへ行くと、お上品に紅茶を傾ける真里谷一姫が完璧令嬢といったスマイルでもって受け入れてもらえた。

 が、何となく舞い上がっているようなソワソワとした雰囲気が伝わってくる。楚々とした花が満開に咲いているような感じだ。


「すいません。本当に楽しみで、少し準備を急ぎ過ぎてしまって……」

「は、はぁ……」

「本日はどちらを案内していただけるのでしょうか?」


 急かしながらも礼を失しない辺りは流石だった。


「……とりあえず、比較的治安のいい場所を回って、昼は外で食う感じ、ですかね?」

「外食ですか? 楽しみです」


 本当に楽しみなようで、笑顔の周りに花が舞っているようだ。心臓によくない。

 そんな真里谷一姫と、外食という単語に反応して顔を顰めている菖蒲を見て、


「……二人とも、その格好でいくの?」

「? ……何か問題が?」


 真里谷一姫は通した袖を手で軽く摘まみ、纏う衣装に視線を落とした。

 派手な装飾こそないが、一目で質がいいと分かる、ある程度外出に適しているデザインの着物。淡く白がかった桃色というような色合いは、人知を超えた美貌を持つ彼女にピタリと当て嵌まる。

 まぁ確かに、滅茶苦茶似合う。しかしそれだけに、滅茶苦茶目立つ。


「よくお似合いです。お嬢様」


 そう言って「文句あんのかこの野郎」と言わんばかりにこちらを睨んでくる菖蒲の恰好も、まぁひどい。

 黒で統一された色合いのコンバットスーツ。見た目は普通のスーツのそれに似ているが、要所に防弾用のガードがあるような不自然な盛り上がりが見て取れた。

 極め付けは、俺と争った時のナイフよりも倍は長いそれをさも当たり前のように腰に佩いた剣の存在感。近代的な服装に対して、得物があまりにアンバランスだ。


 なに、弾丸の雨の中突撃するつもりなの? 島津ってくるの?

 ともかく、こんな見た目の二人を連れ立って歩けば嫌でも注目されるわけで。


「……とりま、チェンジ」


 頭が痛いような気がしながら、親指と人差し指をくるりと回してそう言った。

 ……やっぱり、外出るのやめません?


  ×  ×  ×


 その後、着替えを澄ませ――菖蒲が最後までごねたが、周囲の注目を無駄に煽るということで勝ち取った――、裏口よりこっそりお出かけ。

 真里谷一姫は先ほどから申し訳なさそうにしていた。というか出会ってからずっとこんな感じだが。


「お、男の人と出かけるのは、初めてなので」

「いや、これそう言うのじゃないから……」


 ていうかやめて、それ言われるとこっちも意識しちゃうから……。


「それにしても……本当にこれで大丈夫でしょうか?」


 そう言う真里谷一姫の装いはブラウスにロングスカートを合わせ、日よけにつばの広い帽子を被っている。菖蒲が調達してきたという中で幾分マシな物を選んだのだが……。


「……す、少し下がスースーします」


 ――多分、いやきっとダメだ。

 顔を仄かに紅潮させ、俯く様の何と麗しく可憐なことか。熱を逃がすように手をパタパタさせる仕草すら品があるとか強すぎる。

 正直、隠しきれていない感半端ない。むしろあか抜けた感じが別のベクトルの魅力を引き出しているまである。時折すれ違った人間の目を引いてるし、何なら話しかける機会を窺ってついてくる人間も出てくる始末。


「お嬢様、暑くはございませんか?」

「大丈夫。菖蒲は?」

「大丈夫です。それよりも、もう少しこちら側をお歩きください」


 それに対する菖蒲がストレッチ素材のシャツとデニムとシンプルなのが気に入らない。お嬢様にもそんな感じの用意しとけよ……。

 菖蒲は護衛の本分を果たそうとし過ぎている。「命がけでもお嬢様を守ろう」という気概に満ち溢れている。警戒心から周りを威圧しているから、俺ら三人はちょっとした悪目立ち集団となっていた。まるで

「避暑に来ましたお嬢様と護衛の二人」の構図。これじゃあ服装変えた意味が無いんだよなぁ。

 しかし、ここは避暑どころか危険地帯な訳で。ともすればお嬢様は絶好のカモだ。マジでなんでこんな前線くんだりまで来るんだよ。金持ちの道楽じゃ済まねぇぞ……。

 火種の元を抱えているような心地で人がゴミのような大通りを歩いていく。


「――なぁおい、そこのねーちゃ」

「はいはい、チョトゴメンネゴメンネー」


 ほらいらっしゃった!

 脇から湧いて出たガタイのいいモヒカン三人組を路地裏へ引きずり込む。


「テメェ、何しやがる!」

「解体して内地で売り捌かれてえのか!」


 ……ふむ。


「人身売買と思わしき発言確認」

「あ? 何言って――」


 瞬きの隙に、喉元に銃を突きつける。

 あー、めんどくさい。何故にこんな苦労させられているのか。本当はやる気ないのをおくびにも見せず、なるべく低い声で続きを言った。


「喋るな、動くな。首から上がダンスするからな」

「―――――!」

「お前らもだ」


 チラリと見れば、両手を挙げてしきりに頷いてくれる。


「あー、まぁ、とりあえず俺らに絡んでくるな。五体不満足で豚箱ぶち込まれたくないでしょ?」


 銃を下ろすと、ぴゅーっと走ってどっか行ってしまう。


「あ、視界にも入ってくるなよー!」

「は、はひぃぃぃ!」

「び、びつれいしまじたぁぁぁ!」


 うん、素直でよろしい。やはり話し合いで解決するのは楽でいい。

 しかし、一応通報だけしておくか。見た感じ前科持ちっぽいし。

 後で連絡することにして、今はとりあえずお嬢様方のところへ戻る。


「お待たせしました」

「……大丈夫なのですか?」


 出てきた路地裏をチラリと見ながら、真里谷一姫が言った。


「えぇ、話してみたら、なんか知り合いぽかったです」

「初対面のようでしたが?」

「一回か二回あっただけでも知り合いでしょ。赤の他人よりマシってレベルですよ」

「……そうですか」


 そう言って、お嬢様が引いてくれた。とりあえず誤魔化されてくれるらしい。

 しかし、あれだけ満開の花のようであったのに、やはり本質的に武家のお嬢様らしい。研ぎ澄まされた気配は喉元に突きつけられなくてよかったと心底思う鋭さだ。


 その後、気を取り直したように視察という名の散策を再開する。

 途中で買ったコロコロとしたドーナツっぽいものを満足そうに食べれば、ある程度機嫌は回復していた。やはり女性には甘いものだった。


「普段もこれくらい人が多いのでしょうか?」

「割と需要もあるみたいなんで」


 実際、一山当てようと屋台引っ提げてくる奴とか、内地だけじゃ飽き足らない強欲経営者とかが参入しては商売競争に負けて去っていく様は見てとれた。


「流さんは普段から?」

「最近はあんまりないですね」

「以前は来てたのでしょうか?」

「そう、ですね。訓練生の頃なんかは、今より時間あったんで」

「なるほど、では流さんもこの辺りの食事には詳しい方なのですね」

「……あー。どう、ですかね?」


 そんな「私期待してます」みたいな顔しないで。ハードル上がってるから。普段行く店なんて適当にその辺の路地入って見つけた安くて済むとことかだし。地元民だと、そこそこ有名な店でも割とどうでも良かったりするから、あんまり気にしなかったことがここで響くとは……。

 そもそも女の子連れていく機会も無いから、女子好みの店なんかも知らない。千羽を連れていく時もあるにはあるが、アイツ生まれも育ちもいい癖にそういうとこ無頓着なんだよなぁ。楽でいいんだけど。


 と、この辺のグルメマップを脳内で広げていると、ふと後ろから走り寄ってくる気配。足音からして小柄……いや、子供だろう。慌てるように、焦れるように、けどそれを殺しながら、人込みを縫うように、真里谷一姫を目指した軌道を描いて走ってくる。


「…………」


 放っておいて真里谷一姫に現実を体験させるって手もある――真里谷一姫が財布を持っていればの話だが――が、それだと菖蒲がキレる可能性もある。精神的にも物理的にも。


 違和感を持たれないよう数歩下がる。

 影が近くなってきたと同時に近くの人にぶつかるフリをした。

 よろけることで真里谷一姫の楯になるよう一気に動く。

 結果、小さな影と俺が衝突することになる。


「っで!」

「っと、悪い。平気か?」


 予期せぬ横槍の入った少年が倒れたので、手を差し伸べた。手の先から少年が睨んでくる。


「――こういうのはやめろ。やばいとこに足ツッコむことになるぞ」

「あぁ? 何言って……」


 少年を黙らせるように、手に幾つかお札を握らせる。驚く少年を立ち上がらせて背を押せば、おっかなびっくりといったように走っていった。

 ……あぁ、さよなら。虎の子の紙幣。


「だ、大丈夫でした?」

「あぁ、よろけた時に転ばせちゃったみたいだから」


 何でも無い、と手を振る。真里谷一姫は死角で見えず、とりあえずは納得する。

 再び歩き始めると、菖蒲がこちらを睨んでいたのが視界を掠めた。


  ×  ×  ×



 零時に間に合いませんでしたが、今のところ連投ということでどうかご容赦を……。

 明日も予定していますが、予定としてはそれで最後になりそうです。



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