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第2章 その2 料理と部活と期末試験

 杏子の親友、並河香織は、校内でも霊感少女と名高い。

 彼女に占ってもらった、おれと杏子の同居生活の前途は……

 並河はルーンストーンを一個、選び出した。

「これはスリサズ……ソーンとも呼ばれるもの。ルーンは試練を示しているわ。助言……内なる声。自分の中の嫌いな面も、否定しないで、認めて……」

 

          2

         

 試練のルーン。


 実は、おれの『試練』は、もう始まっていたのだった。

 それが何かというと……

 毎日の、杏子とのふたり暮らしだった。

 例えば……

「雅人ーっ! ちょっと食べてみてよ!」

 学校から帰ったおれをつかまえるなり、今夜の料理当番の杏子が、割烹着姿で、小皿に乗せた茄子を差し出す。

「どう? 茄子のしぎ焼きよ。美味しくできたでしょ!」

 早く食べて! と、わくわくしている表情。

「うん、旨い」

「こっちも! 新じゃがの煮物よ。沢口のおばさんに教えてもらったレシピなの」

 得意満面で、杏子は胸を張る。

「美味しいって、素晴らしいことね。あたしったら、今までの人生15年間、損しちゃった」

 杏子の料理は、しだいに人間の食べられる味になってきた。

 おれも少しずつ手の込んだものが作れるようになって、ふたりして料理の本を覗きながら手伝い合ったりする。

 一見、おれたちの同居生活はとても上手くいっているようだった。


 だが、根本的な問題があった。

 彼女はとても魅力的な女の子。

 そしておれは、男なのだ。

 そんなの最初からわかりきってただろうって?

 想像はしていたが、実際に生活してみて、あらためて事の重大さに気づいた。

 ごく身近な例をとれば、風呂。

『雅人の後なんてイヤ!』

 だと言って、杏子は必ずおれより先に入浴する。

 そこまではいい。

 だが、杏子は風呂上がりにバスローブ一枚でうろうろする!

 おれは慌てて2階に逃げ出すか、目をそらしてTVを夢中で見ているふりをする。 

 杏子ときたら、おれには足が臭いだの乱暴だの、上半身裸で寝るなだのと文句をつける。そのくせ男の事情なんて何も知らないから、ヘンなとこで無防備そのもの。自分の露出度には鈍感なのは、片手落ちってもんじゃないか!?


 神様、どうか杏子に常識を教えてやってくれ!

 

 杏子の入った後の湯に浸かるおれの心境は、複雑だ。

 風呂場には、ピンクの湯桶や、女性用のシャンプー、リンスやら、彼女の存在を感じさせるものが、幾つも、無造作に置かれている。

 どうしたって、いらぬ想像力をかき立てられてしまう。

 ひとり悶々とするおれの苦しみが、杏子にはわかるはずもない。

 そして、おれは、こんな最低な悩みなんか、彼女には断固として、決して、知られたくはなかった。

「親父の奴、今頃ロンドンで新婚生活か……いっそあてられなくって良かったかな」

 湯船に首まで浸かりながら、夜毎、おれは大きな溜め息をつくのだった。

 ……これじゃ、勉強にも身が入らない。

 うまく自分の生活のリズムがつかめない。

 いつしかおれは、野球部の部活にも前ほど打ち込めなくなり(もっともこれは、杏子のせいじゃない)悩んだあげく、退部届けを出した。

 問題は、おれ自身なんだ。

 その結果は、ものの見事に期末試験に反映されてしまうことになった。


         *


 期末テストの結果が出た。

 もとからせいぜい50~60番あたりをさまよっていたおれは、学年ランキングで100位以下に落ちた。

 一方、常時ベスト10以内だった杏子は、50位以下に落ちたことでショックを受けた。

 マイペースな充はいつもと変わらず、並河さんは5位。

 思うに、彼女は、1位にもなれるのにわざとそうならないようにしているのでは。そんな気がしてならない。


「ちょっと雅人! なんで、そんな簡単な問題がわからなかったのよ!」

 おれの手にした、赤いバツ印だらけの答案用紙を睨んで、杏子は憤慨する。

「何よ、その点数。5点だなんて! ひとつしかマルがないじゃない」

「数学は小学校のときから苦手なんだ。0点でなかっただけ偉いだろ」

「そんなこと自慢できるの? 胸を張って言うんじゃありません!」

 だけど杏子だって、化学の答案は、似たりよったりだ。

 お互い、夏休みの補習だけは免れたけど、さんざんだった。

 担任の岸和田には、昼休憩に呼び出しをくらって注意されるし。

『環境の変化があったんだから仕方ないが、次は頑張るんだぞ』

 おまけに職員室を出ようとしたら学年主任に呼び止められて、

『夏休みになっても、羽目を外すな。ご両親が近くにいないからといって、甘く見てはやれんぞ』ときた。

 はあ!?

 羽目を外すだぁ~!?

 おれたちは勉強に、共同生活にと、くそ真面目に頑張っているってのに。

「おう、山本、伊藤もいたか」

 学年主任の小言にじっと耐えていると、体操の高倉義生教諭がやってきた。

「山本、ちょっと来い。主任、すみません、借りてきます。ああ、伊藤も来なさい」

 高倉教諭は、34歳、独身の体操教師だ。

 美人の婚約者がいて、夏に挙式の予定だそうだ。先輩から聞いた話では、以前よりずいぶん丸くなったという。

 ……体型ではなく、性格が。

 肩口まで袖をめくり上げた半袖Tシャツに、下は紺色のジャージのズボンという暑苦しい格好。冬でもこれで通しているらしい。

 筋肉質で身体もでかいし顔も大きい、むさくるしそうな外見だが、包容力があって面倒見のいい先生だ。

 職員室を出た高倉は、中庭に出て、コンクリートで固めた池の縁に腰を下ろした。

「山本、野球部の顧問から聞いたが、部をやめたそうだな。ご両親が留守中、伊藤とふたりで家事もやっとるんだって? やはり両立は苦しいかな」

「いえ、それとは違います」

「ほう? 何か、ほかに理由があるのか」

「気がついたんです」

 杏子には、あまり聞かれたくなかったが、仕方がない。

「おれは、他の部員より野球に熱心じゃなかった。あいつらは心底好きでやってるのに、自分はどうかって思ったら、恥ずかしくなったんです」

「それなら、これから本気を出してみてもいいんじゃないか?」

 耳に痛い、突っ込みだ。

「本当にやりたいことは野球じゃないかもしれない。そう気づいたんです」

「それで、どうする」

「……これから探してみます」

「そうか。……ふぅむ、これから探すか!」

 バッシーンッ!

 高倉はおれの背中を叩いた。

 軽く叩いたつもりだろうが、痛かった。

「まあ、若いからな。可能性のかたまりだ、おまえたちは。ぼちぼち、やるんだな。まわりに流されるより、遠回りなようでも自分というものを突き詰めた方がいいこともあるかもしれん」

 そう言うと、高倉は立ち上がって、ジャージについた砂を払った。

「じゃあ、そろそろ戻りなさい」

「高倉先生、あたしに用って?」

 問いかけた杏子を、高倉は振り返り、

「学年主任の説教は長いからな。昼飯を食いっぱぐれたらいかんだろう」

 にやっと笑って、去っていく。

「先生、ステキ! あたしのタイプじゃないけど」

 杏子は両手のひらで筒形をつくり、口に当てて、叫んだ。

「高倉せんせー、夏休みにご結婚ですってー!? おめでとーございます!」

 噴水の横を突っ切って、颯爽と裏庭に向かっていた高倉が、ガクッとこけた。


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現在、全面的に見直してます。
高校入学前のエイプリルフールでのお花見事件から始まり、
4月、5月のエピソードを追加して書き込んでいったり、文章の見直しをした
「妹なんかじゃないっ」というタイトルにしたものを、新たに連載始めました。
どうぞよろしくお願いします!
妹なんかじゃないっ
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