第10章 その1 師走と恋の予感?
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12月に入ったある日のこと。
おれは陸上部の顧問に呼び出されて、旧校舎(別名・南校舎)にある職員室に行った。
体育祭からこっち、おれは陸上部に入らないかと誘われている。
いい記録を残せるとまではいかなくても、おれには走ることが向いているのではないかと言われた。
これからどうしたらいいのか。自分もずっと考えていた。
「まあ考えといてくれ。無理にとは言わない」
「はい。ありがとうございます」
と答えて、職員室を辞した。
「おーい山本! ちょっと待て!」
出ようとしたところで呼び止められた。
担任教師が、手招きをしていた。
なんか、やな予感。
「えっと、すみませんっした!」
思わず頭を下げてしまう、おれである。
「山本。まだ何も言ってないが?」
「あっ、はい!?」
あわてすぎた。
「このところの、おまえの成績なんだがな。特に数学と英語は、危ないな」
あ。その件ですか!
やばい。
最近、成績が落ちてるんだ。
そこを突っ込まれると弱い。
「うちの高校はアルバイトを許可している。社会経験を積むのはいいことだ。だが、それで成績が落ちるようだと、本末転倒だろう? そう思わんか?」
「はい。おれも、そう思います」
そう思わないかと聞かれて他にどう答えられるというんだ。
担任は満足そうにうなずく。
「わかっているならいい。今後の成績には、響かないように努力してくれ」
やべえ。頭ごなしに、バイトやめろと言われるかと思った。
焦ったよ。
学校とバイトの両立は難しい。
部活に入るゆとりはないかもしれない。
今では、バイトをやめることは、もう考えられなかった。
金欠だと思っていたのはおれの間違いだったけど、金のためだけじゃない。結局、おれはバイト先のラーメン屋も、バイト仲間も、大好きなんだ。
爽やか高校生男子のバイト仲間、観月希望とも、よく、バイトの合間にいろいろなことを話し合うようになった。
お互いの家族のこと、将来のこと。進路のこと。
あいつと話すのは新鮮で、面白い。
先輩の滝野川リョウさんも尊敬できる人だし。ときどき手伝いに来てくれる生徒会長のユカリさんも唐沢繭由さんも、すっげ可愛いし。
中華料理店「蓬莱」の店主さんもいい人だし、料理は、ものすごくうまいんだ!
なんかまだまだ、悩みはつきないな。
「山本くん、待って」
職員室を出たおれに、声をかけたのは、上村洋子だった。
腕いっぱいに、プリントの分厚い束を抱えている。
「あれ、どうしたんだそのプリント?」
上村洋子は、くすっと笑う。
不覚にも、どきっとした。
あの遊園地での打ち上げ以来、イメチェンしてないか?
前より親しみが出てきたっていうか。
……フレンドリーなんだよね。
「次の現代国語は、自習なの。先生に言われて、プリントを取りに行ってたのよ」
「そうだったんだ。重そうだな。持つよ」
「あっ、わたし、そんなつもりじゃ……」
「いいから、いいから」
おれは上村が抱えていた紙の束を取り上げた。女の子と並んで歩いていて、彼女のほうだけ荷物を持たせるわけにはいかないよな。
「ありがとう、山本くん」
上村の表情が明るくなった。
ほのかに頬が赤い。
「あのね」
「ん?」
上村は、少しためらって、軽く咳払いをする。
「あの……ごめんなさい、先生と話してたの聞こえちゃった。陸上部に入るの?」
「実はまだ決めてないんだ。さそわれたのは嬉しかったけど」
「そうなの?」
「体育祭で走ったとき、苦しかったけど楽しかった。こういうのいいなって思った。今から入部して、いい成績を残せるなんていうほど、甘いものじゃないだろうとはわかっているんだ。でも走るのは好きだから……やっぱ迷う」
「わたし、体育祭のときのこと、覚えてる。リレーはすごかった。本当にかっこよかったわ。山本くんが走るところ、また見たいな」
「へーえ、ありがとう」
上村は、また、くすくす笑う。
笑顔はずいぶん可愛いのだった。
教室に着くまで、おれと上村は、たわいもないお喋りを交わしていた。
それをどこかで誰かが見ているなんて思いもしないで。
おれには、まだ恋愛の『れ』の字も、わかってはいなかった。
実際の季節に合わせるのは挫折しましたが、じっくり描いていきたいと思います。
今後ともどうかよろしくお願いします。
 




