第9章 その5 屋上での対決!
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昼休憩に、川野はおれを呼び出した。
旧校舎の屋上で、一対一で話したいという。
もちろん杏子にはわからないように、こっそりとである。
充は心配して、宮倉と一緒に立会人としてついていこうかと言ってくれたが、大丈夫だと、礼を言って断った。
川野昭二の、杏子への気持ちは本物だ。
おれだって本気だ。だから礼儀として一対一で向かわなければと思ったのだ。
だが、おれはもうどうしようもなく心が狭いヤツなので。
とても穏やかな話し合いに望む気には、なれなかった。
指定された旧校舎の屋上へ向かうとき。
もし川野が杏子に何か手出しをしていたら。そしたらどうしてくれよう、殺すかもしれない!
もしも手出しをしていなかったら? そのときはこころゆくまで殴り合うでもするか、などと考えていた。
屋上に着く。
川野は一人、立っていた。
「遅かったな」
「悪ぃ、トイレだ」
「トイレ!? そんな暇あるのか! いいい、いまから果たし合いだからな!」
……噛んだ。噛みやがった。
緊張感バリバリの中、川野は思いっきり噛んでしまったのだった。
ヤツと睨み合ったとき、
「川野、杏子に何をした? 無理強いしない約束だっただろう!」
どうしても納得できなかったことが、口を衝いて出た。
「誤解だ! なにもしてないって!」
「いや、なにって、なんだよ!」
「だから、杏子さんがいやがることを無理になんてしてないんだ! お、俺だってずっと我慢してた!」
恥も外聞もない心の叫びだった。
「だけど、確かめたくなったんだ。二人でシンデレラ城へ行こうとしてて、城に入る直前だった。本気で恋人としてお付き合いしてくださいって頼んだ! 土下座もしたよ!」
土下座!?
「……城の前でか?」
シンデレラ城は人気があるって充が言ってたなあ。人もたくさんいただろうに。
「まじか」
「恥なんか忘れたよ。夢中で、必死で」
「杏子はなんて」
「それが、優しかったんだよ……よけい辛かった」
「あ~、そ、それは……」
「おれに手をさしのべて……微笑んで。『ごめんなさい』って。そのとき、見込みがないってことをマジで悟ったよ」
「……そう、だった、のか」
おれは驚いていた。
昨日の夜の、妄想からはじまったおれの体験。
あのとき杏子から聞いた内容と、少し違う。
並河香織は『あれは別の可能性』なんだと言ってた。
別の可能性なんて言われてもよくわからないが、そんな世界が別にあるのか? SFか?
っていうことは杏子に強引にキスを迫った川野も、どこかの世界にいたんだろうか?
今ここにそいつがいたら全力でぶっ飛ばしてやるのに!
だが現実に、おれの目の前にいる川野は、すっごい情けない顔をしていて。イケメンも台無しのかっこ悪い泣きそうな顔で。
とても、そんな大それたことはできなそうだった。
「杏子さんは、ずっと前から好きな人がいるって。誰なのかは、言わなかったけど。でも、なんとなくわかったよ。さっき教室で杏子さんが、見ていたやつ。それは、山本雅人、おまえなんだ!」
おれは一瞬、躊躇し……そして、ゆっくりとうなずいた。
「なんとなく、おれのこと嫌いじゃなにのかなって、思っていた。はっきり言われたことはない。家族だからって思ってた。……でも」
ひと息吐いて、考えながら、言葉を探す。
「おまえが杏子にアタックし始めて、気がついた。おれも、杏子が好きなんだってことに」
ふぅ──っ、と、川野は大きく息を吐いた。
「そうか。そうだよなあ」
ほんの少し、笑った。
「杏子さんは、あんなに魅力的なんだもんなあ。好きになるよな……」
それから、ふっと真顔になり、おれに言う。
「そのこと、杏子さんには……」
「言ってない。なかなか口に出せなくて……」
「だよな」
川野がぽつりと。
「告白ってすっげえ勇気いるよな」
「……うん」
お互い沈黙のまま、時間が過ぎた。
「そうか……それなら、杏子さんの想いは通じているわけなんだな。お互いに、告白はまだしてなくっても」
川野は屋上を囲むフェンスに歩み寄って、下を眺めた。
「おまえバカだな、山本」
「おれもそう思う。いつかは告白したいけど、どうしたらいいんだかまったくわからないし、川野すげえ。尊敬するよ!」
「当たって砕け散ったけどな……」
いっそさっぱりしたと川野は苦笑いした。
「でもやっぱり諦められないんだ。いつか、でっかいことをやる! 杏子さんが恥ずかしくないような!」
どこかずれてる。
いや、そう考えることで自分を慰めているのかもしれない。
しばらく屋上に二人でいた。
吹き抜ける風は、もう、ずいぶん冷たい。
「……なあ」
川野は空を見上げたまま、ぼそっと言った。
「山本は、本当に、本気で杏子さんのこと好きなのか?」
「ああ」
おれも空を見ている。
どんよりと曇った空は、おれの気持ちそのままだ。
「今までは、きょうだいだからって自分を縛って、そう思わないようにしてた。だけど、やっとわかった」
「うん。それはよかった。杏子さんのためには」
考え込んでいるように川野はうつむき、ややって再び顔をあげて、おれを真っ直ぐに見る。
「いいけど。杏子さんのことを想っているなら、そろそろ本気で彼女のことを考えてやれよ」
「つまり何が言いたい」
トゲが出てるぞ川野。
「お互いに好きでも、告白して両思いだってわかっても、そこまではいい。だけど、山本と杏子さんは、義理でもきょうだいじゃないか。おおっぴらに公表できるのか? 学校にだって、親にだって」
おれは返答につまった。
痛いところを突かれた。
「きょうだいなら、一緒に暮らしてても変に勘繰られないだろう。だけど、交際してるなんてバレたら? 公表できないなんて、不幸だ。俺は彼女に、辛い思いをして欲しくない。それだけだ。考えてみてくれ」
「わかった」
「もし山本が彼女を不幸にするなら、俺は許さない。そのときは、覚悟しとけ。俺の気持ちは変わらない。杏子さんを諦めるとか、選択肢にはない。絶対、負けないからな!」
「お、おれだってだ! 負けねえよ!」
お互い、何に負けないっていうんだろうな。
川野が立ち去った後、おれは奴が言い残したことを、考えていた。
あいつが杏子を好きな気持ちだけは、本物なのだろう。
恋のライバルでなければ、たぶん、おれも川野を敵視することはなかった。
永遠のライバル宣言。
現実には、雅人はまだ告白もしていないわけですが。




