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第9章 その3 クリぼっちまっしぐら?

           3


 紅葉した葉もほぼ落ちた桜並木の下を。

 軽い足取りで上村洋子が行く。

 おれと充、宮倉宗一は、その後を追いかけるような感じになった。

 どういうわけだか、上村に追いつけないのが、謎だ。

「上村って、あんなに足が早かったか?」

 宮倉が言う。

 おれも同感だ。

 これでも走りにはちょいと自信のあるおれと宮倉が息を切らせてしまって小走りになっているのに、追いつけない。


 そうこうしているうちに、先にいた生徒たちの一団に追いついていた。

「やったー、遅刻しないですみそうだね」

 ちゃっかりした顔で笑う充。どうして息も乱していないんだ。

 

「おはよう直子ちゃん、名越くん」

 上村洋子が声を掛けたのは、名越森太郎と並んで歩き、何やらいい雰囲気で話していた秋津直子。

「あれっ上村……さん? おはようございます」

 髪をほどいた上村に戸惑ったのか。堅い。堅いよ森太郎。

「おはよう洋子ちゃん!」

 屈託ない秋津の笑顔。

 昨日は気づかなかったけど、秋津の髪のリボンが幅広の可愛い色のものに変わっていた。見れば日焼けが抜けてきて、少しばかり痩せたようだ。


 上村も秋津も、急に女の子らしく、綺麗になったみたいだ。

 イメチェン?

 好きだなと思っているわけじゃないのに、なぜか気になる、彼女たち。

「このクラスの女子ってポイント高いよな……」

 思わずもらした独り言に充が即反応。

「えーなになに。香織さんが美人なのは周知の事実だけどさぁ」

「はいはいごちそうさま」

「ちゃんと聞いてよ雅人。誰か気になる女子がいるなら、早めに行動しときなよ?」

「え。なんでだ」

「知らないの?」

 充は大げさに肩をすくめる。

「そんなんじゃ、『クリぼっち』決定だね……」

 へ? 『クリぼっち』?

「なんだよそれ!? 知らない単語だ」

「あー、山本。それくらいなら俺も知ってるぞ」

 宮倉が、ぼそっとつぶやく。

「菜々花……妹が言ってた。クリスマスを一人で過ごすやつのことだと」

「いつのまに世間ではそういうようになったんだ」

「知らん。まぁ妹の言うことには、俺も『クリぼっち』だそうだから」

 ぽんっ。

 宮倉は、おれの肩を叩いて、満面の笑みを浮かべた。

「仲間だな!」

「嬉しくねーよ!」


「オレは違うからねっ! クリスマスは香織さんちに招待されて」

「聞いてねーよ!」

「雅人~。ちゃんと朝ごはん食べた? 朝食抜くとイライラするんだってさー」

「……食べた。杏子が作ってくれた」

「でも置いてきぼりなんだよね?」

「うう」

 言い返せない……。

「だからね。『クリぼっち』回避には、12月になってからあれこれ動いても遅いみたいだよ~?」

「充おまえ。自分はリア充だからって」

「そりゃ、努力の結果ってもんだよ。雅人はもっと周りを見たら?」

 あーあ。

 考えなきゃいけないことは山積みなんだけどな。


 教室に入ると、おれは自然と杏子の姿を探していた。


 後ろの席に、並河香織と杏子が、机を挟んで向かい合っている。

 何か占っているのか、机の上には、ルーンストーンが置かれていた。


「遅かったじゃない。でも遅刻しなくてよかったわね」

 杏子が笑う。

 あれ?

 おれのことを、今は、どう思ってるのかな?


「山本雅人くん」

 おれの名前を呼んで、並河香織は席を立ち、こちらへ向かってきた。


 急に、周囲から音が消える。

 ここにいるのは、おれと並河だけ、みたいに。


「昨日の夜のこと、覚えてるわよね?」

「えっ」

「心当たりはあるのね」

「あれは、おれの妄想かと思ってたが」

「選んで。雅人」

 並河がおれの前にカードを広げる。

「これもルーン。カードに描かれたものよ。昨日の夜の幻は、『そうだったかもしれない』別の可能性の世界なの。それを、ちょっと見せてあげたのよ。あなたの選択によって未来は変化するわ。これまでも。そして、これからも」


 目の前がぐらりと揺らぐ。

「なにを言ってるんだ」

「……いいわ。急には信じられないでしょう。でも覚えておいてね。すべての可能性は、絶えず変化し揺れ動いているの」

 並河は身を翻す。

 身動きもできないまま、おれは。

 

 急に、音が戻ってきた。

教室はざわめいている。

 別の、可能性?

 並河は、それをおれに見せた!?

 どういうことなんだ。



「どいてくんねえか」

 背後から声をかけられて振り向くと、川野昭二が立っていた。

 おれはむっとして川野を睨む。

 奴も、睨み返した。

「何やってんだ? そんなとこで、固まっちまって」

 後から登校してきた男子が、川野の背中をどやしつけた。

「昭二ィ、元気ねえな。最近、ちゃんとデートしてんの?」

 事情を知らない男子生徒にからかわれた川野は、そいつを睨んで、

「ああ、俺は昨日、

伊藤さんにふられたよ!」

 険悪な口調で、言った。

「……ええっ、ウソ──っっ!!」

 上村洋子がこう叫んだのを皮切りに、教室中が騒然となった。


 クラス中の視線が、杏子の上に集まる。

「あたしは、ただ……」

 頬を赤らめ、杏子は唇を噛む。

「やめろ! 川野、おまえは黙れ!」

 おれはカッとなって川野の胸ぐらをつかんだ。

 奴はその手を払いのけ、殴りかかった。


 ヒュッ!

 こぶしが、鋭く頬をかすめる。

 おれはお返しに、奴の顔に一発、叩き込んだ。


 後ろにあった机や椅子を巻き込んで、奴は倒れた。

 起き上がろうとしてもがく川野に、おれは馬乗りになる。

「このやろう!」

 さらにもう一発、殴ろうと……

「やめて! 雅人」

 杏子の叫び。

「やめろケンカなんて」

 宮倉がおれの襟を掴み引っ張る。

 充や宮倉、杏子や、クラスの奴らが、組み合っているおれと川野を引き離した。


「もうやめて。あたしがいけないの。ごめんね。川野くんは、いい人なのに。あたし……他に、好きな人がいるの」

「誰なんだ? 杏子さん。いったい誰を……」

 川野は呆然として、うつむく杏子を見やり、いぶかしげに、おれに視線を移す。

 おれは息を呑んだ。

 昨日の、妄想とも夢ともつかない経験が、ふいに鮮やかに甦ってきた。


 べつの可能性。

 まったくの架空の出来事なんかじゃない。

 あり得たかもしれないこと。


 そして、たぶん。

 ……杏子が好きなのは、おれだ。

 そしておれは、杏子が好きなんだ!


 後先を考えずに叫んでしまいそうになったとき、


「もぉ~っ、いいじゃんか! 杏子さんが誰を好きだって」

 充が川野の額をぐい、と押した。


「本当だぜ。聞いてどうする。おまえはふられたんだろうが」

 宮倉宗一が、奴を席に連れていった。


 その場はそれでおさまった。

 が、うやむやに終わらせられはしないだろうと感じていた。

 おれと川野は、決着をつけなくてはならない。




他の女子に気をとられるひまはないはずの雅人なのですが。


ルーンカード、鏡リュウジさん監修のものがオススメです。

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現在、全面的に見直してます。
高校入学前のエイプリルフールでのお花見事件から始まり、
4月、5月のエピソードを追加して書き込んでいったり、文章の見直しをした
「妹なんかじゃないっ」というタイトルにしたものを、新たに連載始めました。
どうぞよろしくお願いします!
妹なんかじゃないっ
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