第9章 その1 告白から初めてのキス?(妄想バージョン)
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その夜は、寝る気になれなかった。
眠気もこないのだ。
見るでもなく何となくつけていたリビングのTVも、いつしか番組がすべて終わってしまっていた。
杏子は部屋にあがっていったきり。
こうしていると、一人暮らしだったころを思い出す。
たまらなく寂しくなる。
おれ何やってんだろうな。
想像してみた。
もしも。
もしも今夜、○ィズニーランドで、杏子と再会したとき。
充がおれたちを探してやってくる前に、杏子に、川野と何があったのかと聞くことができていたなら?
もしも…………
※
日が落ちて暗い場内、宵闇を切り裂くように流れるパレード。イルミネーションの海。
杏子と再会して、二人でパレードのフロートを見ていた。
おれには、どうしても気になることがあった。
「なあ、川野と一緒だったのか?」
「…………」
元気良く喋っていた杏子が、急に黙ってしまった。
それから、はしゃいで喋り出す。
「ああ、川野くん。さっきまでは一緒にいたんだけど。はぐれちゃった。今ごろパレードの中にでもいるんじゃない」
どうでもよさそうに流す。
不自然だ。
「……川野と、何かあったんじゃないのか?」
おれが尋ねると、杏子はまた黙り込み、城の壁に背中を預けてよりかかり、目を閉じて深呼吸して、
ふうっ。
と、吐息をついた。
「……あのね……あたし、キスされそうになっちゃった」
「何ぃっ!! バカ、おまえ!」
「怒ってくれるの……?」
杏子はじっとおれを見上げて、頼りなげにつぶやいた。
おれは身体が熱くなって、わけがわからなくなって、叫んだ。
「あたりまえだ! 男女交際なんて100年早ぇえ!! まだだめだ!」
くすっ。
泣き顔になりかけていた杏子が、小さく笑った。
「そんなに待ってたら、あたし、116歳のおばあちゃんになっちゃうじゃない」
「そ、それでいい!」
「え~? それでいいの? おばあちゃんでも?」
おれは勢いよく頷く。
「杏子なら、絶対、すっげえ可愛い、おばあちゃんになる」
すると……笑っていた杏子の目に、ふいに大粒の涙が溢れてきた。いくつも、いくつも、
とめどなく。
「どうしたんだ杏子!」
返事がない。泣き続ける杏子。
おれは、衝動的に、杏子を抱きしめていた。
「泣くな。おれが川野を殴ってやるから!」
「……ちがうの。心配、ないから……」
おれの胸に顔を埋めて、杏子がかすかな声で言う。
「いつの間にか川野くんとふたりになってて、川野くんが顔近いっていうか、そういう状況になってね、そしたら……あたし、気づいてしまったの。彼とじゃ、だめなんだ。イヤなんだってこと」
おれの背中に回された腕に、力がこもる。
「でもね」
思い切ったように、言う。
「雅人とだったら、いっしょにいても落ち着くの。あたしは寂しがり屋だけど、でもイヤなの、ほかの誰かじゃ、雅人の代わりになんかならないの」
パレードの賑やかな音楽、喧騒。物音が、ひととき、意識の外に追いやられてしまう。
耳に入るのは、杏子の声だけ。
「どうしよう……あたし、雅人が、スキ。ほかの誰よりも、すごく好きなんだわ!」
「おれもだ。ずっと前から、困ってた。杏子が好きだ!」
ふたりが言わなかった言葉がある。
きょうだいなのに、ってこと。
でも、葉月姉が言ってた。おれたちみたいな場合は、だいじょうぶだって。
「あたし、あなたとずっと暮らしたい……ずっと、これからも」
「……一生、でも?」
返事は聞こえなかった。
でも、杏子がかすかに頷いたような気がした。
おれは目を閉じて、身体を屈めた。
背中に置かれていた彼女の手が、おれの首筋に絡まり、吹きはじめた冷たい風を感じながら、おれは杏子をもっと近くに引き寄せる。
少しだけ、杏子が背伸びをして、顔を近づける。
柔らかくて暖かいものが触れるのを、唇で感じた。
いい匂いのする、ふんわりした感触の、ふしぎなもの……。
キスをしていたのは、どれくらいの間?
心と心が重なる。
お互いが生きている、確かな温もりを、そっと触れている唇から、伝え合う。
きっとそれが、触れ合いたい、キスしたいって思いの原点なんだろう。
唇が離れたとき、そう感じた。
目を開ける。
何よりも一番大事な、杏子が、確かに、おれの前にいる。イルミネーションを受けて、キラキラした瞳で、おれを見つめてる。
その瞳に映る影は……おれ?
ニコッ、と笑って、杏子は身を翻した。
「ねえ、もっと近くで、パレードを見ようよ!」
勇んで、階段を駆け降りていく杏子。その背中を抱きしめたいと思った。
その瞬間、足が止まった。
杏子の後を追って、抱きしめたくなった一瞬のこと。親父と桃絵さんの顔が、脳裏をよぎった。おれたちを信頼して、日本に置き、ロンドンに赴任しているふたりの顔が。
……深呼吸。
今は、ゆっくりと歩みだそう。
急がないで。なくさないように、大切にしていこう。
杏子を守りたい。おれは、このとき、心の底から強く願った。
※
「まさと! 雅人ってば」
「ふえ?」
「ふえ? じゃないわよ! トイレに起きたら、放送終わってるのにTV付けっぱなしで。雅人はうたたねしちゃってるし」
杏子はプンプンしていた。
あれっ?
「どうしたんだ杏子。さっきはもっと、こう……? ロマンチックだったろ?」
「なに言ってるの。寝ぼけたんじゃない?」
杏子はくすっと笑った。
あ、怒ってるけど、それなりに好感触?
悪くはない感じ。
「それより驚いたわよ。さあさあ、早く寝て! さっきも言ったけど、すっかり湯冷めしちゃって。風邪ひいたらどうするの!」
杏子に心配されて追い立てられて、おれは自分の部屋に戻った。
そしてベッドに入っても眠れないでいた、おれは。
急に思い出したのだった。
待て待て待て!!
さっきのは、おれの想像?
夢?
それにしてもやけにリアルな夢だった。
おれは、ついにそんな妄想までしちゃうようになったのかなあ。
現実には、杏子といい雰囲気になったりなんてありえない。
友だちで、家族で。きょうだいで。
いつか告白できる日が……くるのかな。
いつか。
どうにも眠れない。
家の中も、外も、ひどく静かだった。
青白い月の光が、窓から差し込んでいる。
おれは布団をはねて、何度かの寝返りを打ち、そして幾度めかの溜め息を吐き出す。
無理やり眠ろうとして目を閉じれば、浮かんでくるのは……
この手がはっきりと覚えている、杏子のこと。
(妄想だってのに)
口唇に感じた、熱くて、ふわっとしたような、不思議な、なんとも言いがたい感触。
両腕を伸ばして、空を抱きしめる。
ふたつの腕と手のひらで形づくる、この空間に、確かにあの子がいたんだ。
(妄想だけどな!)
はっきりと蘇る……感じる、彼女の温もり。
高まっていく胸の鼓動。
まだ告白もしていないのに妄想だけで。
おれ、やばい状態です。
ああ、どうしよう。
どうしよう。
朝になって、おれの妄想なんて何にも知らない杏子に会ったら。
おれは落ち着いていられるのかな?
なんで本当に告白しなかったんだ。
今夜までに機会はあったんじゃないのか?
いや、わかっている。
告白するのは、こわいんだ。
夢や妄想みたいにうまくいくとは限らない。
むしろ、どん引きされるかも。
嫌われたら。
避けられるようになったら?
それくらいなら、ずっと家族のままで……
そんなことまで考えてしまう。
これからどうしたらいいのか答えを出せないまま、夜明け近くまで悶々としていた。
空が白みはじめたころ、うとうとしたらしい。
ふと目を開けたときには、朝になっていた。
「おはよう、雅人」
流し台でフライパンを洗っていた杏子が、振り返った。
「……お、おはよう」
途端にドキドキしてきた。
まともに顔を見るのが恥ずかしい。
そんなことを考えていると、杏子はこころなしか頬を赤らめて、
「……あたし、今朝は先に行くね。香織と約束してるの。ご飯、できてるから」
割烹着を脱いで畳み、椅子の背に掛けた。
「行ってきまぁす! 雅人、ちゃんと朝ご飯食べるのよ!」
おれは椅子に座って、杏子が作ってくれた朝食に向かい合った。
なんでだろう。恥ずかしいなんて。
何ヵ月も一緒に暮らしてきたのに、いまさら。
『雅人が好き!』
杏子の告白は、まだ耳に残っている。
まあ、それは、おれの勝手な妄想なんだけどね。
でも、もしも本当に告白していたとしても。
杏子もおれを好きだと言ってくれたとしても。
(いやいや、それはないよね)
どうしたって、おれたちは、やっぱり『きょうだい』なんだ。
漠然とそんなことを考えながら、TVのモーニングニュースを見る。
11月も終りに近く、一日ごとに季節は確実に冬へと近づいていた。
雅人の妄想大爆発です。スミマセン。
現実の季節はついに12月になってしまいました。
今後はリアルでもクリスマス近いので、盛り上げていけたらいいなと予定しております。
お読みくださいましてありがとうございます。




