第8章 その4 バラの香りに包まれて
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超高級なバラエッセンスの残り香は、何度身体を洗ってもなかなか落ちなかった。
簡単に消えないようにできてるんだろうけど。
明日の朝、杏子とおそろいのバラの香りに包まれて登校するなんて、避けたい!
クラスメイトたちにからかわれるに決まってる。
特に、並河と充!
腹を抱えて笑い転げそう……
さんざん洗って、疲れて湯船に身を沈めた、おれ。
あー、ぬくい。
気持ちいいな……
バラの芳醇な香りに包まれて……
「あ」
せっっかく、あんなに洗ったのに!
台無しだあああああ!
「雅人! 雅人、大丈夫?」
急に、杏子が洗面所兼脱衣所に入ってきて、真剣な声で言う。
「へっ? なになに。どうしたん……」
「どうしたじゃないわよ!」
おれに最期まで言わせないで杏子は畳みかける。
磨りガラスの扉ごしに、ぷんぷん怒って湯気をたててる彼女が見える…気がする。
「風呂から一時間も出てこないから、心配しちゃったじゃない。いつもなら十五分もしないであがるのに」
「おれはカラスの行水かよ!」
「まあ、いつも、もうちょっとはゆっくり浸かったらいいと思ってたけどね」
「……」
そのときになってやっと気づいた。
何度も身体を洗ったり、川野とのことをどうやって聞こうかなんて湯船で悩んでいたら結構な長風呂になってしまっていたようだ。
うちの風呂は自動モードで湯温調節をしてくれるので助かったと言えるのだが、幸か不幸か。
そういえば時々、勝手に熱い湯が出てきてたな。
心配してくれた杏子に、おれはありえないくらいバカなことを言ってしまったのだ。
「そうか。ごめん。考え事してて時間に気がつかなかったよ。心配してくれて、ありがとう」
「そ、そう? なんでもないならいいの。でも、あがるときは気をつけてね。のぼせてるんじゃない?」
ガラスの向こうの、杏子。
優しく気遣う声。
ああ、ほんとに悪かったなあ。
湯船から出ようと立ち上がり、そしてタイルの床に片足をおろそうとした瞬間。
ぐらっと身体が揺れた。
めまい。
目が回る。
身体が勝手に回ってよろけて。
気がついたら、ころんと転がっていた。
なんて、なまやさしいものではなく。
激しい音を立てて、おれは浴槽の床に倒れた。
もちろん全裸で。
「雅人!」
すごい音を立ててひっくり返ったものだから、杏子が驚いてやってきた。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「う、う」
痛みと混乱で声が出なかった。
そのときおれが言いたかったことは、一つだけ。
杏子、扉を開けるなーっっっ!!!!
全裸で倒れてるなんて、大爆笑ものだああああああ!
短くてすみません。
のぼせて立ちくらみしたことあります。




