第8章 その2 テーマパークリポート?
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おれはあるものを睨んでいた。
コピー用紙二枚分くらいある大きさの、ものすごく上等な金箔押しとかしてある厚い紙である。そこには料理の名前がずらっと載っていた。
つまりメニューだ。
しかし料理名はなじみのないカタカナ用語と英語だかフランス語だかで、何味のどんな料理だかわからない。
おまけにメニューには書かれていないので料理の金額さえわからないのだ。
5分間、豪華なメニューを睨んでいたおれは、ついに観念する。
「ごめん、並河。おれには全然わからない」
文化祭打ち上げの締めくくり。
おれたちは遊園地からの帰り道、新宿でいったん電車を降り、並河香織のおごりで食事することになった。
超がつくような高級ホテル。
好きなものを好きなだけ頼んでいいと太っ腹なことを並河は言ってくれたのだが、料理の正体さえわからないのではお手上げだ。
そのまんま正直に言うと、彼女はおかしそうに笑い出した。
「山本くんのそういうところが、かなわないのよねぇ」
どういう意味だか、さっぱりわからない。
でも、その笑顔は、なんかいい感じだった。
「よかった。香織も雅人のこと気に入ってるのよ」
杏子は上機嫌にこう言って、笑った。
極上の笑顔である。
いまだによくわからないが、これでよかったのかな?
「よかったね雅人。正直者が好きだからさ。香織さんは」
と、充。
「香織さん、オレのもお任せしたいな」
「あ、ウチも! それから森太郎ちゃんのもね!」
充に続いて秋津直子と森太郎が声を上げると、ほかの女の子たちや宮倉も、並河に注文をしてほしいと声を合わせた。
「では、みんな一緒のコースメニューでいいかしら?」
並河は手を上げた。すぐさま給仕がやってくる。
「シェフのおすすめディナーコース、ワインはなしで、ソフトドリンクを。みんな、飲み物は何にする? それからデザートを選んでね」
ソフトドリンクはいくつも種類があり、食後のデザートも盛りだくさん。アイスクリーム、ケーキ、チーズやヨーグルト、果物盛り合わせなどがあるという。みんな、思い思いのものを選び、並河を通じて頼んでもらった。
「乾杯!」
ジュースやアイスティー、ジンジャーエールなど飲み物がみんなの手元に届いたのを見計らって、おれたちは祝杯をあげた。
「文化祭の大成功おめでとう!」
「みんながんばったよな!」
「遊園地も楽しかったわ」
「お買い物が」
「いい写真撮れたぞ」
みんな顔を輝かせて、今日の感激を言い合った。
「そうそう、遊園地の体験レポート忘れないでね。月末までに、わたしにくれればいいから。まとめて提出しておくわ」
レポートの取りまとめ役は杏子がすることになった。
今回の遊園地行きはスポンサーつきなのだ。葉月姉と根岸さんの研究に協力するかわりに入園料を出してもらったのである。
……表向きは。
実はいろいろなことで葉月姉たちが、おれたちに迷惑掛けたというおわびに、奢ってくれたわけなのだ。そっちの事情は、みんなには内緒だけど。
高級ホテルなので騒ぐのは自粛した。
静かに歓談だ。話すことはいっぱいある。
「川野は気の毒だったな。早く帰っちまって」
ふと、宮倉が思い出したように言った。
「しかたないよ。腹壊してたんじゃ、楽しめないしね」
充はどこか思うところでもあるのか、いたずら坊主みたいに少し笑っていた。その視線の先は、並河を見ている。
やがてスープとパンが運ばれてきた。え、なにこれ、フォークとナイフとスプーンが、何本あるんだ?
サラダに前菜、オレンジ色のソースやしゅっとした野菜で芸術的な飾り付けがされてるローストビーフだかリヨン風なんとかとか。本格的なフルコースやばい。
もう一口目から、これまで食ったこともないくらい、うまい!
「よくわからんけどうまい! うますぎる!」
「雅人! テーブルマナー! がっつかないの! 恥ずかしいわ!」
食事が運ばれてくるとみんな静かになった。
料理を口にするので忙しいのだ。
みんな笑っていた。(高級ホテルなのでひかえめに)
楽しい時間はすぐに過ぎ去る。
食事会で、きょうの「打ち上げ」は終了。
新宿駅で解散した。
それぞれ家の近い者や気が合う者が連れ立って。
「あれ、充、おまえも一緒に帰るだろ?」
同じ電車に乗ると思っていたのに充はついてこない。
傍らには並河が立っている。
「オレは香織さんを送っていくから」
おお! なんか男らしい! がんばれ充! まだ身長は並河のほうが高いけど。
「じゃあみんな、また明日!」
不思議な高揚感に包まれて。
繰り返す。
いい、打ち上げだった!
その日、おれと杏子が帰宅したのは、夜10時ごろだった。
※
杏子は先に風呂に入るという。
おれは居間でTVをつけた。
若い女子アイドルグループが懸命に踊って歌ってる。
風呂場から、シャワーの水音が聞こえる。
これって拷問か?
妄想は盛り上がり。
やっぱりいろいろとまずい、同居生活!
曇りガラスの戸の向こうで、杏子はどんなふうに、入浴しているのか……
おれはどうにも落ち着かなくなって、自分の部屋に上がった。
やがて……。
風呂から出た杏子が、部屋のドアをノックして、
「ああ、さっぱりした。いいお湯よ。雅人も入ったら」
いつものように声をかけてくれても、おれは、うまく応対できなかった。
「後で入るよ。今ちょっと用事があって」
などと言い訳をして、顔を出さないでしまった。
風呂に入って考える。
やっぱり杏子と、きちんと話合わなくては。
つまり。
「川野と何していたんだよ!」
と、言いたいんだ。
風呂から上がったら絶対、きっぱり言ってやる!




