第7章 その7 シンデレラは走る?
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ライトアップされたシンデレラ城にたどり着いたときには、力尽きてしまった。
もう日は落ちきっている。
白亜の城を彩るイルミネーション。
おれって、バカだ。
あれからだいぶ時間が過ぎたっていうのに、杏子がまだシンデレラ城にいるはずない。
シンデレラだって城の舞踏会から立ち去らなくちゃいけないんだ。片方だけ脱げちまったガラスの靴を残して帰ってしまうように。
今ごろは誰かと、賑やかな夜のパレードを見ているんだろう。
それは川野?
それとも、並河か、女子たちか?
放心して、イルミネーションを眺めやっていた。
そのとき……
シンデレラ城の奇跡が、起こった。
「雅人!!」
後ろから、杏子がおれに勢いよく飛びついてきたのだ。
「杏子……! なっ、なんで?」
あまりに意外で、おれは何がなにやら。
「もう吐き気はなおったの?」
「あっ、うん。なんとかね」
思わず取り繕ってしまうおれ、なんて優柔不断!
おれは川野のウソで、置いてきぼりをくらったというのにだ。
「よかったわ! みんなが一緒じゃなかったら、あたし、まだ残ってたんだけど。ごめんね雅人」
「あ、謝るなんて! 悪いのはおれなんだから」
「?」
杏子はきょとんとしている。
「なんのこと? 謝るって」
「えっ」
おれが川野と二人、葉月姉のいうことを鵜呑みにして、川野とのデートを段取りしようとしていたことを、なかったことのように言うのか?
それは、おれを、許すというのか?
「ねえ雅人、すごい偶然ね、この広い夢の国の中で待ち合わせもしないで出会うなんて、そうそうない確率だと思わない?」
「あっ、そうか。おれ、なんで携帯とかしなかったんだろう!」
持ってるのに!
「あたしたち、よくよく縁があるのね」
笑顔で、杏子がディズニーランド名物のチュロスを差し出した。
「な~んてね」
いたずらっぽく、ぺろりと舌を出す。
「香織が、ここに来るといいことがあるよって教えてくれたの。食べてよ、雅人。それ美味しいよ。走り回って疲れたみたいな顔してるじゃない」
ストロベリー味のチュロスを、おれは一口かじる。
甘さが、胸に染みる。
「並河は、やっぱり本物なのかもな……」
「えーっ、何か言った?」
日が沈んでも賑やかな夢の遊園地。
つぶやいてなんかじゃ、杏子には届かない。
「いや、なんでもないよ」
「雅人。ねえ、来て。こっち、シンデレラ城の横のほうに、階段があるの。途中まで登れるのよ」
杏子の後を追って、城の外側にある階段を登った。
街灯、ライトアップ、光のパレード……広い園内を埋めるイルミネーションが見事だった。パレードはゆっくり動いている。
「ねっ、いい眺めでしょう」
「おまえって、高い所、好きなんだな」
「うん、大好き! スリルもスピードも高いところも」
だから、なかなか手が届かないんだな。
「よくこんな階段、見つけたな」
「うふふふふ。実はねぇ、あたし、シンデレラ城の中を巡るミステリーツアーに参加してたのよ。最後に、ここに出たの」
なるほど、階段の突き当たりの壁に、扉があった。
「ここが開くのか?」
ちょっぴり期待をこめて押したり引いたりしてみたが、開かない。
「開くのは中からだけかな」
「そうかも。鍵がかかっているんじゃないの?」
「残念だ。ここから入れたら面白いのに」
「そうよね! ツアー面白かったわよ」
「ミステリーツアーねえ……」
「普通のツアーじゃないの。以前に来たときには、普通のやつだったんだけど」
「普通の?」
「そっちはね。城の中に隠されているアリスのキャラクターとか、いろいろな謎を教えて貰うの。それも楽しいんだけどね」
「面白そうだ」
「噂は聞いてたの。ミステリーツアーの何回かに一度、変わった趣向のがあるって。今回は大当たり! 途中で魔王が出てくるのよ。それでガイドさんが、剣をとって戦う勇者はいませんかって聞いてくるの。ワクワクするでしょ!」
「だれかが名乗り出たのか?」
すると、杏子はにやっと笑って、両腕を組み、背中をそらす。
「もちろん、あたしに決まってるわ!」
「……あ~」
一緒にいなくてよかったのかもと、初めて思った瞬間である。
「あたし、名乗り出て、魔王と戦ったの。もちろん、勝ったわ! あとで記念品見せてあげるね」
「へー。そりゃ、すげえな」
「そうでしょ! ほらっ、これが記念品よ! 魔王を倒した宝剣なのよ。宝物にしちゃうんだっ」
子供みたいに手放しで喜ぶ杏子、かわいいなあ。
いつまでも、こうしていたい。
杏子とふたりきり、たわいもない話をしていたい。
なあシンデレラ。
おれたちの時間は、まだ、続くんだよな?




