第7章 その5 幽霊屋敷でドッキリしたりしなかったり。
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スプラッシュマウンテンのあるクリッターカントリーから、ファンタジーランドへ向かう。
女の子たちが行きたがったホーンテッドマンションへ向かうのだ。
「中に入れるまで、ちょっと待つよ。ここ、ず~っと人気アトラクションだからね」
充が言ったとおり、長い行列が並んでいた。
それでも列が止まってしまうことはなく少しずつでも進んでいくので、ストレスは少ない。それに庭先のそこかしこに、白雪姫に登場する小さいおじさんたちやらウサギやらのキャラクターがいて(人形だけど)雰囲気を盛り上げる。
三十分くらい待って、ようやく中に入れた。
え、これがホラーハウス?
あまりコワくないな……
ゴンドラみたいな箱形の座席に乗り込んで、目の前で繰り広げられるちょっと不思議なエンターテインメントに浸りきれれば、楽しそうだ。
怖くはないが、女子たちはキャーキャー騒ぐ。
でも、なんだか嬉しそうなんだよな。
「あれってさ、きっと、叫ぶのが好きなんじゃないかなあ」
首をひねりながら充がつぶやく。
おれも同感だ。
充は、隣に座っている並河香織に、心配そうに声をかける。
「香織さん、だいじょうぶ?」
「ここは、だいじょうぶ。ちっとも怖いところじゃないから。面白いわ」
楽しそうな、くすくす笑いが返ってきた。
「本物はここにはいないわ。これは娯楽だもの」
あの~……ホンモノって、なんですかぁ?
深く考えないことにしよう。
トロッコがホーンテッドマンションを出るときに、スピーカーから「あなたのとなりに幽霊が乗っているかも」なんて脅かすような声が流れてきても、怖くなんかないぞ!
並河の保証つきだからな!
くるくる回るカルーセル。
隣のトゥーンタウンで、今にも壁にぶつかりそうに走るトロッコ。
トゥモローランドのスペースマウンテン(こいつはなかなかすごい)その他の、いくつかのアトラクションを回ると、午後3時を過ぎていた。
くまなく遊びつくそうと思ったら、一日ではとても足りないと実感した。
これでも待ち時間が鬼のようにかかる新しいアトラクションは用心して今回はやめておいたという有能な沢口充プロデューサーである。
みんなでカフェテラスに入り、遅めの昼食をとる。
食事する店を決めるのもそれぞれの希望を擦り合わせるのに難航したのが、遅くなった原因の一つでもあった。
こういうふうに、男子と女子の行きたいところは、しだいに意見の食い違いが大きくなってきた。
「いっそ、いくつかのグループに分かれたら?」
提案したのは、川野だった。
「グループ分けはおおざっぱでいいと思うよ」
「それもいいかもね」
杏子が、提案にのる。
「じゃあ、ゲート前とかで、集合時間を決めて待ち合わせない?」
「そうしようか。新しいアトラクションに行きたい人もいるよね」
女子全員も賛成した。
男子達は、そこまでのこだわりはないので、やれやれゆっくり行こうかという感じで力を抜いているようす。
やがて運ばれてきたランチが揃う。
ハンバーグを食べながら、ふと、夕べのことを思い出した。
昨夜、杏子が風呂に入っているとき、葉月姉が電話をかけてきたのだった。
※
「葉月姉、ありがとう。チケット代のこと」
「ああ、それは気にしないで。わたしも悪かったって思ってるの。罪滅ぼしになれたらいいな。クラスのみんなと楽しんできてね」
「うん」
「ところで杏子ちゃんは今お風呂に入ってるの? ちょうどいいわ、雅ちゃんに聞いとこうと思って。あんたは杏子ちゃんのこと、どうなの」
「えっ……どうって?」
「この間は雅ちゃんの同級生の男の子がいたから言えなかったけど。わたしの見たとこじゃ、杏子ちゃんは、あんたのことが好きよ」
「……そんなことないよ、葉月姉。だって、おれたちは」
「きょうだいだから? だけど、雅ちゃん。あんたと杏子ちゃんは、血のつながりはないじゃない。ほんとのところ、結婚だってできるのよ。知らなかった? 難しい説明ははぶくけど。道徳上も、法律上も、許されるのよ」
「そ、そんな急に……そんなこと……考えたことなかった」
「じゃあ、これから考えてみて。杏子ちゃんもどんどん大人っぽくなっていくわ。例の彼だけじゃなく、ライバルが続々現われるわよ。がんばんなさい。わたしは雅ちゃんの肩持つから。わたしは、気持ちの上じゃ雅ちゃんのお姉さんなんだから。みっちゃん(充)は美人の彼女がいるみたいだし、いいんだけど。雅ちゃんは不器用だからね」
「……杏子が風呂からあがったみたいだ。また後で電話するよ、葉月姉」
※
後で電話する、とは言ったけれど、昨夜はそれきり、葉月姉に連絡はしなかった。
「あーサッパリした!」
風呂上がりにバスタオル一枚でソファに腰掛け、暑い暑いという杏子。濡れた長い髪はタオルにまとめて頭に巻いているので、華奢な首すじや肩のあたりは、無防備すぎるほどむき出しになっている。
「気持ちいいよ。雅人も早く入ってきたら?」
「また! そんな格好で、湯冷めするぞ!」
冷やして置いてあるジャスミン茶のボトルからコップに注ぎ、渡してやる。
「ほい」
「さんきゅー」
無防備に受け取り、ごくごくと飲む杏子。
汗ばんだ肌とか胸の谷間とかすっごい気になるんだけど!
もうちょっと用心しろと、いくら言って聞かせてもこの娘ときたら!
まあ、それってつまり、おれを信用して気を許しているということか……
「んんっ、美味し~い! このお茶、『蓬莱』から貰ったんだよね!」
おれの週末バイト先であるラーメン屋のことだ。
「バイトの休憩時間に飲んだのがすっごいうまかったってリョウさんに言ったら、わけてくれるって話になってさ。上手な淹れ方も教えてもらったんだ」
「ふふふ。得したねえ。雅人、リョウさんの話するときなんだか、いい顔してる」
「えっ、そうか? うん、そうだな。おれ、リョウ先輩を尊敬してるんだ」
遠く離れて住んでる彼女に一途で、彼女との将来のために料理人になるという目標に向けてがんばってるリョウ先輩。
「そろそろおれも風呂に入るけど。杏子、早く服を着るんだぞ!」
「や~だ雅人ったらお兄さんみたい!」
笑い転げている杏子を背にして、おれは風呂場に向かった。
まだ湯気が立ち上る、杏子が出た後のバスルーム。
わき上がる煩悩!
おれは頬をパンパン叩いて、シャワーの水栓をひねる。
熱いシャワーを浴びながら、考えた。
杏子とおれは、本当の家族になるために、努力してきた。
きょうだいとして……でも、杏子がいつか誰かと結婚するってことまで、おれは想像もしていなくって。
もし、そんなときが来たら……?
おれは、どうすればいいんだろう。
あきらめられるのか……?
笑って、杏子と、あいつが選んだ相手のことを、応援してやれるのか?
今だって、こんなに苦しいのに……!
いくらシャワーに打たれても、心はぜんぜん、静まらなかった。
 




