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第6章 その12 並河からの挑戦状

6章まだ終わりませんでした。


              12


 荻窪駅前近くのファミレス、ロイヤルホスト。

 

「二人とも、恋人候補失格よ! クラスメイトとしてもね。ましてや、わたしの杏子が好きだなんて一億年早いわ! 死んだつもりで出直してきなさい!」


 並河香織の激しい憤りは、普段の物静かで優しげな彼女からは想像もつかないほどで、おれ、山本雅人と、川野昭二は、ひたすら謝り続けるしかなかった。


 しだいに声も出なくなって、言うべき言葉も見つからない。

 その場に居合わせた皆も、誰もが無言になっていった。


 いたたまれない!

 緊張でビリビリする。

 いったいどのくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 並河香織が、口を開いた。

「二人とも、気持ちはわかったから、もういいわ。はたから見たら、まるでわたしが苛めているみたいだもの。こういうわけだから、みんな、申し訳ないけど、もう少しだけ付き合って?」

 おれたち二人には氷の女神のような冷たい怒りの表情で。

 杏子や充、他のクラスメイトたちには、優しい微笑みで。

「うちらはOKじゃけん。香織ちゃんはいつも、みんなのことよく考えてるって、知ってるから」

 秋津直子が、真面目な声で応えた。

 他の皆は、黙って、頷いた。


「それじゃ二人とも、これをよく読んで、心にとめておいてほしいの」

 並河はテーブルの上に、二枚の紙を出した。

 プリンターで出力したようだ。

 今夜、ここに、そもそも蓬莱に来る前に、準備しておいたのか?

 すべて見通して?


 考えると怖くなるからやめよう。


 渡された紙には、こう、記されていた。

「挑戦状」

 え?

 字を見間違えたのかと、おれはもう一度、A4の紙に印字されたものを見返した。

「ちょうせんじょう!?」

 川野が狼狽える。

「こ、これ、二人とも同じことが書いてあるのか?」

「いいえ。もちろん、別よ。声に出さなくてもいいわ。読んでみて」


 並河香織の挑戦状。

 それは、ぶっちゃけ、おれたちの人生立て直し計画だった。

 おれに渡された紙には、こうあった。



 山本雅人。

 いつも迷い漂っている、クラゲ。

 長所、優しさ。明るさ。

 最大の欠点は、優しさ。つまり優柔不断。状況や情に流される。

 予測される最低の未来は、自業自得で陥る落とし穴。

 運は良くないけれど、悪運が強い。

 強い「守護」あり。



「山本雅人くん。あなた、最初は野球部だった筈。辞めたのはなぜ? 自分探し、だったわね。何か見つけた? 優柔不断で流され巻き込まれ自滅タイプ。今も、方向性を見失っているでしょう。わたしとしては、あなたがどういう人生を送ろうと知ったことではない。自業自得というものだわ。……でもね」

 並河は、おれの目を、真っ直ぐにのぞき込む。


「あなたに自滅してもらっては困る。なぜなら」


 深い深い闇色の目で。


「そうなれば杏子が悲しむわ。充くんだって他の友人だって。たとえばもしも将来あなたが人生の負け組になって野垂れ死にでもしたら、いやだもの。いいこと。わたしの杏子を泣かせたら許さない」


 言外に、殺すぞと脅された気がした。

 もしも、なんてカワイイこと、微塵も思ってなさそうで怖い。

 並河の目には、おれのまったく明るくない将来が見えているのでは。


 くすっ。

 彼女が、微かに笑った。


「つぎ、川野昭二くん。あなたは弱虫ね。小さい頃、苛められていたんじゃない?」

「えっっ! そ、そんなことないよ!」


 川野の口調が少し弱々しくなっているようだ。

 痛いところを突かれたか?

 おれはちょっと同情した。

 動揺している川野の手元にある紙が、丸見え。



 川野昭二。

 端的に言って「弱虫」

 長所。優柔不断ではない。純粋一途。目的に向かって行動する力は持っている。

 短所。自己評価が低いために失敗したり損をする。

 優しくしてくれた相手に執着して身を滅ぼす可能性が高い。



「なんのことか、わかるでしょう。あなたは杏子に執着を始めるまでは、音楽をやっていた。バンドを組んでライブもしていたでしょう。バンド中間たちとデビューを目指してた。ところが今は、何もしていないわね。夢よりも愛を選ぶ? 堅実な未来を?」

「そ、そうだっ! いけないか?」


 川野、やばいぞ。追い詰まってる。しかも自分で自分を。

 だがおれは何も言えなかった。

 自分の身さえどうにもできないのだから。



「つまんない男」


 並河香織は一言で切り捨てた。


「杏子がそうしてくれと望んだわけじゃないでしょう。自分勝手に夢を閉ざしておいて、そうして……このままだと川野くんは、もしも将来、杏子の愛を得たとしても、いずれ、ひどく後悔する。そのときになって、杏子を選んだことを恨まないで」


「待って香織! ちょっとひどいわ」

 杏子が口を挟んだ。

「川野くんは懸命に努力しているのよ。音楽だってやめたわけじゃないわ」

 あれ?

 おれの時には何も言わなかったのに?

 言ってくれなかったのに?


 胸が苦しい……


「あの~、香織さん。雅人のことも忘れないでやって」

「わかっているわ、充くん。つまりこれは、二人に、自分の現状を把握して見つめ直してもらうために書いたの。自分を客観的にとらえて、再出発してほしいのよ」

「そうだよね! ぼくはもちろん香織さんの気持ちはわかってるよ!」

 ちゃっかりアピール。充らしいなぁ。


「二人の再出発のために、杏子から、言いたいことがあるそうよ」

「香織ったら。……実はわたし、よくわからないんだけど、雅人も川野くんも、わたしのために色々、考えたりしてくれたのよね。だから、お礼を言うわ」

 杏子は頭を垂れた。

「ありがとう」

 そして顔を上げ、笑った。

 ぱあっと、全てが光り輝いた!

 やっぱり綺麗だ! もうどうなってもいい!


 おれは心臓を打ち抜かれた!

 川野もだろうけど!


「でも、これだけは約束して。これからは、黙って、何かをしたりしないで! ぜんぶ、知っておきたいの。みんな、大切な人たちだから。誰にも秘密なんて持たないで」

「わかった!」

 杏子の目を見て、はっきりと誓う。


「おれ、人生をやり直す!」

「オレも!」

 川野とおれの宣誓を、友だちは、暖かく見守っていてくれた。

 みんな、本当に、ありがとうな!


 何から始めればいいやら迷うが、おれは優柔不断はやめるんだっ!

 明るい未来にしたいもんな。


 

次からは7章です! いつも読んでくださってありがとうございます!


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現在、全面的に見直してます。
高校入学前のエイプリルフールでのお花見事件から始まり、
4月、5月のエピソードを追加して書き込んでいったり、文章の見直しをした
「妹なんかじゃないっ」というタイトルにしたものを、新たに連載始めました。
どうぞよろしくお願いします!
妹なんかじゃないっ
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