第6章 その7 誤解を解きたい!
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土曜日の夜8時。
これからまだまだ夜中まで営業を続ける蓬莱の店内は、料理を堪能し和やかに語り合う、常連のお客さん達でいっぱいだ。
「それじゃ、また来週お願いね」
バイトを終えて帰宅する、おれ、山本雅人と観月希望を、笑顔で送り出してくれたのは大野ユカリさんと、唐沢繭由さん。
「リョウは厨房だから、見送れないって伝言。実はね、明日、うちの店に来るの、リョウの好きな女の子なのよ! だから張り切ってるの。とっておきのナイショ!」
ユカリさんが楽しそうに言う。
唐沢さんもにやりとして、
「彼女、香港に住んでて、ときどき会いに来るんだよ。リョウが中華料理の店を持ちたいのはその子のためなんだ。……まあ、そのね。みんな頑張ってるわけ。だから、山本くん、苦労してそうだけど、負けるな!」
体育会系らしい、元気づけだ。
ユカリさんは、
「バイト代、上げようか?」
気遣うように言ってくれた。
「ありがとうございます。本当に助かります」
おれは頭を下げた。
「けど、おれは、まだ何の役にも立てないんで、今のままで、これからもよろしくお願いします……って、あっスミマセン、これはおれだけの事で、希望には」
せっかくの申し出を断ったことで相棒に迷惑がかかるかもと、口に出してから気づいて、おれは慌てふためいた。
しかし、希望は、さすが爽やか青年。
「僕も同じ気持ちです、もう少し仕事ができるようにならないと、申し訳なくて、今以上の給金はいただけません。よろしくお願いします」
……見習いたい。
なんか人生、立て直したい!
ユカリさんたちにお礼を言って店を出る。
おれは頼りになる相棒、希望の両手を握って別れを惜しんだ。
「今夜はいろいろ、ありがとう!」
変わらない好感度ばつぐんの笑顔で、希望は応える。
「こちらこそ!」
すると、希望の後ろから、ちょこんと咲耶ちゃんが顔を出す。
「雅人さん、これからも、のほほんで頼りないウチの兄をよろしくです~!」
ああ、癒やされる~!
「とんでもない。世話になったのはこっちだよ。ありがとう咲耶ちゃん」
希望と妹の咲耶ちゃんたちは蓬莱の前に佇んでいた。
家は三鷹と西荻窪だから隣の駅くらいだけど、伸ちゃんたちのお父さんが、もうじき車で迎えにくるそうだ。
「まさとさん、気をつけてね。がんばらなくていいんだからね」
別れぎわ、笑顔でエールをくれたのは、伸ちゃんだった。横に並んでいる紫苑ちゃんはまだ眠そうで、うとうとしていた。
「がんばりすぎると、いやだなあって気持ちが強くなっちゃうんだよ」
「ありがとう、二人とも。伝言、きちんと受け取ったからね」
おれは信じている。
この二人、ほんものだ。
伝えてくれたのは、ニブイおれにはもう見えないし聞こえない、けれど確かに、まだおれを見守ってくれている、母さんの気持ちなんだ。
ちょっと不思議なふたごだけど、いい子たちだ。
最初、苦手だなんて思って、ごめんな。おれは本当に何もわからない馬鹿野郎だ。
おれと友人たちは荻窪駅の方に向かって歩き出した。
前列に葉月姉、杏子と並河。
その後に充と、森太郎、秋津直子。
おれたち、山本雅人と、川野昭二は、最後尾を、とぼとぼ歩いていた。
「ごめん。オレ、失言したみたいだ」
しゅんとしてうなだれる川野。
「いいよ。ほんとに悪いのはおれだ。みんなに、ちゃんと説明してなかった」
幼なじみの充にも、何も知らず、おれの初めてのバイトを応援しようとラーメン屋に来てくれたみんなにも。
あんなに、なんでも打ち明けてくれと言っていた杏子にも、だ。
その点は、おれが全面的に悪い。
だけど、こんなはずじゃなかったという気持ちが湧いてくるのは、否めない。
杏子を売る?
みんなを欺して巻き込んだ?
そんなつもりは毛頭なかったんだ。それだけはわかって欲しかった。
……誰に?
誰にわかって欲しいんだ?
相変わらずおれに厳しい視線をときおり投げかけてくる並河に?
ぜんぜん振り向きもじないで真っ直ぐに歩いていく杏子に?
歩いている間ずっと自問自答し続ける。
はっきりしていることは、一つ。
おれは何かを「はっきりと」決めることから、逃げてた。逃げ続けていた。
もう、どこへも逃げられない。
向き合わなければ。
8時すぎ、夜の荻窪。
電車から降りてくる人、人、人。
勤め帰りの人や、大学生という感じの若者たちや、大勢の人が行き交う。
駅前通りも商店街も明るくて、ずいぶん賑わっている。
「ねえ、どこに行く?」
充が「蓬莱」を出て初めて口を開いた。
その場を和ませるような明るさで。
「そうねえ。ゆっくり話をしたいわ。ここらへんで、どこか知ってる? 充くん」
並河が、充に優しく微笑みかけて、下の名前で呼んでいる。
親しくなったのかな?
なんてね、おれが詮索することじゃないが。
「じゃあさ、ロイホ行こ! 駅にも近いし」
充の提案に、いいわよ、と女の子たちが賛成する。
荻窪駅南側、商店街入り口のロイヤルホスト。
「決まりね! よーし今夜は、お姉さんがみんなに奢っちゃおうかな!」
なんと葉月姉が太っ腹なことを言う。
「ホントに!? なんでもOK?」
思わず反応してしまうおれ。
心底、貧乏性が染みついてる!?
「あっ…そうねえ、ごめん、ちょっとお姉さん言い過ぎたわ」
とたんに葉月姉は弱気になり前言を翻す。
「みんな今夜は「蓬莱」で、もう晩ご飯は食べたでしょ? デザートとコーヒーのセットで手を打って!」
「ちぇーっつ」
葉月姉と軽口を叩きながら、おれの気分はほんの少し、浮上していた。
問題解決なんか、全然していないのにね。
その証拠に、杏子も並河も、川野や充、みんな黙りこくったまま、歩いている。
沈黙は、怖い。
やがて、ロイヤルホストに着いた。
ひゃっほうと叫んで店内に飛び込んでいったのは、もちろん、葉月姉。この中では一番の年長者なわけだけどさ……
なんか、すっごく楽しそうだなあ。
「さあさあみんな入って! 全員座れる席を確保しなくちゃ!」
「あいよっ」
葉月姉の要望に、すぐに動いたのは充。
通い慣れた近場のファミレス、ロイホの店内には詳しい。
「こっちこっち!」
充が手をあげてみんなを呼ぶ
。
奥の方に、8人くらい座れる、楕円形のテーブル席があった。
他の席と少し離れていて、じっくり話し合えそうな。
……って、果たして、おれにとっては、いいのか悪いのか?
円卓を思わせるようなテーブルを挟んで、
緊張感がはんぱない!
今から断罪されるのだ。
おれは、悪いことはしたんだろう。
結果としてクラスのみんなを巻き込んで、欺したようになってしまったけれど、意図したわけじゃない。
弁明は許されるのだろうか?
【つづく!】
この章 まだ少し続きます!




