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第6章 その6 人生最大のピンチ!


 状況がよくわからないまま、おれ、山本雅人は、危機に直面していた。

 早い話が、大ピンチだ。


「ごめん! オレ知らなかったんだっ!!!」

 原因はこいつ、涙目の川野昭二。

「知らなかったて。何のことだ?」

「オレきょう初めて知って。お、おおおおおまえが」

 思い詰めたように、川野は声を絞り出した。

「おまえが、深刻な金欠だったなんてっっ!」


 川野にばれた!

 いやこの調子じゃ、杏子やみんなにダダ漏れ!

 だが、おれはまだ甘すぎた。


 問題はそこじゃなかったんだ。


 顔を真っ赤にした川野が、

「ごめん。みんな、オレのせいだ。山本は、オレが杏子さんとデートしたいって相談したから、文化祭の打ち上げを巨大テーマパークでやろうって提案して、クラスのみんなまで巻き込んで……なのに山本は金欠で、その金をバイトで稼ごうとしてたなんて……考えもしなくて。ごめんよ、山本っ」


「えっと、なんのことかな?」

 純真カップルな森太郞しんたろうと秋津直子が顔を見合わせた。


「あ~あ」

 あちゃ~という感じでそれ以上は口にせず静観する、おれの味方だと思っていた幼なじみのみつる。同情するような顔ではあったが、いつもうるさいくらいおしゃべりなくせに。なんで今その態度!?


 そりゃ今回のことでは相談しなくて悪かったよ。言わなくてもわかってくれるような気がしていたおれ、なんてバカ野郎だったんだ!


 そして極めつけに、共犯者だと思っていた葉月姉はづきねえは、そ知らぬ顔で、無言!?

 当然ながら杏子と並河の視線は、鋭い。


「……なんのことかしら? 雅人」

 杏子の静かな口調がかえってコワい。

「ごめんなさい、フォローできないわ」

 穏やかな並河は、なおいっそうコワい。

「えっと、もしかして、川野くんの恋の相談を受けてて、そのためにクラス全体でテーマパークで打ち上げってイベントを企画した……なんて、まさかね~、山本くん?」

「森太郎ちゃんたら、そんなわけないじゃろ!」

 天真爛漫な秋津直子はまだおれを疑ってもいないようだが、頭のいい名越森太郎の洞察はズバリ的中。


「な、なななに言ってんだよ川野、森太郎。わけわかんねーぞ。」

 我ながら何を言ってるんだかわからなくなっていたのは間違いなくおれの方だった。


「雅人。少し前から、どうも挙動不審だなぁって思ってたのよね。あんた、まさか」

 杏子が、すっげえ怖い。

「川野くんのために全員巻き込んでも、男の友情のためなのでしょうから、わたしはそれも有りかなと思うわ。ただね」

 でも何より怖いのは、やっぱり並河である。

「で、杏子を売ったの? 川野くんとの友情のため?」


「バカな! そんなわけないだろ!」

 違う違う! そこだけは違う!


「そうね。山本くんは基本いい人だし理解してはいなかったでしょうね。でも、よく考えなければいけない事よ。つまりそういうことになるのよ。男同士の友情のために妹を差し出すってことに」


 なに、この公開つるし上げ!?

 いつの間にこんなことになってるんだ?

 なんで?


「そんなこと考えてねえよ!」

 おれは心底びびっていた。

 この世で一番怖いのは並河の怒りかもしれない。

 充が、おれに味方しない理由が、わかった。


 だけど違う! 違うんだ!

 本心は、川野に渡したくなんかない!

 おれが杏子を好きなんだ。この気持ちを隠そうとしてきたから、妙なことになっちまってるんだ!

 大声で本当の気持ちを訴えたかった。

 

 もどかしい! なんてことだ。

 誰より杏子に、わかってもらいたいのに。


「山本く~ん、どうした? 大丈夫ぅ?」

 繭由まゆさんの心配してくれる声に、おれは我に返った。

 仕事中だ。

 店内の喧噪が、急に耳に入ってくる。

 テンパってるあまりにおれは、それさえ聞こえなくなっていたらしい。

 こんなことでは、いけない。


 バイト初日とはいえ、おれは今、時給をもらって仕事をしてるんだ。


 中華飯店「蓬莱」店内はお客さんがいっぱいでみんな忙しく働いている。

 応援に来てくれた生徒会長ユカリさんも唐沢繭由さんも、相棒の希望も。

 新米バイトのおれ一人が、このテーブルにいつまでも突っ立ってるわけにもいかないだろう。

 これ以上ないくらい生涯最大のピンチなのに社会常識的なことを考えてしまう優柔不断の自分が、ものすごく情けない。

 情けないが、責任を投げ出せない。

 おれはみんなに向かって、頭を下げた。

「すまん。今は仕事なんだ。とにかく、話は後で! じゃあな!」

「雅人! 逃げるの!?」

「逃げるとかじゃないよ。ごめん、後でちゃんと話すから」

「雅人……!」

 杏子の声に背を向けてしまった。

 だけど決して逃げたわけじゃない。

 とはいえ、どうすればいいか、まったく思いつかなかった。

 目の前の仕事に没頭するしか、できることはなかった。


「すみませ~ん、お水ください」

 3番テーブルから声がかかる。


「雅人、頼んでいい? 妹たちのところだから」

 助けてくれたのかな? 希望のぞみの笑顔は、あくまで爽やかだった。

「もちろん!」

 おれは水さしを持って3番テーブルに向かう。


「お待たせしました」

 空になったコップに冷たい水を注ぐ。

「ありがとう!」

 そう言ったのは希望の妹、咲耶さくやちゃん。

 二歳下だというから中学二年か。笑顔がかわいい!

「まさとさん、あっちのテーブル、大丈夫ですか?」

 咲耶さくやちゃんの向かいに座っているいとこの二人。しんくんという兄のほうが、おれを気遣うように言った。


 ……おれってダダ漏れ? 情けない?


「そんなことないですよ。人間的で魅力あると思う」

 天使の微笑みで、言った。

 フォローされてる~!

 あれ? おれ今、うっかり声に出してたのか?

「山本さん」

 隣に座っている、同じ顔をした少女……紫苑しおんちゃんが一言。そしておれを、ふしぎに色の薄い目で、ひたと見つめた。

「優柔不断、気をつけて。それから、まーくんは昔からそうだけど人を頼れないくせに簡単に信じすぎ。も少し疑うくらいがいい」

「えっ」

「……って。金木犀の香りがする……ひとからの、伝言。あなたをとっても心配してるよ」

「ええ?」

「確かに伝えたからね。言ってくれって、すごく頼むから……」

 その瞬間。金木犀が、ふわりと香った、ような。

 そして紫苑ちゃんは目を閉じて、ゆっくりと、机に突っ伏してしまった。

「紫苑、珍しくたくさんしゃべったから疲れたみたい。……山本さん、ちゃんと聞いてくれたよね? ぼくたちは伝えるだけなんだ。人生をどうにかするのは、生きてるあなた方にしかできないんだよ」

 伸くんが、おれを見る。

 笑ってなかった。

 天使は、ただの天使じゃなかった。

「故意ではないにせよ自分を守ろうとしてしまう人もいる。まさとさんが信用している人でも。そもそもどうして信じたの? 仕事の合間に、よく考えてみるといいんじゃない」

「あ、ありがとう」

 中学生に人生の忠告を受ける、おれだった。


 バイトは夕方の忙しい時間だけなので、夜8時に終わる。

「山本くん、ホントは片付けとかあるけど、今日はもう帰っていいよ」

 厨房から顔を出したリョウさんが言った。

「えっそれって今日限りで来なくていいよっていう……」

 つまりクビ!?

「ああ、そうじゃないから心配しなくていいよ。人手が足りないのは確かだし、きみにも続けてきてほしい。今日は……なんか事情ありそうだ。妹さんたちと話があるんじゃないか?」

 リョウさんは、一枚の封筒を出した。

「話は聞いてたよ。金欠で悩んでるんだったら、日払いにしてもいいからって、叔父が言ってる。あ、観月みづきくんも、今回の日当」

「ありがとうございます!」

「また来週の土日、週末に来てくれ」

「あ、明日の日曜日は」

「店に来客があって、臨時休業なんだ。悪いね」

「はい、わかりました」

 頭を下げる。そうしながら、おれは暗い前途に、落ち込んでいた。

 すると、リョウさんに、ぽん、と肩をはたかれた。

「誤解はといておきなよ。いろいろ面倒くさいだろうけど、自分を守れるのは自分だけなんだから」

 どこまでわかっているのか、やっぱりリョウさんて影の番長なんじゃ?




【つづく!】


この章、あと少し続きます。

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現在、全面的に見直してます。
高校入学前のエイプリルフールでのお花見事件から始まり、
4月、5月のエピソードを追加して書き込んでいったり、文章の見直しをした
「妹なんかじゃないっ」というタイトルにしたものを、新たに連載始めました。
どうぞよろしくお願いします!
妹なんかじゃないっ
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