第6章 その4 バイトで相棒!?
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世の中は広いようで狭い。狭いけど広い。
人と人とは、意外な縁で結ばれている。
客でごった返す中華飯店「蓬莱」の店奥の暖簾をくぐり、直進すれば調理場、その手前にある戸口を入れば、従業員用の休憩室。
入りたてバイトのおれともう一人のバイトは汗だくで休憩室に入っていった。
六畳ほどの部屋には大きなテーブルが一つあり、それを囲む形で、8人分の椅子が並んでいる。いつでも会議ができそうだ。
壁際に置かれた細長いテーブルの上には、これまた大きな冷水ポットと、ガラスコップが二十個以上、きれいに洗われ籠に伏せられていた。
「ふわ~、すっげ疲れた!」
「疲れたねー」
一足先に休憩室に入った相棒が、さっそく冷茶を淹れて一口飲み、おれにもコップになみなみと注いでくれた。
「はい、山本くん。これジャスミン茶だ。うまいよ」
「へえ、どれどれ。ホントだ旨め~!」
ありがたいことに、冷えたジャスミン茶がポットにたっぷり用意されていたのだ。
おれたちは夢中で、ごくごく飲んだ。
「生き返る~!」
「ほんとにおいしいねえ!」
幸せそうな顔で茶を飲み、ほうとため息をついて、
「上品で爽やか。汗をかいた後に嬉しい、冷たすぎず飲み頃の温度にしてある。それにこの茶葉、きっと高級品だよ」
よどみなく言い切ったのに思わず感心する。
「観月が言うならそうなんだろうな~」
心の狭いおれだが、相棒の言葉には素直にうなずける。こいつはどうやらかなり料理が好きそうなのだ。
水分補給をし、椅子に座って人心地がついたところで、彼は言った。
「そうだ、山本くん、僕のことは名前で呼んでくれると嬉しいんだけど。仲間だし」
「ああ、それもそうか。同じときに入った店内ホールスタッフだもんな! じゃあ、希望。おれは、雅人ってことで、お互い呼び捨てな!」
なんか恥ずかしいけどね。
彼は観月希望という。
おれと同学年の高校一年生とは思いがたいくらい落ち着きのある誠実そうな草食系男子である。
お互い少し家庭の事情などを話したところでは、二つ年下の妹がいるのだという。おれも、妹がいるのだというと、親しみを持ってくれたようだ。
でも、おれのほうは義理の妹なんだが。
妹はかわいいよねえ、と、観月は言う。
「うちは母親が早くに亡くなったから、つい甘やかしちゃったかもしれない。僕へのツッコミは半端ない厳しさだよ」
おれは思わず笑ってしまった。
「うちもそうだな~。アイツ、誰より厳しいんだ」
すると、希望が、笑顔になった。
「雅人、妹さんの話をしてるとき、いつもすごく嬉しそうな顔してるね」
「え、そ、そ、そうかな……」
とたんに胸がどきどきしてきて苦しくなった。
おれの気持ちは、すげえヨコシマなんだ!
誰かに知られるのは、ヤバいって!
ああ~、希望! 高校生のくせに、そんな純真な目で、おれを見るな!
見ないでくれ!
中学生の実の妹の可愛さをニコニコ顔で語る希望には、きっとこの気持ちはわかりはしない。
なんで彼がアルバイトを始めたか。
高校生になって、バイトできるようになったのを機に、妹の誕生日に何かプレゼントをしたいと思ったからだというんだ。
母親を早くに亡くしたということも、おれと近いものを感じる。
でも、仮に似た家庭環境だとして。
どこをどうやったらこんな草食系男子ができあがるんだ~?
普段のおれの行動がそのまま、おれを糾弾するうう~!
「どうした? 雅人。苦しそうだ。も少し休んでる?」
「え、いや……だいじょうぶ、ジャスミン茶をもう一杯飲めば、落ち着く」
だから、ちょっと待っててくれ。
十五分ほど過ぎた頃。
時間通りに、唐沢繭由さんが休憩室に入ってきた。
そのときおれたち二人は机に突っ伏していた。
いつの間にか、意識が飛んでいたような。
「君たち、ちゃんと休憩できた?」
繭由さんは危ぶんでいた。
「はい、だいじょうぶです! すぐ出ます」
あわてて立ち上がろうとするおれを、繭由さんは、両手を広げて押しとどめた。
「急に立っちゃダメ。焦らないでいいから。あたしもユカリもいるんだし、それにいざとなったら厨房のリョウも引っ張ってくるから」
さすが先輩!
華奢な身体が、大きく、頼もしく見えた。
「ありがとうございます」
気遣いに感謝しつつ、ゆっくり立ち上がる。希望が、おれを見て、笑顔になる。
「雅人も大丈夫そうなんで、僕らすぐに出ますから」
「良かった! 安心したわ。実はね、君たちのお友達が、店に食べに来てくれてるの。それで、呼びに来ちゃったんだ。ヨロシク!」
「え!」
「えええ!!」
期せずしておれたちはハモってしまった。
いったい誰が来てるんだ~!




