第5章 その3 行列のできる占い師?
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「ご主人様。お昼ご飯はいかがですか。こちらのカフェでお召し上がりになります?」
生徒会長たちを見送って、そのまま考え込んでしまっていたおれに背後から呼びかけたのは、ガキの頃から、すっごくよく知っている、ちょっと鼻にかかった濁った声で。
誰なのかを確かめるのがこわいぞ。
と思いながらも、おれは、怖い物見たさで振り向いてしまう。
目に入ったのは膝丈より少し長い黒いメイド服。
たっぷりのフリルのついた白いエプロン。
おれより少しばかり背は低い。にっこり笑っている、幼馴染みのヤツの顔。気のせいでなければ頬紅と色つきリップはしている!
「っやっぱり充か~!」
「なんだよ残念そうに」
「おまえ化粧してんじゃないか?」
この問いにはすぐには答えず、女の子たちにコーディネイトしてもらったからね、と、ニコニコしてヤツは言った。
「それにさぁ、多数決で決まったんだからしょうがない。だったら楽しまなきゃ損だろ。メイド服を着るなんて、そうそうできない体験だぜ?」
…うん、おまえは男だからな。
「だったら、気をつけろよ。足をガッと開いてそこら辺に無造作に座ったりすんな。他のメイド担当の女子が迷惑するだろう」
「ははあ。盲点だったな。サンキュー雅人。これからは気をつけるよ」
「ぜひ、そうしてくれ」
じゃあねと言って背中を向けたはずの充が「あっそうだ」と振り返る。コスチューム効果なのかわからないが仕草までメイドっぽくなりきっていて、ちょっと可愛いから困ったものだ!
「雅人、金魚担当だったろ。午前中に全部はけたから場所があくよね」
「うん、まあ」
「そこ使っていい? 香織さんが午後から『恋愛占い』コーナーやることになったから。テーブル一個と椅子二個でいいって」
「……いいも何も、もう使う気まんまんじゃねえか……」
執事カフェもだが、その一画でやっていた金魚すくいが好評で、昼までに全部なくなってしまったのだ。
女子たちが並河に「占いをしてほしい」と頼み込んだらしい。
彼女は初め乗り気ではなかったようだが、女子たちは、てきぱきと教室の後部だけ暗幕を引いて、演劇部から借りてきた黒いレースのショールを並河に着せる。
そして黒い布を被せたテーブル。しだいにまるで魔女の館という感じになってきた。
ここまで来ると並河も観念したようだ。もともと昼休憩などに希望者には恋占いをしたり相談にのっていたのだから。
そして、女子たちはめいめい、友達にメールをしたり外に出て、並河の占い館の告知を始めた。
午後には占い希望者が列を作って並んでいたほどの人気ぶりだった。
そして並んでいる女子たちは、待ち時間にはカフェで飲み物のオーダー。誰が考えたんだか、いいことずくめである。
「ふっふ~ん! 感心したかね山本雅人くん。ウチや。この完璧なシステム考えたんは、ウチやからな!」
盛況な行列を前に、腕組みをする女子がいた。
「え? あれ、秋津? おまえのアイディア?」
「そうそう! ウチと森太郎のお好み屋台も午前中で売り切れじゃったけん、どうしようかと悩んでな。思いついたわけじゃ」
森太郎て!?
いつのまに名前呼び捨て?
という細かい突っ込みはおいといて。素直に感動するおれだった。
「へえ~。秋津すごいな!」
「な~んてな! 偶然じゃ、偶然」
秋津直子は、にかっと白い歯を覗かせて楽しそうに笑った。
「人が喜んでくれるのって、うれしいもんじゃなぁ」
*
「長い一日だった……でも終わってみると、短かく感じたな~」
並河香織の占いコーナー、おれも見てもらいたかったなぁ。
彼女の占いは、このときまでおれもよく知らなかったがかなり有名で、恋占いをしてほしくて他校からやってきた女子までいたそうだ。
日が傾き、サイレンが鳴る。
それを合図に、テントの片付けが始まり、校門の銀杏の間に掛けられていた垂れ幕が取り払われる。
今年の旭野学園《銀杏祭》が終了を迎える。
各クラスのバザーの売上げは、ボランティア団体に寄付されることになっていた。
女の子たちは、みんな一緒に、どこかのカラオケででも打ち上げをやるつもりらしく、連れだって教室を出ていった。
男子もそれぞれに仲のいいヤツで打ち上げ。
充は幸か不幸か一人だけ女子たちに誘われて連行されてしまった。なにしろ同じメイド仲間だったのだ。
おかげでおれは孤独をかみしめることになった。
最後の片付けが終わって校門を通りかかったとき、ひとり寂しく帰ろうとしているおれを呼び止めた奴がいた。
「山本。ちょっといいか」
川野昭二だった。
「なんの用だ?」
本音を言えばイケメンな顔を見るだけで軽くムカつくのである。
つい乱暴な口調になりそうで、おれは用心しながら喋った。なにせ今、この場には、単細胞のおれのストッパーをいつもしてくれてる充がいない。
いけない、いけない。
杏子の彼氏候補だ。
妹の恋路をぶち壊しちゃ、いけないよな。
「相談したいことがあるんだ」
川野は、いきなり、深く頭を下げた。
「おまえが、おれに相談だって?」
意外だった。
流行りの顔で、ファッションセンスはいい(らしい)背は高いし、成績もそこそこ良くて問題はないし、趣味の音楽方面では周囲に一目置かれてる。
全てに恵まれて、女子にとことんモテまくる奴。
それが、川野昭二のイメージなのだ。
「おまえにいったい何を悩むことがある?」
思わず本音が口をついて出た。
ところが、イケメンにはイケメンの悩みがあった。
「よく言われるけど、俺が恵まれてるなんて誤解だよ!」
心外だ、と、激しく訴えるのだ。
「へー。いやいや、信じられないな~。おまえくらいイケメンだったら、恋の悩みなんてないんじゃないのか?」
「そんなの! 誤解だ! モテ期なんて生まれてから一度も来たことないし! 中坊んときの初恋で告った子からは『川野くんってなんか重いんだよね』とか引かれるし……いつだって悩みまくってるよ!」
「……そうだったのか。悪い、おれずっと誤解してた。でも、それにしてもおまえと悩みって結びつかないんだよな~」
「実は、杏子さんのことなんだ。もう望みなんかないんだろうなあって……心が折れそうなんだよ」
川野の情けない顔を見て、おれは断れなくなった。
まるで、学校帰り、段ボール箱に入ってこちらを見上げている捨て犬に出会ってしまったような心境…。もとは毛づやのいい犬だったろうにうす汚れて…。
なんだろう。
捨て犬を放っておけない心境になってしまったおれは、そのまま学校帰りに、イケメン川野の人生相談に付き合うことになったのだった。




