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第1章 その1 最初がカンジン!

 第1章 最初がカンジン!


   1


「そりゃあ、あたしだってさ。独立してひとり暮らしができたら、それに越したことないわよ。でも、しかたないじゃない」

  ……ほ──っ。

 今朝から数えて何度目かになる、杏子の吐息。

「ママったら、再婚したら家族はみんな一緒に住むものだって言って……今まで住んでたマンションの賃貸契約を、今月いっぱいで解約しちゃってたのよ、あたしに無断で!」

「ええっ!? どういうことだ?」

「つまりね、ここに置いてくれないと、あたしは行くところがないって訳なの」

 杏子は小首を傾げ、うるうるした瞳で見上げた。

「まさか、行く当てのないかわいそうな女の子を、追い出したりしないわよね?」

 すがりつくような眼差しを感じて、ぎくっとする。

 ……まずい!

 息を呑んで、おれは目をそらした。

 なぜって、彼女はスリップみたいな細い肩紐のノースリーブのワンピース姿で、その上に透ける生地のブラウスを、前をとめずに羽織っているのだ。

 スリップドレスだとかなんだか知らないが、こんなセクシーな服が流行りなんだから、どうかしてる。

 ……いや、見るほうはいいけど……。

 その格好で、今みたいに下から見上げられるアングルになると、胸の……その、わりあいに豊かなふくらみが、妙に強調されて、いやでも目に入ってくるってわけで。

 こいつはまずいぜ、刺激的すぎる!

「どーしたの、じっと見たりして。あたしの顔に、何かついてる?」

「い、いや、なんでもない。おれだって、ひとりのほうが気楽だよ。だけど、せっかく家族になったんじゃないか」

「そうねぇ。これも『縁』(えん)ってものかしら」

 肩を落として、うつむいた。

「あたしと雅人が仲良くできるようにって、ママ、ずっと心配してた。ママには今度こそ幸せになって欲しいのよ。パパが死んでから、経済的なことやなんかで、ずいぶん苦労して、あたしを育ててくれたんだもの」

 昔のことを思い出しているのか。静かな口調で、言った。

「……そうか……おれの所は、親父とふたりで、むさ苦しくやってたなあ」

 おれは、なんとかその場を明るくしようとしたが、はずしたかな……。

「やだ、しんみりしちゃったね」

 顔を上げた杏子は、照れくさそうに笑った。

「ホント、しょうがないわ。まっ、これも親孝行だと思って、あたしも少しは妥協してあげても、いいわよ」

 まだコドモのくせに、意地張りやがって。

 自分もまだ大人じゃないってことは棚に上げて、おれは、この意地っ張りぶりが、なんか可愛いなんて、思ってしまったのだった。

「……んっ? なんか、お湯が沸いてない?」

 ストーブに掛けておいたやかんの音を聞きつけて、杏子は台所へ走っていった。

「やだーっ、雅人ったらストーブなんてつけてるの? 何月だと思ってんのよ。意外と寒がりなんだぁ、きゃっはははっ」

「そんなに笑うなよ。朝方、寒かっただろ。おれは冷えると腹にくるんだっ」

「へーえ、そうなの。あたしはそんなことないから、わかんないわ。女の子って、便秘がちなんだもん」

「べ……便秘だなんて大声で言うなっ、女の子がっ!」

「ああら、赤くなってるぅ!」

 ううむ。前言撤回。

 なんて口の悪いヤツだ。

 ちょっとでも、いじらしいところがあるなんて思っちまったのが、くやしいぜ。

 ……相変わらず、可愛いことは、ものすごく可愛いんだけどな……


 家の外では、激しい雨が降り続いている。

 おれたちは、これから一緒に暮らしていくために、いろいろなことを話し合った。

 家族以外の他人と……いや、これからはおれも杏子も家族なんだけれど……一つ家根の下で暮らすなんて、初めてだ。

 以前は親父とどっちか手の空いてるほうがやるとか、いい加減にやってた。

 女の子と暮らすんだったら、ちゃんとしないとまずいだろう。

「どっちがご飯作る?」

「うう~ん、当番制にするかな……」

「じゃあ、余ってるカレンダーあったら、ちょうだい。当番表を作りましょ」

簡単なことではなかった。決めておくべきことが多すぎる。

 料理、掃除、洗濯の当番に、お互いのプライバシーに立ち入らない等々のルール。

「面倒だなあ。おれひとりなら、どんなヘンな味の料理を作ったって、食べるのは自分だし、時々はコンビニ弁当で済ませてもいいって、軽く考えてたんだけど」

「なーに言ってんのよ。甘いわよ! いまどきの男の子は、お料理ぐらいできなくっちゃダメでしょう。そんなことでどうするの」

 おれがぽろっと漏らした途端、さんざんやり込められてしまった。

「困ったな。おれ、簡単な料理しかできない。杏子は何が得意なんだ?」

 問い返すと、杏子は何故か赤くなって、急に話題を変えた。

「えっ!? あ、あたし? そりゃ……ちょ、ちょっとは作れるけど。それより、雅人。明日、学校行くの、なんか、いやじゃない? 学校中のみんなが、あたしたちがきょうだいになったって知ってるのよ!」

 あれっ、この態度、妙だぞ?

「おまえ……本当は料理、あんまり得意じゃないんじゃ?」

「あっ、雅人! チャイム! いま、玄関のチャイムが鳴ったわよ。誰か来たみたい。あたし、出てあげる」

 ……逃げたな。

「おーい、誰だかわからないうちは、すぐに開けるなよ!」

 ここは一戸建てだし、日曜日ともなると、新聞勧誘のオジさんや、宗教関係のオバさんなんかがよく来る。

「おーい、雅人ぉー! オレだよ、オレ。開けてよう~っ」

 扉の向こうで、素っ頓狂に騒いでるやつがいる。

 あの声は、沢口充(さわぐち みつる)だ!

 そろそろ来るころだろうと思ってた。

 沢口充は、近所に住んでいる、おれの幼ななじみにして、悪友である。

 童顔で、小柄。うっかりすると中学生に間違われることもある、157センチ。早生まれで、12月25日が誕生日だ。身長が低いことを少し気にしている。

 プロバスケが好きで、高校からバスケ部に入り、ボール拾いの毎日を送っている。

 少々ガキっぽいところもあるが、正直で嘘のつけない、いいヤツだ。

 生まれついてのうっかり屋で、ちょっとお調子者だけど……。

「おはよう、沢口くん」

 杏子がドアを開けると、充は目を丸くした。

「あっれぇーっ、伊藤さん!? いつから来てたの」

「今朝早くよ。一緒に暮らすことにしたの。あたしたち、家族になったんだもの」

「そっかあ! いいなあ、雅人! 羨ましいなあ」

 どっちが年上かってことでおれたちが熾烈な勢力争いを繰り広げたとも知らず、充はしきりに羨ましがる。

「こんな可愛い妹ができて、いいなあ、雅人。あ、オレだったら、伊藤さんはお姉さんになるのかな。それでも構わないけどさっ」

 充も、おれたちと同じクラスだ。だから杏子とは顔見知りだし、親父たちが再婚したという事情も知っている。

「おっと、忘れるとこだった。おふくろからの差し入れ、持ってきたんだよ」

 大事そうに抱えていた鍋を、充は台所のテーブルに置いた。

 鍋の中身は鳥の肉だんごと蕪のスープ煮だった。

「おう、ほんとか。妙子おばさん、料理上手いからなあ。ありがとう」

 妙子おばさん……つまり充のおふくろさんは、親父の従姉妹だ。うちに女手がないことを知ってるから、よく、おかずをおすそ分けしてくれる。

「きゃっ、すごいわ! おいしそう!」

 杏子は鍋を覗いて大喜び。

「器に移して、このお鍋をお返ししなくちゃ。ねえ雅人、お鍋はどこ?」

「おれが取るよ! 吊り戸棚の中だから、杏子には背が届かないだろ。充のやつに、飲み物でも出してやってくれ」

「はぁい。沢口くん、飲み物は何がいい?」

「ああ、いいって。杏子さんは座ってなよ。茶くらい、オレ自分で入れるからさ。コーヒーにしようかな。コーヒー、好き?」

「ええ、好きよ」

 充はいつもやるように自分で戸棚を開けた。小さいころからお互いに行き来してるから、

どこに何があるかはよく知っている。コーヒーカップをふたつ取り出し、自分と杏子の前に置き、コーヒーミルで豆を挽く。

 あっ! 充のやつ、おれのカップは出してねえ! おまけに、あの豆は取っておきのブルーマウンテンだし、いつもは使わないネルドリップまで出してやがる!

 女が絡むと、男の友情は紙より薄いらしい。

「ん~っ、いい香りだなあ。伊藤さん、どうぞ……あっ、もう山本さんなんだっけ」

 ネルドリップでいれたブルーマウンテンの芳醇な香りに鼻をうごめかせながら、充は杏子にコーヒーを差し出した。

「ありがとう。えっと、ややこしいから、杏子って呼んでくれる? 学校でも、今まで通りに伊藤の名字のままにしようと思ってるの」

 杏子はコーヒーを口に運んで、微笑んだ。

「オッケー、杏子さん。じゃあ、オレのことは充って呼んでくれると、嬉しいな」

 ったくもう、充のやつ。すっかり鼻の下のばしちゃって……。

「あいつ、バカか……」

 煮物をうちの鍋に移し替えながら、おれは呟いたが、聞こえちゃいない。

「すると杏子さんは、これから雅人と暮らすのかい?」

「そういうことになるわね。ねえ、ちょっと、聞いてよ!」

 おれより話し甲斐のありそうな相手を見つけて、杏子は憤然とまくし立てる。

「ママったら、あたしの知らない間にマンションの賃貸契約を解約してたのよ! 今月中に引き払わなきゃいけないって不動産屋さんに言われて、慌てたわ。リサイクルセンターに家具を引き取ってもらったり、粗大ゴミを処分するの、大変だったんだから。手で持ってこれる荷物なんて、たかが知れてるでしょ。次の日曜日に運送屋さんが来て、残りを運んでくれることになってるの」

  充と向かい合っていた杏子が、振り向いて右手を振った。

「あ、雅人、覚えといてね。来週、あたしの引っ越しだから」

「おいおい、勝手に予定を決めるなよ」

「しょうがないじゃない。家族の危機なんだから、協力してよ」

「そうは言っても、あんまり大荷物は……」

「それなら心配いらないわ。どうせ入れる所なんてないだろうと思って、大きな家具は処分しといたから」

 杏子は肩をすくめて、

『ニコッ』と無邪気に笑った。

 うっ! すっげー、可愛い!

 ……あああっ!?

 思わず、笑顔に見入ってしまった、このおれって……もしかして、バカかい?

「相談してくれればよかったのに。うちだって一応、2階建ての4LDKなんだぞ!」

 すると杏子は、『にやっ』と笑った。

 人の悪い、微笑みだった。

「ああら、そう。それなら好都合ね。ドレッサーとお気に入りの和箪笥は捨てられなかったんだ。よかったわ。もちろん、あたしのために、ひと部屋は確保してもらうわよ」

「…………へ?」

「さっき見てきたんだけど、2階に3部屋あるじゃない。あたし、南側の部屋がいいな」

 おいおい、いつの間に、そんなところまで見てたんだ。

「南側はおれの部屋だ。北側が書斎で、奥の部屋が客間だから、客間を使えばいい」

「ケチね! 替わってくれてもいいでしょ。あたし、南側に窓がないとイヤなの」

「……ケチって、おまえな……」


 突然やってきた、おれの魅力的な『義理の妹』(しかも同い年の)、杏子。

 彼女は天使か、はたまた小悪魔か!?

 さんざんな目にあうような、波乱の予感がした。

「なにかと苦労しそうだなあ、おまえ……」

 おれの顔をまじまじと見つめていた充が、ぼそっとつぶやいた。


 こうして、おれは来週までに自室を杏子に明け渡すことになった。

 だが、杏子の荷物はまだほとんどが自宅のマンションにあるし、その夜は2階の奥の客間を掃除して、しばらくの間、彼女をそこで寝かせることにしたのだった。




……続く!

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現在、全面的に見直してます。
高校入学前のエイプリルフールでのお花見事件から始まり、
4月、5月のエピソードを追加して書き込んでいったり、文章の見直しをした
「妹なんかじゃないっ」というタイトルにしたものを、新たに連載始めました。
どうぞよろしくお願いします!
妹なんかじゃないっ
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