第4章 その1 成田にて妄想するおれ!
第4章 揺れるキモチ
1
海外出張先のイギリスから、おれたち二人の誕生日パーティーの最中に、両親の突然の帰国!
喜びよりも驚きが先に立つおれと杏子だった。
「おお、そうだ! そういえば、花束を用意しとったのだ」
ぽん、と手を叩いた親父が、コートの中に右手を入れ、リボンをかけてラッピングした大きな花束をふたつ、大仰な身振りで取り出した。
喜んだのは充である。
「うっわーっ、すっごい、すごいや!」
パチパチパチパチ……
誕生会に集まったみんなが、一斉に拍手をした。
……が。
拍手は、しだいに尻すぼみに小さくなってしまった。
花束の中身は、白い菊だったのである。
「おい親父! なんだよこの花束は!? 菊じゃねえか!」
フツー、誕生日に贈る花か?
「何を言う。9月9日は重陽といってな、菊の節句なんだ。おまえたちはめでたい日に生まれたんだぞ」
「……でも、現代では、あまり祝われてないですよね?」
名越森太郎が、さり気なく、しかし容赦なくつぶやいた。
「いやー、そうか? そうだったかなあ~。まあいいじゃないか、細かいことは! がっはっはっはっははは!!」
親父は豪快に笑い飛ばして、その場をごまかした。
……思い出した。
こ、これが親父なんだよな。このアバウトっつーか、いい加減さが!
かくして。
おれたちの16歳の誕生日の夜、やっと、新生『山本一家』が揃ったのだった。
桃絵さん、いや、お母さんが、集まったみんなに挨拶をした。
「みなさん、今夜はいらしてくださって、本当にありがとうございました。雅人さんも、杏子も、いつもお世話になっています。この子たち、わたしたちの留守に、ちゃんとやっているでしょうか。沢口さんにも、ご迷惑をおかけして」
「だーいじょうぶですって、おばさん」
不安を隠せない桃絵さんに、すかさず充が応えた。
奴のこういうところは、ありがたい。
「うちのおふくろは世話好きが趣味なんです。かえって、いつもお邪魔したりして、うるさくしちゃって悪いと思ってるんですよ」
「あたしはちゃんとやってるって言ったのに」
ひさしぶりに会った桃絵さんに嬉しそうに寄り添って、杏子がくすくす笑う。
よかった。彼女のこんなふうに安心しきった顔を見られて。
まだ夜は長い。
おれと親父と、杏子と桃絵さんとは、集まった友人たちと、大きなテーブルを囲み、飲んで、食べて、笑って、大いに語り合った。
縁あって出会った人と人との絆、新しい家族の歴史を、ひとつひとつ、積み上げて、しっかりした石垣を築き上げるために。
*
さて、その後……
結局、2日間、日本に滞在しただけで、親父たちは慌ただしくロンドンに戻ることになり、おれと杏子は成田まで両親を見送った。
「元気でね、ママ。身体に気をつけて。雅治パパが忙しくて、寂しくて我慢できなくなったら、また電話してもいいわよ」
杏子の目に、うっすらと涙が滲んだ。
「雅人さん、わたしが忙しくて家に居てやれなかったものだから、つい、こんなわがままに育ててしまって。どんどん、この子を叱ってやってくださいね」
「そんなことないですよ! わがままなんて」
「そうよ! ひどいわママ、あたしは、わがままなんかじゃないもん。正直で、素直なだけよ。ねえ、雅人」
杏子がおれに同意を求めるが、桃絵さんは納得しない。
「根はいい娘なんですけどねぇ。雅人さん、杏子をよろしくね」
「はい。お母さん」
照れくさかったけど、思い切って、言った。
結婚が決まって、披露宴、ロンドンへの出発と、いろいろあって、まだ、ちゃんとそう呼んだことがなかった。
「……あらっ」
桃絵さんの頬が、ぽっと赤くなった。
「まあ、雅人さん!」
「ほほう。雅人も少し人間がこなれてきたな。いいぞ。おまえはちょっと固すぎたからなあ。よく遊び、よく学び。まあ、がんばるんだな」
親父は桃絵さんと共に、機上の人となった。
残されたおれは、割り切れない気持ちの『もやもや』を抱え込む。
……くそ親父!
分かったようなこと、言いやがって!
親父の姿が見えなくなってから、おれは握りしめたこぶしを振り上げた。
「雅人、どうしたの?」
「あっ……いや、これは」
不思議そうに杏子が見ているのに気づいて、赤面する。
親父なんて、側にいなくてもいいと思っていたのに。
おれは、本当は、親父に居て欲しかったのかな。
認めて貰いたかったのかな。
くそっ。我ながら……ガキくせぇ。
今に見てろ。おれは立派な大人になってやる。
「……可愛い、雅人」
くすっと、杏子が小さく笑った。
「えっ?」
何故だか心の底まで見透かされたような気がして、ぎくっとする。
「雅治パパと雅人って、やっぱり親子なんだね。よく似てるもん。おかしいなぁ、ふたりとも、可愛いんだ」
「なんだよ、それ。おい、杏子」
「知~らないっ」くるりと身をひるがえして、笑う。「ねえ雅人っ、売店でお土産買ってっていい? ミニーちゃんの素敵なぬいぐるみがあったの」
「ミニーちゃん? そりゃ、なんだ」
「ミッキーマウスのガールフレンド、ミニー・マウスよ。知らないの?」
「……あ、ああ、ディズニーの」
薄紫色のワンピースの裾がひらひら。
杏子が軽やかに駆けていく。
「ねーえ、いつかディズニーランドに行かない?」
振り向いて笑う、杏子の笑顔を、おれはとびきり大切なものに感じていた。
「そうだな、行こう」
いつか、じゃなくて。予定を立てようとおれは考え始める。
クリスマス?
正月?
何か記念になる日にしよう!
将来、そのことを振り返って、「あの時は楽しかったよね!」と彼女がとびきり笑顔で言ってくれるように。
おれの妄想力も、なかなかだ!
成田の空は、秋晴れ。
いつの間にか、空はすっかり秋の色をしていた。
杏子と暮らし始めて、もう3ヶ月もたっているのか。




