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傾国

傾国5

作者: まめ

 現実から逃避する為に夢の中へと逃げたが、何時迄も逃げ切れる訳がなく僕は目を覚さました。どうやら寝ている間に日は落ちてしまったようだ。瞼は開いているというのに視界は闇に包まれている。

 これから、どう生きていけば良いのだろうか。僕は今後に悩んだ。

 スラム出身で今や孤児。帰る場所なんてどこにも無い。一人で生きていく金も知識も職も何一つ持たない非力な存在。あの男に保護され既のところで生き延びているが、僕は少しの風で吹き飛ぶような危うい立場だ。取れる行動の選択肢など無いに等しく、男の機嫌を損ねてしまえば明日にでもゴミになるだろう。

 何も考えず男の言う通りに生きるか、男を否定して生きるのか。そのどちらを選択しても、結局は操り人形に変わりはなく、それは僕にとって死んでいるのと同じことのように思えた。

 それともいっそ潔くゴミとなるか。そう考えたものの脳裏にスラムの惨状が浮かび、僕は大きく震えた。体が拒絶をしているのだ。あの様な酷い死に方だけは絶対にしたくないと。では、やはり人形として。けれど……。

 僕の思考は一向に纏まらず、ただ頭の中で様々な思いを巡らせるばかりだ。人形にはなりたくない。けれどゴミにもなれない。

 一体どれ程の時間を費やしただろう。うだうだと考え、ようやく僕は決心をした。もう僕が出来る事は、たった一つしか残されていないという事に気付いたのだ。ならば足掻き血を流してでも、そうするしかないだろう。

 もう一番大事なものは既に犠牲にしたんだ。命の他には何も失うものはない。さあ腹を括れ。


「誰かいませんか」


 僕は部屋の外へ声を掛けた。すると明かりを持った一人の女性が暫くして静かに姿を現した。彼女は僕に一礼し、顔を少し下に向け扉のすぐ側に立った。


「殿下。如何なさいましたか」


 殿下。この女性も僕をそう呼ぶのか。襲い来る憤りや悲しみに泣きたくなるのを僕はぐっと堪えた。


「…………あの人を呼んで欲しいんです。僕をここへ連れて来た男の人」


 女性は再度一礼すると部屋から出ていった。男の名前を知らないので曖昧な説明しか出来なかったが、彼女は理解してくれたらしい。また暫く待つとあの男がやって来た。


「どうなさいました、殿下」


 彼は僕のいる寝台まで来ると、サイドテーブルに置いてあったランプに彼が持ってきた火の付いた蝋燭を使い明かりを灯した。それによって顔があるとしか認識できなかった男の表情がよく見えるようになった。彼は笑みを浮かべていたが、それは決して気持ちの良いものではなかった。


「散々お世話になったにも拘らず、僕は貴方の名前すら伺っていませんでした。どうぞ非礼をお許し下さい」


 僕が上半身を起こし、男に恭しく謝罪をすると息を呑む音が聞こえた。


「お止め下さい殿下。殿下は何も悪うございません。お伝えするのを失念しておりました私が悪いのです。どうぞお許し下さい。私の名はオルトール・ド・ジュスティスと申します。ジュスティス公爵の次男で貴方にとっては従兄叔父です」


 頭を上げると男は探るような目で僕を見ていた。今まで泣いて塞いでいた僕が急にそんな行動に出たのだから、男は一体僕が何を考えているのか分からなくなったのかもしれない。


「従兄叔父?」


「ええ。私は貴方の父君の従弟なのです。本来であれば殿下の教育係兼後見人として、御側に侍るはずで御座いました」


 王子を幼少の頃から育てた後見人。それは想像が付かないほど強大な権力を有するのだろう。彼はそれを欲しているのだ。


「オルトールさん」


「殿下。どうかオルトールと」


「……オルトール。僕は貴方の希望通り、この国を統べる王となろう。だから僕が一人前になれるよう貴方には力を貸して欲しい。僕には貴方が必要だ」


 彼の僕への異常な執着心。それを利用しなければ望みは叶わない。考えることを止めず、人としての生を得るにはそれしかない。

 これは、浅はかな知恵しかない僕の仕掛けた見え透いた罠だ。聡いこの男にそんなものが通用するとは思えない。絶望にも近い賭けだ。それでも僕はこうする他に道を開く術を知らなかった。

 さあオルトール望むものを与えてやろう。僕はこの国の王になる。それは貴方が喉から手が出る程に欲しいものだろう。だから僕には自由を寄越せ。人として生きる権利を与えろ。

 オルトールは僕の言葉を聞いて目を見開き驚いた。それから大きな大きな笑い声を上げ、体を屈めて狂ったように笑い続けた。どれくらいそうしていただろうか。突然彼は壊れたように止まると一切動かなくなった。そうして勢いよく屈めていた体を戻すと、にたりとした笑みを浮かべ僕をじっと見据えた。


「勿論ですとも。私が必ずや、殿下を立派な王にお育て致しましょう。汚い平民だというのに愚かな勘違いをした女王。卑しい身分の王太子妃とその父親。能無しの王太子も全て私が消して差しあげましょう。ですから殿下。どうか、もう二度と私の側から離れていかれませんよう」


 彼のその余りの不気味さに恐怖を覚えた。冷汗が背を伝い体が震えたが、ここで負ける訳にはいかなかった。心の奥底にそれを押し込め、拳をきつく握り締めた。絶対に彼から視線を外してはならない。


「約束するオルトール。生きている限り、僕は貴方の側から離れない」


 この先、彼は数え切れないほど罪を犯すだろう。それでも僕は彼を受け入れる。もう戻る事は許されない。それがどれ程、僕を苦しめようとも前に進むしかないのだ。

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