表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/54

8 いろんな意味で死にかける

「…『夜の娘』なんて、何もできないじゃない…」


 大層な肩書きだけ持っていても、所詮無力だ。足手まといだ。

 決然と戦いに赴いたディールの背を見送るしかないヒナは、何一つできないことが悔しかった。そして、無能な身に過ぎた二つ名がついていることも。

 だが、悔しさに唇を噛みしめる彼女に、顔を顰めた魔女は言う。


「そりゃあ仕方ないだろう。お前さんの仕事は力ずくで敵を蹴散らす事じゃない。戦いの只中でできることなんざ、ありゃしないよ」


 そうして、戦況を見るため痛む体を押して半身を起こすと、慌てて支えに手を伸べたヒナの頭にぺちんと一発お見舞いした。


「たっ…なんで叩くの」


 怪我のせいで然したる力は加わっていなかったが、理不尽な暴力反対と彼女はラダーを睨む。


「ディールが不憫だったもんでね」

「…なんで?」


 すまし顔で激しい力の応酬を見やった魔女は、ちらりともヒナを見ずに抑揚のない声で続けた。


「好きな相手が、自分を見殺しにして敵を助けてやってくれ、と言って来た。アンタはどうする?」

「断るよ」


 即答して、すぐ思い至った。彼女はディールに同じ事を言ってしまったのだと。

 日常会話のように『好き』と『愛してる』を繰り返すから、彼が自分に寄せてくれている好意にすっかり鈍感になっているが、所謂ヒナはディールの『好きな人』である。

 あまりにも彼の言うことが正しくて、けれど納得できなかったから、くやしさと意地とであんなむちゃくちゃを口にしてしまったが、いざ殺される段になれば泣き喚いて助けを請うたと確信できる。

 そうなれば必然、ディールの呈した二択はヴェンダを殺す選択をするしかなくて、悪いのは命の取捨ができないヒナで。


「……だって、誰も死んで欲しくなかったんだもん…」


 平和と安全が日常だった女子高生に、血塗れスプラッタはそれほど衝撃的だった。

 ラダーも彼女が元いた世界の話は聞いていたので、ここでは甘いと誹られる考えをこそ尊ぶ価値観が、納得できずとも理解はできた。


「…優しい子だね」


 彼女の頭を撫でた節くれ立った指に、大きく頭を振る。


「慰めてくれなくていい。バカで考えなしなだけだもん。それに結局ディールを止める方法なんてなかったし、逆に怒らせちゃったし」


 怪我人であるラダーに情けなくヒナが慰められている間にも、ヴェンダの放つ氷の刃はじりじり彼等を追いつめて、戦況はお世辞にも良くは見えない。


「あたしがいなかったら…無理な事ばっかり言わなかったら、もっと簡単に片が付く場面じゃないの?」


 最も安易な解決策に走れば、或いは。

 それが一番いいはずだと見やれば、だがラダーは首を振った。


「”もしも”なんてのはね、人間が考えることの中で一番愚かな想像だ。現在は”もしも”を切り捨ててきた結果もたらされたんだって事を忘れちゃいけない。ありもしない事を夢想する暇があるなら、今の解決策でも模索しな」


 ヘリオは動きがますます鈍くなり、傷が増えた。ディールは闇の魔力を小爆発させながら、時折苛立ったように周囲の木々をなぎ倒す。

 それというのもひらりひらりとあちこちに、ヴェンダが身を躍らせるせいだ。子供の小柄を利用して、身軽に物陰に隠れながら、凶悪な氷をけしかける。

 結果、大人達は雨のような凶刃をかわすことに気を取られ、満足な攻撃ができないまま体力・魔力だけを削られていた。

 戦い馴れるどころかこんな場面に出会うことさえ初めてのヒナには、解決策など思いつくわけもなくただただ目の前の状況に唇を噛むことしかできなかった。


「全く…融通の利かない男だよ」


 じっと共に劣勢を眺めていたラダーが呆れながら呟いたのは、彼女に聞かせるためなのか。

 どちらにせよこの現状は自分のせいだと萎れていたヒナは、それが誰に対する言葉なのか素早く読み取った。

 ディールが彼女の望みを叶えるため、力を押さえているのだと。

 その気になれば街を一つ消すことができると言っていた魔術師が、仲間を巻き込まぬよう周囲に気を配っているからだとしてもこれほど押されるのはおかしい。いくら相性が悪い相手だからと、一方的に押される展開は奇妙だった。


「あたしの…せい?」

「男の見栄だよ。惚れた相手にいいとこ見せたいってのは、奴らの習性さね」


 だから気にするなと、更に落ち込もうとしたヒナに微笑んだラダーの表情が、次の瞬間凍り付いた。


「いけないっ!」


 視線の先には木陰で力を練り上げるヴェンダの掌に浮かぶ発光体があって、釣られて目をやったヒナも本能が発する危険信号に身を固くする。

 ヴェンダの姿を見失ったディールとヘリオは、ラダーの警告を受けながらも為す術がなかった。先手を打つこともできず、うっかり逃げて隙を作るわけにもいかない。


「どこだ!」


 痺れを切らしたヘリオが叫ぶのと、ヴェンダが力を放つのは、同時だった。


「死んじゃいな!みんな死んじゃえ!」


 狂気を含んだ甲高い叫びが木々を揺らし、次いで目も眩む閃光が、鼓膜を揺るがす爆音が一帯を襲う。

 中心にいるのはディールだった。

 はじき飛ばされたヘリオが振り返った向こうが、呆然と状況を眺めるだけのラダーの視線の先が、爆心だ。

 砂埃と様々な礫が収まり、徐々に座り込むディールが見える。白銀の髪が俯いた表情を隠しているが、微かに身じろぐのがわかるから生きているようだ。何事か呟く声も聞こえる。


「なーんだ。生きてんじゃない」


 つまらないとむくれるヴェンダに反撃するための、呪文詠唱だろうか。確かに逃げ回っていた先ほどより、数歩離れた場所で佇む相手になら的も絞りやすいだろうし、ディールにはそんな強かさもある。

 だが、彼が膝に何か抱いているとわかって、2人は息を飲んだ。


「ヒ…ナ…っ、ヒナ、ヒナ!」


 乱れた髪と、ボロボロの外套と、状況的に見て自分を盾にディールを庇ったのだろう。

 仰向けで膝に抱えられている彼女にここからでは目立った外傷は見られないが、到底無事とは思えない彼の取り乱しようで。


「目を開けて下さいっ」


 そっと頬を撫でヒナを呼び覚まそうと必死なディールには、大気を震わす笑い声は届いていなかった。


「すっごい偶然!これ、ご命令通りよね?邪魔な子は、死んじゃったわね!」


 這うように近づいたラダーの目に、ゆっくりヒナの額を伝い始めた紅が鮮やかだ。


「…冗談、だろう?」


 隣にいたのに、少女が飛び出したことに気づけなかったことが、魔女に現実を否定させる。


「起きろ、バカ娘!」


 短い距離を詰めるには些か勢いが良すぎるヘリオは、つんのめるように動かないヒナの元、飛び込んだ。

 気絶しているように、見えた。

 動きはしないが微かに胸が上下している気がするし、きっと弱いながら呼吸もあるはずだと、2人は一番彼女に近いディールを伺い見る。


「生きています、でも、目を開けてくれない」


 その答えに安心していいものか、更に不安を募らせるべきか、考えあぐねていたところに小さな小さな唸り声が聞こえた。


「っ」


 聞き違いではないのかと、息を詰めて彼女を見守っていると、睫毛が震えゆるゆると瞼が上がっていく。


「?」


 目を開けたヒナは、自分の置かれた状況がわからず首を傾げた。


(なんでみんなに見下ろされてんの?ガンガン耳鳴りするし、あちこちすっごく痛いんだけど??)


 視線だけで順にそれぞれの表情を辿っていくと、なにやら彼等の口だけが動いて、声が、音が、綺麗さっぱり消えていることに気付く。

 どうやら、耳が聞こえていないらしい。

 誰かが叫びを上げても、吐息が触れるほど近くで喚かれても、ちっともそれが意味を成さず、音を消したテレビを眺めているような違和感に顔を顰めた。

 だがそれもごく短い間のことだったようで、だんだんに音を取り戻したヒナの世界で、始めにディールが囁く安堵、次にラダーの呆れ声、ヘリオの厳しい叱責に、風の音。


 よかったと、機能を取り戻した聴覚にほっとすると、今度は頬を伝う汗が気になって、上手く力の入らない指で、それを拭う。

 産毛を撫でるむず痒さを取り除こうとしただけなのに、ぬるりと粘つくものが大量に手のひらを濡らした違和感に顔を顰めて、掌を見ると鮮やかな赤が視界を占める。

 ああ、汗ではなく血だったのか。

 これだけの痛みがあればそれも当然と、本人はいたって冷静だったのだが。


「動かないで!」


 首を巡らせると狼狽えたディールが血を流す自分よりはるかに青い顔をして、どこから出したのか大きな布でヒナの傷口を止血しようとしているところだった。

 必死の形相で動きを止められるほど、重症なのだろうか。果たして何が理由で介抱される事態に陥ったんだったか、良く思い出せないのだけれどと、ぼんやり彷徨わせた瞳が派手な色彩に意識を止める。


「面倒くさいの。一度で死んでくれればいいのに!」


(そう彼女、ヴェンダの攻撃からディールを庇って、あたしは)


 膨れた少女の周囲には、夥しい氷の刃が踊っていた。

 ヒナを殺すためのそれは、不機嫌なヴェンダに同調して忙しなく回転していて、ほんの僅か指先を振るうだけで凶悪な本性をむき出すことは明らかだった。

 折り悪く、攻撃目標は一所に寄り集まっているのだから、早々に行動に出なければならない。

 呑気に傷の手当てなど、している場合ではないのだ。


「あ、危ないのっ。ヴェンダが…っ」

「動いては駄目だと、言ったでしょ?」


 狼狽えるヒナを有無を言わさず押さえつけたディールの微笑みを、彼女は一生忘れないだろうと思った。

 恐いなどと月並みな表現で片づけられない背筋を凍らせる畏怖と、感情なく放たれた強大な魔力と。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」


 視界の隅から、もんどり打って消えたヴェンダの生死など、問うのも恐かった。

 それほど彼の放った闇色の力は大きな破壊力を持っていて、少女の元に到達するまでに地を深く抉り取って深い溝を残している。

 ついさっきまでヒナとの約束を守って不利な戦いを強いられていたというのに、今のディールには一片の迷いもない。それどころか、煩わしい感情を消して敵と対峙すれば、彼は誰より恐ろしい殺し屋になれるのではないかと、彼女は見下ろす冷笑に知らず震えた。

 だが、聞きたかった。まさか、まさかと。


「こ…殺しちゃった、の?」

「知りません、そんなことはどうでもいい!あなたの方が怪我を負ったのだと、死んでいたかもしれないのだと、わかっていますか?!」


 その様子と言ったら、霞がかかっていたヒナの思考を一瞬でクリアにするほどの衝撃と、凍り付かせるだけの迫力を持っていた。

 海色の瞳は怒りで深さを増し真っ黒の深海と化しているし、長い白髪も逆立っている幻が見えるほどで、さっきディールが垣間見せた怒りなど、この様を見れば可愛らしく思えてしまうほどだ。

 そして、そんな人間らしいディールは、絶えず冷静で、常に他人と距離を置き、決して感情を見せようとしなかったこれまでを知る傍観者の2人にとっては、歓迎すべき事実なのだが…どことなく素直に喜べない。


「…少し、気の毒ではないのか…?」

「…そうだね。身を挺して庇った相手に叱りつけられる…いや、そんな可愛いもんじゃないか」

「ああ。あれは激昂だろう。敵の生死にあそこまでこだわるヒナもどうかと思うが、ディールもなぁ…」

「恐いねぇ。常に自分を押し殺してる人間てのは、爆発すると手がつけられなくて困るよ」

「なまじ実力者なだけに、性質が悪い」

「あたしにゃ、止められないよ」

「俺にだって無理だ」


 うんうんと頷き合いながら、いつの間にやら二人から距離を取った殿下と魔女は、己の命惜しさに憐れなヒナを助けることは早々に諦めた。ここで割って入ればとばっちりを食うこと間違いナシだ。

 しかし、当の本人の危機察知能力は悲しいくらいに性能が悪いらしい。


「でも、小さい子だし、気になるし…」


 怯えながらも、力の入らない体に鞭打ってヴェンダの様子を見ようと身を起こしかける。


「言っても無駄、ですか」


 その声とヒナの体の異変は、同時だった。


「っ??」


 体が動かない。声も出ないし、視線さえも自由にならない。

 自分の体がまるで細い糸でグルグル巻きにされたように戒められ、喉は詰まり、瞳はディールだけを映すよう固定されていると自覚して初めて、これが人外の力に因って成された現象だとヒナは理解した。


「ふふ、やっと大人しくなってくれましたね」


 つまり、この男のせいであると。髪を優しく撫でてくれても、優しく愛おしむ仕草で抱きしめられても嬉しくない。手早く傷の手当てをしてくれても、お礼を言う気分になれない。


「何故です、一体何を考えてあんなことを?」


 けれど、切なげに問う声にヒナはまじまじとディールを見て、湧きかけていた怒りを霧散させた。


「私などを庇って貴女が死んでしまったら、魔力を暴走させて自殺しますよ?世界中の誰が巻き添えになろうと、気にすることなく」


 彼は本気だから。

 実際彼女が死んでいたのならこの土地は阿鼻叫喚で溢れていただろう。世界は死で満ちていただろう。

 忘れてはならない、彼が孤独だと言うことを。

 忘れてはならない、自分が唯一、彼に温もりを与えた存在であるということを。

 動かない手足に焦れながら、ヒナは吐露される執着に胸を痛める。抱きしめてあげられたら、ディールの不安を癒してあげられるのにと。


「私にとって貴女は世界です。他の誰より、何より、絶対の存在です。ですからお願いです。簡単に命を投げ出さないで、安易に血を流さないで」


 哀願に、ヒナは思わず頷いていた。彼にこんな辛そうな顔をさせないために、誓えと言うならいくらでも、存分に。そんな慈愛の心で何度も、何度も。


「約束してくれます?本当に?」


 こくこくと、必死で頷く。


「絶対?」


 これまた何度もこくこくと。探る彼の視線を受け、真実ですと白々しいくらい、こくこくと。


(でも、ディールが危なかったらまた飛び出しちゃうような気もするんだよねぇ…自分のせいで誰かが死ぬのも、やっぱヤダし)


 胸中ではこんな不届きなことを考えいた、反省のないヒナなのだが。


「も、絶対無茶、しません!」


 表向き、元気に宣言までして見せた。この拘束状態から抜け出したい、ディールの危惧を消し去ってやりたい、と言う矛盾した考えのもとに、やけにすっぱり潔く。

 しかし、そんな曖昧な言葉にうっかり騙されてくれる相手ではない。


「…どうしてでしょう?あなたの言葉を鵜呑みにするは、危険な気がします」


 天性の勘の良さから、微妙に視線を外すヒナを訝ってくる。


「あ、ははは…子供じゃ、ないんだからさ、あたしだって約束くらい守りますよ~。ちょっとは考えて行動するから、安心して!」


 それでも、必殺笑ごまっ!っと、ヒナは無茶を押し通そうとして、


「…ちょっと…?」


 ディールの揚げ足取りに、更に深みにはまるのだった。

 今更しまったと、うっかり滑った口を押さえたって、後の祭り。疑いを確信に変えた彼は、深い深い吐息と共に、ヒナに諦めの視線を投げかける。


「首に縄を付けるしかないですね」


 心配ですし、と。幽鬼のような顔で言われて、頷けるはずがない。ヒナは自由をこよなく愛しているのだ。


「だって…っ!人が死ぬの見るのはイヤだし、ディールが傷つくのはもっとイヤなんだもん!!」


 本音を語れば彼の気持ちも和らぐはずだと、大いなる打算をこめて上目遣いで膨れてみせると、反応は予想以上に良かった。剣呑に光っていた瞳が柔らかさを取り戻し、引きつり気味だった頬も自然と緩んでいる。


「ヒナ…」


 髪を梳いてくれる指の優しい動きに、勝利を確信しない人間がいるだろうか。機嫌を取ることに成功したと、気が緩むに決まっている。

 当然ヒナも、ご多分に漏れなかった。


「私はね、あなたの暖かな心根が大好きです。とても大切に思っているんですよ?例え計算ずくの言葉を吐く、手に負えない人だとわかっても」


 だからこそ、最後の一言に呼応してぎりりと身を縛る術が強くなったことに驚愕した。

 軋みをあげる骨と、無謀な行動によって負った打撲が痛んで、涙が滲む拷問で。


「い、いひゃい!ディールしゃん、いひゃいです~」

「そうでしょうね。わざとやってますから」


 舌っ足らずな口調も、潤んだ瞳の訴えも全く通じなかった。どころか微笑むその人は、いらぬ迫力を増すばかり。


「私の言うことを聞きますね?言いつけは決して破りませんね?」

「うん、うん、守る。守るから、やめて!」

「…真面目に聞いてますか?」


 痛みから解放されたいばっかりに、おざなりな返事をしたのは危険行為だ。言葉に真が足りなければ、ディールはあっさり見抜いてしまう。で、恨みがましく睨まれて、なおいっそう強くなる戒めに悲鳴を上げると。

 なんて悪循環。


「ごめんなさい~、絶対言いつけを破らないって誓うから、助けて!!」

「はい、約束ですよ」


 差し出された小指に、スルリと指を絡めた。

 いつの間に体が自由になったのか考えることもせず、日本では当たり前な約束の仕草に泣きながら約束を…。


「ヒナっ!!」

「およしっ!!」


 何故、殿下と魔女は叫んでいるのだろう。たかが指切りげんまんに、なんの危険があるというのか。

 ことここに至って、やっと彼女の思考はあらゆる警告に耳を貸す気になったらしい。

 例えば周囲の制止とか、例えば本能の悲鳴とか。


「えっ?!なに、なにぃっ!」


 だが、全ては遅かった。

 僅かな熱と共に小指に描かれる真っ赤な輪は、ピンキーリングのようにヒナの、そして相対するディールの小指にも現れ、ゆっくり離れた間を糸状の魔力が繋いでいく。

 まるで一昔前にあったという笑い話…いや、運命の赤い糸?


「隷属の糸、というのです」

「レイゾク?」


 嬉しそうなディールに問うのは恐ろしくて、諦めに頭を抱えたラダーを振り返った。

 その様子を見るだに、知らない言葉は知らないままの方が幸せな気がするのは何故だろう?


「強制的な主従関係、だよ。お前さんはもう、ディールの言うことに逆らえない」

「そいつが術を解かない限り、一生な」


 途中で言葉を引き取ったヘリオの声が、ご愁傷様と聞こえたのは幻聴じゃない気がする。

 二人とも心の底からヒナの愚かさを嘆き、そして未来を憂いていた。


「ディ、ディール…?」


(まさか、そんな恐ろしい術を、本気で?)


 信じたくないヒナだったが、現実は残酷だ。彼はラダーとヘリオの言ったことを否定しなかったばかりか、怖々問いかけた彼女に柔らかく微笑むと、


「さあ、私の腕の中へ」


 残酷に初めての『命令』を下してきたのだから。

 広げられたその場所へ、意志もへったくれもなく飛び込む自分というのは、明らかにおかしい。体が一瞬、自由をなくしてしまうのだ。


「ひ、ひどいっ!!こんなことして何が楽しいの?!」


 操られるのが好きな人間など、そういるものではない。もちろんヒナも現状が大いに不服で、ディールにやんわり拘束されながら、力の限り抗議する。

 けれど彼はサラリとそれを流し聞き、小さな子に諭すような口調で彼女に言い含めた。


「緊急時にしか使いませんよ。今のはどんな状態になるか実証してみただけですから、安心して下さい。普段は決して命じないと誓います。ね、ヒナが言うより真実味があるとでしょう?」


 そうかも知れない。ディールは彼女と違い、約束を違えることはないだろう。

 でも、だからといって納得できるものではない。


「ちょっとは信用してよっ!」


 声を張り上げ自己主張したヒナは、


「無理ですね」

「無理だろう」

「無理だな」


 直後にきっぱり言い切られ、己の評価の低さにしばらく立ち直れなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ