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28 倫理と魔術

「ヒナ、大丈夫ですか?」


 気遣う声音で至近距離、覗き込んだディールの美貌に、にヒナは現実に帰ってきてしまったのだと知る。

 何がなんだかよくわからないままに、厄介ごとだけを押しつけられた気がするのだが、あれが夢であったならと怖々掲げた左手の甲には鮮やかな大輪の花が咲いていて、もう溜息を吐くしかない。


「…ビエングローザ…」


 だが、肩を落とすヒナをよそに、その青を認めた三人の表情は暗かった。

 まるで不吉なものでも見たかのように、眉を顰め一様に黙り込む。


「ビエ…ってなに?なんで急に様子がおかしくなるの」


 ただでさえ望まぬ力を手に入れて余計な重荷を背負ったばかりだというのに、雁首並べて難しい顔をされたのでは更に暗雲が立ちこめてしまうではないかと、ヒナは膨れるのだが、なにごとが囁き合う彼らは一向に説明をしてくれない。

 それでもきつく睨み続けていると、卑怯な面々に目線で促された憐れな殿下が、しぶしぶ重い口を開いた。


「ビエングローザ、別名『狂気の華』と呼ばれるそいつは、花びらを数枚食むだけで狂戦士 (バーサーカー)になれるが、その後二度と正気には戻れない。我が国ガスパでは栽培さえ禁じられている花だ」

「バーサーカー?それ何?」


 耳慣れない言葉に首を傾げると、


「死ぬまで止まらない戦士だ。人を殺すことしかできない、感情が壊れた、な」


 苦々しく吐き出された言葉尻から、アリアンサがヒナに咲かせた青が不吉かつ危険なものであることはわかった。

 彼等が表情を曇らせたのは、彼女の肌にそれが突然現れたからなのだろう。


「おまえさん、気を失ってた僅かの間に、何があった?」


 厳しい顔で問うラダーが心配するのは、この花が一体どんな意味でヒナに咲いたのかということだ。もしやファウラに何か仕掛けられたのかと、案じているのがよくわかる。


「アリアンサに、会ってた」


 だから、大丈夫だと笑う。

 ディールに支えられて座りながら、気にしてくれた三人ときちんと視線を合わせて、異常のないことを確かめてもらいながら、そっと青い花を撫でる。


「これね、アリアンサに貰ったの。あたしだけに使える魔法、なんだって」


 誰もが忌む花に秘められた、魔術。それだけで誰もが察することができる。

 セジューが消えたこのタイミングで、人体錬成を教えて貰えなかったと吐き捨てたファウラに押しつけられた難題を解くのは、解けるのは…。


「もしや…それは、命の魔術を刻んだ紋章では…」

「うん、そう」


 さらりと返答するが、周囲は凍り付いた。誰も二の句が繋げずに、呆然とヒナを見詰めている。


「あたし断ったのに、それじゃあセジュー助けられないとか脅すし、挙げ句に『貴女は、間違った使い方なんてしないわ』とかお気軽に言っちゃって、セジューまで大丈夫とか無責任に煽ってさ」

「いえ、あの、断ったって…」

「え?断っちゃまずかった?だって危ない術じゃない、あれ」

「ああ、危ないから断ったのは正しい。正しいが、同じ魔術師とすると、だねぇ…」

「なに?ラダー知りたかったの、この術?でもだめだよ。あたしにしか使えない特別製だって、アリアンサ言ってたもん」

「いいんだ、それで。そんな危険なものはおいそれと世に出ちゃいかん」

「でしょでしょ。ヘリオってばたまにはいいこと言うじゃん」


 あっけらかんと笑うが、『夜の娘』であるというだけで充分厄介な存在だったヒナは、この世で最も貴重で最も危険な術まで手に入れてしまったと、要はそういうことを皆は心配しているのだ。

 彼等の背を冷たい汗が流れ落ちていった。先行きが不安すぎて。

 この脳天気で不用心でお人好しな娘が、世にも希なる力を宿していると方々に知れたら一体どうなるか。


「…あのね、その力のせいでこの先死ぬほどの目に合うとは思わないかね?」

「え?そんなのめちゃめちゃ思うよ」


 ズキズキ痛むこめかみを押さえ、きっとわかっちゃいないだろうと確信を持ってラダーは尋ねたと言うのに、少女は更に笑みを深くする。


「この花があるとね、アリアンサが使えた術は全部使えるんだって」


 ヒナが掲げたそこに咲く、禍々しい花が諸悪。


「死にかけでお金死ぬほど持ってるとか、めちゃめちゃ偉いとか、権力あるとか、そんな人があたしのこと知っちゃったら、ヤバイよね」


 実際はその程度で済まないのではないかと、事実、それら全てを持つヘリオは顔を顰めた。

 従順に従えば軟禁状態で一生飼い殺され、抵抗すれば鎖に繋がれ監禁される、そんな事態になりかねない。


「お前の認識は、甘いと思うが」

「かもね。基本、平和ボケだし」


 けれど厳しいヘリオの表情とは真逆に、ヒナの表情は明るかった。何か状況を打開する策でもあるのかと、聞きたくなるほどに、陰りがない。


「でも、大丈夫。あたし一人じゃないんだもん。みんなが助けてくれるんだもん」


 そう、それこそが彼女の強み。

 ディールもラダーもヘリオも、彼等は自分の味方で仲間だから大丈夫だという、絶対の信頼があるからヒナは笑っていられるのだ。

 ねっと同意を求めれば、苦笑ながら返ってくるのは同意の笑みで。


「さっきまではどうしようかってちょっと不安だったけど、話してる内に安心しちゃった。みんなあたしの心配してくれるし、それってこんな迷惑にしかなりそうもないもの貰っちゃってもまだ、見捨てないでいてくれるってことでしょ?」

「しかたないね」


 にやりとラダーが。


「今更放り出すわけにもいくまい」


 髪をかき混ぜたヘリオが。


「何があってもお護りします」


 変わらずディールが。

 誰もが味方でいてくれるから、無茶ができるとヒナは笑った。


「よーし、それじゃ張り切って、セジュー助けちゃおうかな」

「その辺は反対です」


 しかし、直ぐさま水は差される。

 やはりと言おうか予想通りと言おうか、穏やかな表情を浮かべたままディールが否を唱えたのだ。


「別段、消え失せて困る男でもありませんし、どうでしょう?このまま捨て置いては」


 すっぱり言い切るが、それではこの花に意味が無くなるとヒナは顔を引きつらせた。


「や、あの、折角魔法も貰ったんだから、助けてあげようよ」

「頂いた魔術は貴重ですが、他にもその力を必要としている方はいらっしゃるのですよ。わざわざ自分を殺そうとした相手に行使してやる義理はないでしょう」

「わかるけどね、でもほら、取りあえず実験ってことでやってみたくない?人間製造」


 殊更明るく言って掌を開き、夜色のセジューの魂を見せたのは大失敗だったと悟った時には遅かった。

 背後にゆらりと陽炎を纏い、静かに顔を上げたディールはヒナに冷や汗を流させる恐ろしさで、じっとり重い怒りをため込んでいる。


「実験…?随分余裕がおありなのですね、世紀の魔術を手に入れられた魔女殿は」

「え、え?あ、そんなつもりは、全然全く…」

「おありでしょう?」


 狼狽えることさえ許さない断定口調は逃げ道のない彼女を追いつめて、救いを求めた先の二人もそっと目を逸らすばかりなのだ。

 どうやらヒナが苦し紛れ発した浮ついた発言が、皆の怒りの琴線に触れてしまったらしい。

 そうではない、命をそんな風に軽くみたことはないと必死に心の中で訴えても、彼女の気持ちが届くはずもなく。


「人間を創るなどと、どれほどの傲りが軽々しく口にさせるのです」

「いえ、あの、その辺はすんごく理解してるから!これでもない頭使っていっぱい考えたんだよ?ホントだよ?」

「あの短時間にですか?」


 体感的には短かったかも知れないが、ヒナにしたら充実した時間だったと言ってもきっと信じてはもらえないだろう。

 真剣に倫理を説こうとするディールに覚悟して、彼女は自分で決めたルールを話すしかないと決めた。ちゃんと考えたと、自分なりに答えを出したから使うんだと納得させてみせようと。


「一度だけ、だよ。そりゃ生きていけば魔法を使いたい瞬間は何度も訪れるだろうけど、人間を創るのは今日一度だけ」


 だってね、とラダーを意味ありげに見てヒナは微笑む。


「大好きな人は当然あたしより年上で、当然先に死んじゃうでしょ?それをいちいち生き返らせていたらきりがないもん。自然の流れはそのまま受け入れる覚悟をしてるよ」


 だからこれ一度きり。

 仄かな熱を放つ欠片を抱きしめて宣言する彼女は、人では生まれられなかった彼だから助けるのだと言外に伝えた。

 その覚悟は、想いは、ちゃんと皆に伝わって、ヒナがふざけ半分で命を弄ぼうとしているのでないとわかってくれた彼等はやっと緊張を解く。


「…それなりに考えてるんだな、お前でも」


 失礼なヘリオはともかく、大好きな人達に誤解されたままにならなくてよかったと、胸を撫で下ろしたヒナなのだった。


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