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15 幼稚な仕返し

 三者三様疑問を胸に、一同に会して正体不明の存在と対峙する。

 といっても騒動を起こそうというわけではない。数刻前の一件を考えると、寧ろ礼を言わねばならない彼等は、突然降って湧いた味方に尽きない興味があるだけだ。

 透ける、浮遊する体を見れば生者でないと知れ、ダラリと弛緩した体をディールに任せているヒナの尋常でない様子から、この女性と少女との間に某かのやり取りがあったのではないかと推察はされる。

 だがしかし、確かなことはわからない。直接確認してみるまでは、真実など闇の中だ。


「…なにがあったのか訊ねるよりも、お前さんの正体を聞いた方がいいのかね?」


 楽しげに困惑する3人を眺めてる女に、ラダーは取り敢えず問うてみた。

 望む返事が返れば良し、上手くはぐらかされたらさて、どうしたものか。


『そうね、そこから入った方が分かり易いと思うわよ』


 心配は霧散した。

 存外陽気で人懐こいのか、彼女はラダーに近づくと華麗に一礼して見せて、微笑む。

 美しいその姿は異性に対してさして興味を持たないヘリオにさえ、生きていたらさぞかし…と思わせたほどで、彼等も例外なく魅了され一時言葉を失った。


『私はアリアンサ。千年前の魔術師で、今は彼女を守護しているの』


 驚くという状態は、誰しも超越しているようだった。

 千年と言えば丁度、夜が失われた時代。予言に残された『夜の娘』に魔女の護衛がついているとはどの文献も書いてはいなかったが、事実彼女はここにいる。それも強大な力を擁しているのだから、このまま味方になってくれるというならありがたい限りだ。


「それでは…」

「ヒナを守護すると仰いましたか。では、彼女がこの姿であるのもあなたの守護の賜だと?」


 だがしかし、ディールがアリアンサに対して抱いた感情は二人とは違う。

 協力の有無を問おうとしたヘリオに被せて声を上げた彼は、腕の中の少女を示して思い切り顔を顰めていた。

 そこには、見開いた瞳から止めどなく涙を流し続ける、最愛の人。

 どこまでも果てしなくヒナ至上主義のディールは、己がアリアンサに助けられたことなどすっかり棚に上げて、とにもかくにも哀れな姿の彼女をどうにかして欲しかったのだ。

 何はさておきそれが優先なんだと、睨み付けてくるヘリオとラダーを無視してズイッとヒナを差し上げる。


『ふふ、恐い顔ね。貴方にも、そんな顔をさせる女の子ができたのは、いいことだわ』

「…初対面ですと先程も申し上げました。なのにあなたは、私を知っているかのような口ぶりだ」

『知っているのよ。正確には、今の貴方では、ないけれど。よく、知っているわ』


 一瞬自嘲の笑みを覗かせて、アリアンサにはまたもそれ以上に答える気は無くて、物言いたげなディールを尻目にヒナの目蓋に手をかざし、淡い光と共に力を注ぐと仕草で涙を拭うよう示す。


『ヒナちゃんは瞬きができなかったせいで、こうなっちゃたの。悲しくて泣いているんじゃないわ』

「………は?」


 呆れるほど過保護なディールが魔女の言葉を飲み下せないでいる僅かな間、アリアンサとヒナの間では、事実を裏付けるようにこんな会話が成されていた。


『はぁ、やっと人心地ついた。全く、目が開いてたって瞬きできないんだから意味無いじゃん!』

『ごめんなさいね、そこまで気が回らなかったの。もう平気でしょ?』

『平気だけど~このままだと、またなるんでしょ』

『大丈夫よ、それまでにはヒナちゃんに体を返すから』

『え~みんなの説明に答えなきゃいけないのに、そんな早く交代できるの?』

『答えなければ早いわよ』

『えっ!そ、それはないんじゃ…』


「千年前というと、闇が消えたあの日に、裁かれた魔術師か?」


 と、内なる世界で交わされた会話は途切れる。

 ヘリオの問いかけに現実へと引き戻されたアリアンサは首を振って、一握りの真実を与えるべく、三人に視線を巡らせた。


『あの日に体は手放したけれど、私は裁かれたわけではないわ。ヒナちゃんにも言ったのだけれどね、口伝なんかを信じてはダメよ?』

「ではあなたは何者なのです。ヒナを守護するのはなぜ?我々を助ける訳は?」

『…誰かに聞いた話を鵜呑みにしてはいけない。一人の人間が語る事実は、真実の断片でしかないのよ』


 ゆらりと実体無き姿が歪み、頼りなくアリアンサが揺らいだ。


『あの日起きた全ては、誰にとっても不幸で、誰の望みも叶えていなかった。失われたものばかりで…でも、誰もが誰かのためを思って、力を奮ったの。どうか、あなた達の目で真実を見極めてちょうだい』


 煙のような存在はもう、引き留めることも叶わぬほど薄れ姿さえ判然としないけれど、そんな曖昧な言葉だけを残して消えられてなるものかと、ヘリオは必死に食い下がる。


「バカを言うな!千年も前の人間、痕跡を辿ることもできんぞ!なのにどうやって真実とやらを調べられるんだ!」


 憤然と怒鳴りつけた声は、虚空に吸い込まれ消えた。

 しかし、無駄だとわかっていてもなお、ヘリオは中空に叫ばずにおれなかった。

 手がかり云々などという生やさしい話ではない。確かな書物もほとんど無く、口伝でさえいつ事実がすり替わったのか見当もつかない現状で、現場にいた幽霊に現存する歴史を否定されたのだ。

 挙げ句、自分たちの目で真実を見極めろとは、無茶を言う。過去に戻る術もないというのに、どうやれと言うのだ!

 口にこそしなかったがラダーもディールも心中は一緒で、だから虚しい行いで苛立ちを発散させる殿下を止める気は毛頭なかった。

 …と言うより、ある種の脱力感に苛まれ、他人を気遣う余裕がないのが本音だ。


「…たた…もう、無責任なんだからさ…」


 だからヒナが眠りから覚めても、さしたる注意は払われない。

 唯一、頭のてっぺんにキスを落としてくれたディールが、己のことより彼女を優先する貴重な存在なのだと言えよう。今、この場所では。


「…おかえりなさい、ヒナ。無事で、本当に良かった」


 弱々しくも、心底喜びを表す彼の笑顔に、ヒナの心の壁が期せずしてぽろりと一枚壊れ去る。

 警戒心とか親愛の情をを少しだけ越えて、それは恋愛に爪先を滑らせた貴重な瞬間であったから、彼女は淡い思いを表現するためディールの頬に可愛らしいキスを返した。


「ただいま。…守ってくれてありがとう」


 似合わないことをしてしまったと頬を染める少女を愛しげに見つめ、今一度髪に口づけたディールは囁く。


「あなたの楯になるために、私はいるのです。礼など必要ありませんよ」


 そして、しばし絡めた視線だけで言葉を交わせば、見物人から漏れるのは呆れ果てた吐息だ。

 この非常時にとか、問題は山積みだぞとか、薄情なもので次から次へと出てくる出てくる。


「…ちょっと、全然動かなかったあたしの心配はなし?」


 あんまりな言い様に、ヒナはむっと唇を尖らせた。


「ディールが騒いでなかったからね、大丈夫なんだと踏んだんだ」


 悪びれないラダーの様子には、初めからヒナを気にしていた素振りもない。

 それよりも気になるのは、アリアンサの残した中途半端な手がかりの方であるようで、眉を寄せた彼女はあっという間に思考の海へと沈んでしまった。


「うっわ~薄情」

「ああ、うん、そうだな…」


 ヒナと話しているのがわかっているのかすらも怪しい、遠くに意識を飛ばしてしまっているヘリオなど論外だ。

 結局、二人は自分などちっとも気にかけていないんだと結論づけた彼女は、いいもん、とむくれながら唯一の味方ディールの顔を引き寄せてそっと秘密を打ち明ける。


「アリアンサがね、入れ替わる時手がかりをくれたの。ホントの歴史はこれを辿ればわかるわよって言われたけど、なんか教えたくない」


 子供のような拗ね方をするヒナを、だが窘めることないディールは微笑んで木陰へ移動すると、少女を外套の内にしまい込んだ。


「しばらく放っておきましょう。かの魔女の仰る通り、答えは自分で探るもの。せっかくやる気になっている方々を邪魔するのは無粋というものです」


 したり顔で微笑む彼は、恐ろしく狡猾で恐ろしく強かに見えるというのに、ヒナはそれがなんだか楽しくてくすくす笑うとぎゅっと外套に巻き付いた。


「そう…そうだね。でも、待ってる間あたし達はどうするの?」

「お忘れですか?今は真夜中。眠る時間ですよ」


 そうして、稚拙な恋を楽しむ男女が眠りに落ちてもなお、ラダーとヘリオは思考の迷路で遠き答えを追っていた。

 彼等が己の行いの無駄を悟るまで、後数時間---。



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