第一章10
「ん・・・朝か」
パッと目が覚めた俺は、視線だけで周囲を見回し、カプセル型のベッドで寝てることを確認すると身体を起こす。
「あれ? これってどうやって出るんだ?」
だが、昨日寝る直前にミトが操作したため、カプセルが閉まったままになっており、このままだとカプセルから出ることができない。枕元の横に何かのコンソールが付いているが、正直変なの押すと何が起きるかわからないので下手に触れないな。ふははー、残念だったな勇者よ、貴様は一生ここから出られない! な、なんだってー!
「おはようございます、ヒトシ様」
「お、おう、おはよう。あー、それで、どれを押したらここから出られるのかな?」
「はい、こちらからでも開けられますが、そちらの一番大きな出っ張りに触れてくだされば開きますよ」
「了解」
なんとなく、以前に前の世界で魔王の手先の罠にはまったことを思い出したが、ミトがすぐにカプセルの開け方を教えてくれたので、あっさりと出られた。
「御加減はいかがですか?」
「んー、なんだか寝た気がしないけど、疲れは取れてるみたいだな」
ベッドの機能なのか、ベッドに入った途端に寝てしまい、寝起きも即すっきり状態になっている。元々寝起きが悪いほうじゃないが、なんとなくこう・・・まどろみを感じつつベッドでゴロゴロする時間が無いと寝た気がしないのは俺だけだろうか。これじゃ、二度寝とか後五分とかできないじゃないか!
「まぁいいか、とりあえず朝飯にするか?」
「はい、お食事はどちらで致しましょう?」
「じゃあ、ここで。メニューは適当にミトが頼んでもらえるか?」
「承知いたしました、ではトースト、オムレツ、ソーセージ、サラダ、スープ・・・お飲み物はどういたしますか?」
「あるならミルクで。あ、一緒に食いたいし、ちゃんとミトの分も頼んどけよ」
「はい、ミルクですね。えっと・・・やっぱり一緒に食べるのですね」
昨日の夕食のこともあるし、忘れずにミトも一緒に食べることを伝えておく。それにミトは困ったような表情を浮かべた。
「嫌か?」
「嫌なんてとんでもない! でも、アンドロイドとして・・・」
「俺がミトと食べたい。過剰にミトを優先したりするのは気をつけるが、これは俺が誰かと一緒に食べたいから頼んでるんだ。それでもダメか?」
「う・・・わかりました、ありがとうございます!」
「だから、これは俺のわがままなんだって」
何故か礼を言ってくるミトに、俺は苦笑を浮かべて肩を竦める。ミトを人間扱いするのも、女の子扱いするのも、全部俺のわがまま、自己満足でしかないのだ。
その後、俺とミトは朝食を取って荷物の整理をしたあとに、ホテルをチェックアウトした。朝食は現代日本のホテルとさほど変わらなかったし、食文化はさほど違いが無いのかもしれない。
「さて、朝飯のときも言ったが、今日はまず最初に服を買おうと思う。その後、また役所へ行って色々聞いたあとに、どうするか決めよう」
さてとりあえず、この世界に合った衣服を手に入れないといけないな。俺の服は、前の世界で来ていた中世ヨーロッパ風の服装だし、ミトも俺が渡した男物の服を着ている。正直、周りの人間から浮いて見えるどころか異質だ。役所でも一発でサクセサーに思われたし、周りの視線もけっこう痛い。早急に衣服を取り揃えて、この世界に溶け込まないといけないと思う。
「はい、わかりました~。衣類を取り扱っているお店を、いくつかピックアップしておきましたが、店舗まで行かれますか?」
「ん? 店舗まで行くってどういう意味だ? 服を買うなら店まで行くだろ?」
「いえ、直接向かわれなくても、IDツールを使えばその場で購入できて配達も行ってくれますが」
「通販みたいなものか・・・でも配達ってどこにさ」
「通販? あ、そうですね! まだ定住先が決まってないですし、配達できませんね~」
相変わらず、どこか抜けたことを言うミトに苦笑しつつ、手の甲に埋められているというIDにアクセスしてみる。どうやら、これでも買い物ができるようだ。身分証明だけでなく、電子マネー、メール、ネット通販etc・・・現代の携帯電話をより高性能にしたようなものなんだろう。
「とりあえず、この文明社会に合った服装をできればいいから、安くてそれなりに品揃えがある店ならどこでもいいぞ」
「わかりました、ではご案内しますね」
ひとまずアクセスを閉じた俺は、ミトのピックアップした店へと向かうことにする。まぁ正直、IDを使うよりミトに任せたほうが楽だしな。とはいえ、この世界に慣れるためにもミトに頼りっきりってのもまずいよなぁ。
「ここが、この辺りでは品揃えも豊富でお値段もそこそこの人気店のようですね~」
「え!? ここって服屋なのか?」
そんなこんなで、ミトの案内のもとに服屋へと向かった俺だが。立ち並ぶビル群の中、通りに面した店に入った俺は、その店の様子に驚きの声をあげる。たどり着いた場所は、俺の想像していた店とは違うものだった。
「服も何も置いてないじゃないか?」
「?」
俺の指摘に不思議そうに首を傾げるミト。その店には、服など置いていなかった。いや、それどころか売り物となるものは何一つ無かった。では、何があるかといえば、店中にはいくつもの半透明なモニターが宙に浮いている。
「あ、ご説明するのを忘れてました! 一般的なお店には、商品の実物は置かれていないのです」
「え? どういうこと?」
「お店の機械にアクセスすると、取り扱っている商品が表示されるので、それを選んでお会計を済ませれば商品が渡される仕組みになっています」
「はぁ・・・」
ミトの説明を聞いて、俺はポカーンと口を開けて呆けてしまった。どうやら、この世界のデータで商品を選んでもらって、会計後に実物を渡されるようだ。って、それ通販と変わらないじゃん! たぶん在庫管理とか色々な手間を無くして、コストを減らそうってことなんだろうけど・・・。わざわざ店まで来て、実物を手に取れないとか、小売業としてそれはいいのか?
「あー、うん、なんとなくわかった。それが一般的ならしかたないよな・・・」
「そうですね、よほどの高級店で無い限り、商品の実物を展示しているところは無いと思いますよ」
「そうか・・・まぁいいや、それでどうやって買えばいいんだ?」
「それは」
「お客様、何かお困りでしょうか?」
「ああ、こういった店で買い物するのは初めてで、どうやって買ったらいいかわからないんだけど」
「それでしたら、ご説明いたしますのでどうぞこちらへ」
とりあえず、ミトに買い物の仕方を聞こうとしたところ、店の店員であろうアンドロイドの女性が声を掛けてきた。俺が素直に買い方がわからないと答えたところ、店員は丁寧に機械の使い方を教えてくれた。
「そして、こちらでお選びになられたデータは、あちらの試着室にて実際にお身体に投影してみて、着たときの様子を確認することができます。それでご満足いただけましたら、カウンターにてお会計いただいたあとに商品をお渡しいたします」
「な、なんとなくはわかったかな・・・」
「では、また何かお困りなことや、ご不明なことがありましたらいつでもお呼びください」
「ああ、ありがとう」
説明を終えた店員は綺麗なお辞儀を残して離れていく。うーん、実にしっかりとした接客だったな。
「あうう、せっかく私がご説明しようと思ったのに・・・」
「なにぼやいてるんだ? とりあえず、やってみようぜ。ミトも好きな服選んでみてくれ」
「いえ、私はヒトシ様にいただいたこの服で十分ですので」
「はぁ? それ、男物だぞ? それに、ここじゃ粗末な服扱いだろ?」
「そんなことありません! それにヒトシ様にいただいたものですし・・・」
はぁ、まったくコイツは、またアンドロイドがどうのこうのと言いたいのだろうか?
「女の子がそんな格好じゃもったいないだろ? それに、俺としてももっと着飾って欲しいし・・・」
「ヒトシ様のためですか・・・?」
「んー、まぁそうだな。俺のためにちゃんとした服を着て欲しい」
「それでしたら・・・どうか私の服もヒトシ様が選んでください」
「え・・・、俺は服のセンスとかさっぱりだぞ? ましてや女の子の服なんて・・・」
「ヒトシ様が選んでくれた服なら、どんな服でも喜んで着させていただきます!」
「はぁ、わかったよ、それじゃ選ぶからちょっと待っててくれ」
「はい!」
困った顔から一転して嬉しそうに笑うミトに、逆に俺は困ったようにため息をついて、先ほど説明された通りに機械のパネルに触れる。すると、目の前に小型の自分をモデルにした立体映像が映し出され、そこに様々な服を着せ替えることができるようだ。実際にやってみると、なんとなくゲームのアバター作成みたいでちょっと楽しいかも・・・。
「まぁ、これでいいか」
それから数十分後、完成したアバター、もとい購入する服を決定した。結局、服選びのセンスがまったく無い俺は、無難に店のお勧めから適当な服を選ぶことになる。衣服については、現代日本とさほど変化が無いことは町の住民の様子からなんとなくわかっていた。何故か、メイド服やらナース服やらもあって、ちょっと心惹かれるものがあったが、今回はスルーすることに。
「お決まりですか?」
「お、おう、待たせて悪かったな」
「いえいえ、ヒトシ様が満足されるまでいくらでもお待ちしますよ~」
後ろで控えていたミトに、待たせすぎたことを謝罪するが、ミトは気にした様子もなく笑みを浮かべる。
「そ、それじゃあ、試着してみるか! 店員さん、試着室使います」
「はい、どうぞ。使い方はお分かりになられますか?」
「いや・・・ミトは知ってるか?」
「はい! ちゃんとお教えできますよ~」
「それじゃ大丈夫です」
「はい、承知いたしました。どうぞ、あちらの試着室をお使いください」
店員に案内された試着室へと向かった俺は、ミトに試着室の使い方を教えてもらう。試着室は人一人が入れるぐらいの円筒形の個室で、全体を透明な布のような膜で囲ってあり、中に入るとその膜で外から中は見えなくするようだ。中に入ると透明だった膜が全面鏡張りになり、コンソールパネルのようなものが映し出される。どうやら、試着室とは選んだ服を実際に身体に投影して見せることができる場所のようで、さきほど選んだデータを選択すると自分の身体にその服が映し出された。
「おお! 本当に服が変わった! あ、でも、さすがに触れることはできないみたいだな」
試しに、自分用に選んだ服を投影してみると、たしかに今まで来ていた服ではなく、新しく選んだ服に見た目が変化していた。だが触ろうとしても、あくまで映像なので触ることはできないようだ。
「とてもお似合いですよヒトシ様」
「そうか、ありがとう」
俺の服は、無難に紺のワイシャツに薄灰色のジャケット、黒のスラックスといった感じだ。センスの無い俺は、あまり奇抜なファッションもできないし、ミトの褒め言葉もお世辞として受け取っておく。
「よし、俺はこれでいいだろう。次はミトの番な」
「わ、私ですか・・・」
試着室から出た俺は、次にミトに入るように促す。ミトは何故か緊張したような面持ちで、試着室へと入っていく。ちなみに、服選びに費やした数十分のうち、俺の服を選んだ時間は5分程度、残りの時間はほとんどミトの服を選んでいた時間だ。といっても、結局は店のお勧めから選んだわけだが。
「あ、あの、ヒトシ様、いかがでしょうか?」
「おお!」
試着室の膜が再び透明になり、中に居るミトの姿を見えるようになる。ミトに選んだのは、清楚な雰囲気の可愛らしい水色のワンピースと、クリーム色のカーディガン。それを着たミトは、実にどこにでもいるような(?)美少女だった。首元に可愛らしいリボンの装飾が施されたワンピースは、スカート部分がふんわりと膝まで広がり、女の子らしさを引き出しており、カーディガンは細かく模様が浮き出るように縫われていて、やや寒い印象のある青髪をクリーム色で和らげている・・・と思う。
「ヒトシ様?」
「あ、すごく可愛いと思うぞ!」
「か、可愛いだなんて、そんな・・・ヒトシ様が選んでくださったモノですから良かったのですよ~」
ミトに感想を催促されたと思って、焦ってストレートに言ってしまった! いやしかし、可愛い以外に言葉が思いつかないのだから仕方ない。勇者の力も、服のセンスや女の子の褒め方までは強化してくれなかった。ともあれ、恥ずかしそうながらも嬉しそうに微笑んでいるようなので、良かったということにしよう。あと、選んだといっても、あくまでお勧め品の中からなので、センスの無い俺としては次はミト自身で選んでほしいものである。その後、同じような服を二着ほど追加で選んでおくことにした。
「それで、どうやったら買えるんだっけ?」
「あ、はい、このデータをあちらのカウンターに送って、お会計を済ませたあとに服の実物を渡してもらえます」
さて、服は選び終わったが、このままではまだ購入できていない。試着室から出てしまえば、もと着ていた服に戻ってしまうので、俺達はカウンターで会計を済ませることにした。
「お買い上げありがとうございます、では服をご用意いたしますので少々お待ちください」
会計を済ませると店員に少し待つように言われ奥へと向かい、5分ほどした後に戻ってきた。その手には、先ほど注文した服が持たれており、この服で間違いないか確認を行う。
「ここで着ていきたいのですが」
「はい、どうぞ。あちらの個室をご利用ください」
服を受け取った俺達は、着替え用の個室で先ほど最初に選んだ服に着替える。間違いなく先ほど試着室で投影された服装であり、材質はよくわからないがその着心地は十分悪く無いものだった。前着ていた服は、誰も見えない場所で亜空間に仕舞って置く。あとで忘れずに洗濯しておかないとな。
「そういえば、サイズがぴったりなんだけど、測りもせずによくちゃんとサイズを合わせられたなぁ」
「さきほど試着室で投影した際に、サイズなどを測ってありますので、身体に合うようになっているはずですよ~」
ふと、あつらえた様にぴったりの服に感心しながら呟く俺に、同じく着替え終わったミトが、さきほどの可愛らしい姿で微笑みながら、簡単に説明してくれる。
「なるほどな。でも、まるでオーダーメイドのようにぴったりの服なんて用意できるんだな」
「? もちろん、オーダーメイドですよ? この店の商品はすべてオーダーメイドのはずです」
「え? オーダーメイドって高いんじゃないのか? それに、頼んでから5分ほどしか立ってないし・・・」
「えっと、普通お店では注文を受けたあと店の機械にて商品を作り販売していますよ? ですので、服飾店の服は基本オーダーメイドなのです。服飾店に限らず、一般的なお店のほとんどは、注文後にその商品を製作販売を行っています」
「マジでか・・・」
なんか、店の奥には注文された商品を瞬時に作成できる機械が用意されているらしく、在庫を持つということが無いらしい。データを用意すれば、すぐに専用の化学繊維で服が織られ、出来立てほやほやの商品をお客に渡せるようだ。ファーストフードかよ・・・。材質も基本的に同じなので、わざわざ肌触りなどを確かめたりすることも無いようだ。
「じゃあ、手縫いの商品とかは無いのか?」
「そうですね、手縫いの衣服はかなり高級な嗜好品扱いで、一般の人が着ることはほとんどありません。ですので、ヒトシ様のお持ちの衣服は、大変珍しいものとなりますね」
「・・・」
うーん、現代日本でも手作り商品は高級品となりつつあったが、この世界ではそれが顕著のようだ。まぁ、機械でこれだけのものを瞬時に作れるなら、わざわざ手作りなんてしないよなぁ。俺は自分の服を軽くつまみながら、驚くやら呆れるやらといった気持ちで軽くため息をついた。
「まぁ、服も手に入ったし、また役所へ行ってこれからの事を相談してみようか」
「はい、わかりました」
その後、下着やらなんやらを買い足してから、俺達は再び昨日の役所へと向かうのだった。