第一章9
今回は、いわゆる閑話です。書き方も三人称になっておりますので、少し雰囲気が違うかもしれません。それと非常に短くてすいません(汗)。
「ふぅ、さっぱりした」
一糸纏わぬ姿で自宅のシャワー室から出た女性は、肩にかかる長さの髪を手で梳きながら、冷蔵庫を開けてゼリー飲料を取り出してはキャップを取り口に銜えた。彼女の名前はフェーレ・コンシリア、この始まりの都市プリンキピウムの役所で働く公務員である。
「今日も一日おつかれさまー」
誰も居ない部屋で一人呟くフェーレ。一人暮らしも長いため、普段から独り言が多い。彼女は仕事が終わり自宅へ着くと、まずシャワーを浴びるのが日課になっている。そして、夕食の替わりのゼリー飲料を飲むのだ。ゼリー飲料には一日に必要な栄養素がすべて含まれており、味の種類も豊富なため彼女のお気に入りのようである。
「さて、今日もはじめるとしますか」
数十秒で夕食を終え、その身に薄いローブを纏ったフェーレは、座り心地の良い椅子に腰を下ろすと壁に向かって立て掛けられたテーブルへと視線を向けた。クリーム色の壁には特に何があるわけではなく、テーブルの上にはカチューシャのように頭に被るアクセサリーのようなものが一つ。フェーレは手馴れた様子でそのカチューシャを頭に付けると、何かを操作するように右手の甲を左手でなぞった。そのカチューシャのようなものには、一つのコードのようなものが伸びていて、部屋に備え付けられた大きな箱のようなものに繋がっていた。そして、その箱のようなものはいくつも並び立っており、部屋の半分以上を占めていた。もし彼女の部屋に誰かが訪れたとしたら、あまりに女性らしからぬ、それどころか人の住む部屋と思えぬ様子に驚き呆れるだろう。だが、フェーレはそんなことは気にしていない。いや、気にしてはいるのだが、自分にとってこの部屋がこうである必要があるのだから仕方ないと思っていた。
「アクセス・・・」
フェーレが呟くと右手の甲が淡く光り、目の前にモニターが現れる。モニターにはいくつものアイコンが表示されおり、現代社会で言えばパソコンを起動している様子に酷似していた。それは間違いではなく、この世界でのパソコンと呼べるものなのだ。
「さて、今日も面白いネタはあるかしらね」
フェーレは手馴れた様子でキーボードを叩くように、何も無いはずのテーブルを叩くと、それに合わせてモニターに映る画面は変化していき、様々な情報がモニターの中を飛び交っていく。モニターに映る情報は本当に様々で、どこかの誰かのその日合った出来事を綴った日記であったり、ある企業の開発中の新製品であったり、かの有名な作家の未発表作品であったりする。そしてその共通点として、一般公開されていない内部情報であるということだ。
「ん~、今日はいまひとつねぇ」
フェーレは忙しなく動かしていた手を止め、少しつまらなそうに呟いた。あまりの速さに、常人では読むのも難しい画面に流れる情報を、フェーレは大まかにではあるが内容を確認できている。しかしそこには、彼女を楽しませる情報は無かったようである。
フェーレ・コンシリア、この始まりの都市プリンキピウムの役所で働く公務員である。そして、ただ自分の好奇心を満たすためだけに、世界中のあらゆる秘匿情報を暴く凄腕のハッカーであった。部屋に置かれている箱は、それらの情報を得るために必要な機材なのである。
「そうだ、今日窓口に来たあのサクセサーについて調べてみようかしら」
思いついたら即実行、彼女は新しいおもちゃを手に入れた子供のように目を輝かせて、今日出会った怪しげなサクセサーについての情報を集めだす。だが、しばらく様々な情報を漁ってみたが、目的のサクセサーについての情報はほとんど手に入らなかった。
「うーん、都市のゲートに入る直前までの足取りまでしかわからなかったわね。まったく、高級ホテルなんかに泊まっちゃって大丈夫なのかしらね? それにしても、都市の防御膜にぶつかって転ぶとか・・・ぷぷ!」
サクセサーの男の足取りを調べて、彼の間抜けな様子を確認してはこぼれる笑いを手で押さえるフェーレ。しかし、それだけで彼女の好奇心は満足させられない。
「保護区から出てきたばかりにしては、随分と文明社会に慣れてる様子なのよね。まぁ、かなり世間知らずな部分もあるけれど・・・。それにあのアンドロイド、ガラクタ置き場で拾ったって言ってたけど、あんな最新型の高性能アンドロイドが捨ててあるなんて普通ならありえないわ。そうだ、今度はあのアンドロイド方面から調べてみましょ」
ぶつぶつと独り言を呟きながらも、その手はすさまじい速度で動き、また目や耳、脳から発せられる電気信号からも情報を求めるよう動かし続ける。
「サンスタンド社製高性能アンドロイド・・・MIシリーズの10番目・・・はぁ!? 本気で無駄に高性能すぎるわねこれ!! 家事・実務・戦闘などありとあらゆる分野での最高クラスの性能・・・戦闘に関しては軍用アンドロイドにさえ引けを取らない・・・国家元首が秘書兼ボディーガードに使うレベルよね。現に一体所有してるらしいし・・・。現状10体しか製造されておらず、その所有者のほとんどが国の重要人物だったり、世界クラスの資産家だったりしてるのか。そして、十体目であるMI-10の購入者及び初期の所有者については、登録抹消済み。現在の所有者はヒトシ・アマチ・・・」
驚きとも呆れとも取れる声をあげて、フェーレは今日見たサクセサーの連れていたアンドロイドを思い出す。見た目は普通のアンドロイドとさほど変わりは無いように思えた、ただ感情表現が普通のアンドロイドよりも豊富のようにも感じられる。戦闘に関しては、所持していたDリソースから推察するに、スペック通りの戦闘能力があるようだ。家事や実務については、見ただけではわからない。ぱっと見はあまり優秀そうには見えなかったが。などと考えながらも、フェーレは次の情報を求めてとある場所にある記録媒体へと侵入する。
「ふふん、このフェーレ様の手にかかれば、登録抹消済みの情報だって手に入れることができるのよっと! どれどれ、あのアンドロイドの前の持ち主は・・・」
フェーレが自慢げに独り言を呟きながら、表示された情報を眺め見ると。
「・・・あー、うん、予想通りっちゃあ予想通りだけど・・・あんまり係わり合いにならないほうがいいかしらね?」
そこには、ある意味予想通りの持ち主についての情報が表示されており。フェーレはすぐにその情報を消して、テーブルに突っ伏す。
「たぶん明日も彼、うちに来るんだろうなぁ。うーん、教えたほうがいいのか、黙ってたほうがいいのか。でもせっかくの新しいオモチャが、すぐに無くなるのも面白くないしなぁ・・・」
フェーレはうんうんと唸るように悩みながら、そのまま眠りに落ちていくのであった。
フェーレさんは凄腕ハッカーだった、という話でした。それとヒトシ君はミトが一般的なアンドロイドだと思っていますが、実は世界的に見てもトップクラスの高性能アンドロイドだったりします。
余談ですが、MIシリーズの9番目は存在しません。正確には、0番目が存在し、9番目は欠番となっています。けっして、緑髪のツインテールな歌姫だったりはしませんよ!