第一章8
「まずは今日泊まる宿を探さないとな」
役所から出ると外はすでに夕暮れ。俺はとりあえず今日寝る場所を探そうと思ったのだが、知らない街どころか知らない世界のことなので、どこをどう探せばいいかもわからない。ここは、この世界の住人に聞くのが一番だよな。
「というわけでミト、どこかお勧めの宿知ってるか?」
「何がというわけなのかわからないのですが、すでに検索していくつかピックアップしておきました~」
「お、やるなミト!」
「はい!」
どうやらすでに聞いてくることは予測済みだったらしく、ミトはすぐさま宿屋の情報を答えてきた。たぶんネット通信かなにかで情報を得ているんだろう。う~ん、最初はどうなるかわからなかったが、なかなかに優秀じゃないのかうちのアンドロイドは。
「ご予算とここからの距離、加えて保護区出身であることも踏まえて、最適と思われる宿が三つほどありますね。ヒトシ様から何かご希望はありますか?」
「ん~、どんな宿なのかまったく想像がつかないからなぁ。とりあえず、風呂が入れて、それなりに綺麗なら狭くてもかまわない程度かな」
「お風呂・・・ですか?」
やっぱり日本人はお風呂でしょう! むしろ、お風呂の無い宿とかありえないな。ここ数日はずっと野宿だったし、シャワーだけで汚れを取るんじゃ物足りない。ゆっくりと湯船に使って、疲れを癒したいな。さすがに温泉までは望まないが・・・。
「えーとえーと、少々お待ちください・・・」
おや、最初にピックアップされた宿にはお風呂は無かったようだ。まぁ、西欧なんかはお風呂が無い宿も多いらしいし、前の世界でもお風呂のある宿のほうが珍しいぐらいだからな。
「いや、無いなら無理に探さなくてもいいぞ」
「いえ! もう少しお待ちいただければ!」
残念ではあるが、無理に探せとは俺でも言えない。もう少し待って無かったら、諦めて最初にピックアップされた宿にでもしようか。なんて考えていると・・・。
「ありました! お風呂・・・おんせん? のある宿。少々高めの宿泊費ですが、よろしいでしょうか?」
「なに!? 温泉があるのか!! よろしいもなにも最高だ! よくやったミト!」
「えへへ~、ありがとうございます!」
思わぬ僥倖に俺は嬉しくなってミトの頭を撫でる。なんかこれ癖になってるな。まぁ、ミトが嬉しそうなので問題は無いだろう。そんなわけで、俺達はミトが見つけた温泉宿へと向かうことにしたのだった。
「え、なにこれ?」
しばらく歩いてたどり着いた宿。高級ホテルの佇まいにいささかビビッたのは、まぁそれはそれでいい。ロビーでのチェックインも案外すんなりいった(業務員はアンドロイドだった)。どうやらミトが事前に連絡を取っていたらしい。素晴らしい手際ぶりに十分褒めておいた。それもそれでいい。宿泊料が2万ペクほどで、一ヶ月の生活費が10万ペクだと考えると相当お高いのは痛かったが、まぁ温泉に入れるならと許容できる範囲であった。しかし・・・。
「温泉ですね!」
「いや、これプールだろ!」
そう、案内された部屋もそこそこに(ちなみに案内人もアンドロイドだった)、喜び勇んで温泉へと向かった俺の目の前には、どこかのスポーツジムにあるようなプール。
「温泉プールですよね?」
「違う、違うんだよ・・・俺にとってこれはお風呂じゃないんだよ・・・」
どうやら中身は温泉のようではあるが、俺はこれをお風呂とは認めない認めたくない! 水着着用と言われて嫌な予感はしたんだよ・・・。
「もうしわけありません・・・私が何か間違ってしまいましたか?」
「あ、いや、そのミトは悪く無いよ・・・」
だが、ミトが申し訳無さそうな悲しそうな表情を浮かべるのを見て、俺は焦って首を横に振った。そうだよな、悪いのは勝手に日本の温泉を想像していた俺だよな。て言うか、いい加減俺は日本の感覚で物事を考えるのをやめなければ・・・。
「あー、えーと、身体はどこで洗えばいいのかな?」
「あ、はい、シャワー室はあちらのようですよ」
「そうか、じゃあちょっと行ってくる」
なんか居た堪れないので、俺は身体を洗うためシャワー室へと向かうことにした。気持ちを切り替えて、プールで遊ぶつもりで入ろうぜ俺。
「では、お背中流しますね!」
「え!? いや、そんなことまでしなくていいぞ!」
ちょ、なに言ってるのこの子!? アンドロイドとはいえ女の子に身体洗われるとか、どっかのエロいお店じゃないんだから、ありえないでしょう!!
「いえ、所有者様のお身体を洗うのもアンドロイドの仕事ですから」
「まてまてまて、そんなことまで俺はアンドロイドに望んでないから!」
「そんな・・・ヒトシ様は私にお身体を洗われるのはお嫌ですか?」
「嫌とかそういうのじゃなくて、世間の目が・・・」
悲しそうに俺を見るミトに焦りつつも、俺はどうにか思いとどまらせようとしつつ、周りの目を気にして周囲を見渡した。しかしそこには・・・。
「っ!?」
シャワー室で自分の身体をアンドロイドに洗わせている男達。彼らは、何も恥じることなど無さそうに、当然の顔でシャワーを浴びている。
「え、マジ・・・?」
「あのアンドロイド達は、ホテル側のサービスで用意されているアンドロイドですね。そこそこ高級なホテルには、あのように身体を洗うサービスもあるようです。もしかして、私より彼女達に洗ってもらったほうがよろしいのですか?」
「・・・」
ミトが指差す先には、ずらりと綺麗に並んで立っている青髪のアンドロイド達。女性型だけでなく男性型もあるのは、女性向けなんだろうか? 一般人からすれば高級品だというアンドロイドも、高級ホテルともなれば何十体も揃えるのも無理ではないようだ。いやしかし、他人に身体洗わせるとか王侯貴族じゃないんだから。だが、考えようによっては、彼らにとってアンドロイドはたんなる機械、身体を洗わせるのも洗浄機みたいな感覚なのかもしれないな・・・。
「ヒトシ様・・・」
「う・・・はぁ、わかったよ、よろしく頼む」
「はい!」
そんな不安そうな顔して見つめられたら、断れるはず無いだろうが! 郷に入ったら郷に従え、こうなりゃヤケだ!
「丹精籠めて身体の隅々まで綺麗にさせていただきますね!」
「ほどほどにな・・・」
その後、天国なんだか地獄なんだかわからない体験をした俺は、ヘトヘトになりながらシャワー室を出ることになる。水着越しとはいえ、妙に密着されて柔らかいものを押し付けられて、それはもう色々と抑え付けるのに苦労しましたとも! もちろん、俺の大事な部分を洗われることは死守しましたよ、ええもう・・・。ちなみに、そんな俺を周りの客が変なものを見るように見ていたのは忘れよう。
そして、しばらくプールを楽しんだ俺は(割り切ってしまえば、それなりに楽しかった)、プールを出てホテルに併設されているレストランで食事をとることにした。途中、マッサージ室なるところでもアンドロイドを見かけたが、たぶんあれもマッサージ器のような扱いなんだろうな。
「それにしても、高級品って聞いたわりには、いたるところにアンドロイドが居るんだな」
「そうですね、ですがああいった何らかの専属アンドロイドは、ほとんどの機能をオミットして専用機として作られているので、比較的安価なんですよ」
「なるほどな・・・」
だったら、人型なんてしてなければいいのに・・・。おかげで色々緊張するハメになる。そうこうするうちに、レストランに着いた俺達は食事を取ることにした。見た目は現代日本とさほど変わらない様子で、高級ホテルだからといって別段ドレスコードがあるわけでは無いらしく、普通にアンドロイドに席に案内された。用意された椅子に座ってメニューを見ようとするが、ふとミトがまだ席についてないことに気づく。
「あれ? ミト、どうした? 早く席に座れよ」
「いえ、私はここで」
「なに言ってんだ? ほら、前の席空いてるだろ。早く座れって」
「ですが、しかし・・・」
いったい何だって言うんだ? 俺は首を傾げてミトを見るが、ミトは困ったような表情を浮かべながらも席に着くことはない。
「ヒトシ様、一般的にこういった場所では、アンドロイドは所有者の傍で控えており、席を共にすることはないんですよ」
「はぁ? だけど、都市に入るまでは、一緒に飯食ってただろ?」
「それは、そのぅ、人前では無かったですし・・・」
「・・・」
どうやらここでも、人間とアンドロイドの差というのが出てくるらしい。周りを見てみても、食事をしているのは人間ばかりで、アンドロイドはただ突っ立っているだけのようだ。たしかにアンドロイドは、非常時でもない限り人間と同じ物を食べる必要は無いらしいが・・・。
「いいから座れ。これは、命令ね」
「っ!! ですがヒトシ様、そのようなことをすれば、ヒトシ様が変な目で見られてしまいます」
「いまさらそんなこと気にしてどうするんだよ。変な目なら、ここにくるまでも今もずっと見られてるだろ」
俺の服装が珍しいらしく、周囲からは絶えず好奇の視線が向けられている。もういい加減慣れた。
「それに、いまさら俺一人で寂しく食事しろって言うのか? な、頼むから一緒に食おうぜ」
「・・・わかりました」
俺の気持ちが伝わったのか、ようやくミトは俺の正面の席に腰を下ろす。アンドロイドだから人間と一緒に食事はしない? そんなの関係ないね。俺がミトと食べたいんだから、気にすることなんて無い。郷に入っては郷に従え? そんなのくそ食らえだな! さっきと言ってることが違う? なんのことやら・・・。
「えーと、それで、どうやったら飯を頼めるんだ?」
「あ、はい、このメニューからお好きなものをお選びください」
ミトが差し出してきたタッチパネルボードのようなものには、色々な料理が書かれている・・・がほとんどなんのことかわからない。
「悪い、どんな料理かわからないから、ミトのお勧めで頼む」
「は、はい! なにかお好きな食べ物とかはございますか?」
「そうだな、やっぱり肉かな。それと食えないものはあんまり無いけど、あんまり香りの強い野菜は苦手かな。あ、虫とかカタツムリとかは簡便な」
以前、前の世界で巨大な芋虫を食わされそうになったことがあるので、さすがにそこらへんは注意しなくてはならない。現代地球でもそういう食文化があるらしいしな。いや、イナゴぐらいならいけるよ?
「でしたら、キャトルモールのステーキと、ロックナッツソースのスパゲッティ、ラーヴァクラブのシーフードサラダでいかがでしょうか?」
「お、おう、じゃあそれで」
牛モグラのステーキ? 岩木の実のソース? 溶岩蟹でシーフードってどういうことだよ・・・。しかし、多少の行き違いはあっても、ある程度そつなくこなしてるミトの選んだものだし、変な物は出てこないだろう・・・たぶん。俺が頷くと、ミトはタッチパネルを操作して注文を出したようだ。しばらくして、アンドロイドのウェイトレスが料理を運んでくる。
「お、案外普通だな」
「ご希望に添えましたようで良かったです~」
出てきたのは、どっからどう見ても普通のビーフステーキと、クリームソースっぽいものが掛かったスパゲティ、蟹の身が上に乗ったサラダだ。
「そういえばミトのは・・・」
「あ、あの、さすがにここは人間様用のレストランなので・・・」
「ああ、まぁ、そこまではしかたないよな」
さすがに、この場でガラクタを取り出して食べさせるわけにも行かない。一緒にこうやってテーブルを囲んでくれるだけでも、無理を言ってるわけだしな。
「それじゃいただきます」
「はい、いただきます」
それでもミトは、俺の掛け声に合わせて掛け声を言ってくれる。ほんと、人の気持ちをよくわかってくれるアンドロイドだよコイツは。さて、料理の味については、まぁ普通に美味しかったよ。ステーキは脂の乗った牛肉の味だし、岩木の実は胡桃ソースっぽかったかな。溶岩蟹は、殻が茹でると溶岩のように赤黒く光るらしい、味は普通の蟹だった。俺は別に評論家でもなんでもないので、美味しいものは美味しいとしか言いようがないから簡便な。
「未来・・・じゃなくて、文明社会も食べてるものは案外普通なのな?」
「どういう意味ですか?」
「いや俺の想像だと、一粒食べれば一日ぐらい何も食べなくてもいいような栄養の塊の豆みたいなものとか、もっと手軽に効率よく栄養の取れるよう改造された科学食品なんかが普通なのかと」
あとはまぁ、クローン培養されたなんかよくわからない肉とか・・・。
「たしかにそういったものもありますが、味気無いなどの理由で一般的では無いみたいですね。自然のものを料理し美味しいものを作るのは、文化保護区に留まることなく科学文明社会でも研究実践を繰り返されているそうです。聞くところによれば、鉱石の星カリュプスではそのような食事も普通らしいのですが」
ま、やっぱり人間としては美味しいものを食べるのは止められないもんな。腹が膨れればいいなんて生活は俺としてもごめんだ。そのカリュプスとかいう星に飛ばされなくて良かった。
「ご馳走様。それじゃ、そろそろ部屋に戻りますか」
「はい、わかりました~」
そんなこんなで食事を終えた俺達は、レストランを後にする。食事代はそれなりに掛かったが、まぁ今日だけの贅沢ということで気にしないことにした。ほんと、危険生物の賞金があってよかったよ。
「そういや、ミトはどこで寝るんだ?」
部屋に戻って、ふと気づいた。部屋にはベッドらしきカプセルが一つしかなく、あとはテーブルと椅子が一脚ずつ。明らかに、もう一人横になるスペースは無い。初め来た時は、温泉のことが気になって、部屋のことは気にしてなかったが、どう見てもここは一人部屋だ。
「私はアンドロイドですので、こちらに立ってますから大丈夫ですよ~」
「いや、それ大丈夫とか言わないだろ!? いまからでももう一部屋借りるか・・・」
そもそも良く考えれば、俺とミトが同じ部屋というのもおかしいだろ。女の子と一緒の部屋とか、前の世界でも無かったぞ・・・。
「何を言うのですか!? 私のためにもう一部屋用意するなんて、ありえません!」
そんな俺の言葉に、ミトは心底驚いた様子で声をあげる。今までの傾向から、たしかにアンドロイドのために部屋を用意するなんていうのは、馬鹿げた話だということはわかっているのだが・・・。
「いやしかしなぁ・・・」
「私は本当に大丈夫なので、どうかそのようなことは言わないでください。私を人間のように扱ってくださるのは嬉しいのですが、あまり過ぎた行為は私の存在を否定されることにもなってしまうのです・・・」
「存在の否定?」
「私はアンドロイドだから、ヒトシ様と一緒に居られるのです。アンドロイドとしてヒトシ様にお仕えすることこそが私の喜びなのです。ヒトシ様にアンドロイドとして扱われなければ、私がご一緒する意味など無くなってしまうのです・・・」
「・・・」
正直ミトが言ってることは、俺には理解できない。だが、ミトがそう信じ込んでいることは理解できた。アンドロイドとその所有者、その関係はミトにとってはとても大事なものなのだろう・・・。
「はぁ、わかったよ。人間のように扱うのは止めないけれど、ミトがアンドロイドであり俺の所有物だということも理解するよう努力する」
「はい! ありがとうございます!」
だから、そういう嬉しそうな笑顔とかが、俺がミトをアンドロイド扱いするのを躊躇する原因の一つなんだけどなぁ。
「今日は疲れたからもう寝るよ・・・ベッドってこれでいいんだよな?」
「はい、こちらに横になっていただければ、あとの操作は私がやっておきますね。何時に起きるようにしますか?」
「ん~、7時ぐらい?」
「わかりました、ではお休みなさいませヒトシさま」
俺がカプセルのような形をしたベッドに横になると、ミトは備え付けのコンソールのようなものを操作する。すると、カプセルが閉じ密封状態になり、あっという間に俺は眠ることになった。意識を失う直前に見たのは、ミトの優しげな笑顔。ほんと・・・人間っぽいヤツ・・・。