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第八話 嫉妬と思惑[1]

 リミットは明日の14時20分、現在時刻は19時32分、残り18時間28分だ。


 落ち込んでも立ち直りまたは開き直りが早いのが、俺の特技の一つだ。

 グダグダウジウジ悩んでたってどうしようもない。

 判らないものは、判らない。なるようになれ。知ったことか。

「典子さんが好きならそう言った方が良いですよ」

 鼻から茶をふいて咳き込んでしまった。

 超クリティカルヒット。必殺すぎる一撃。

「ゲホガフゴホブギュボギュドブゥッ!!」

「だ、大丈夫ですか、遠樹さん」

 あ、あんまり大丈夫じゃない。鼻と喉が痛い。目に涙が滲む。

 涼しい顔をして、突然何を言い出すんだ、五條さん。

 し、死ぬ。鼻から茶を出して死ぬなんて、ヘソで茶を沸かしながら死ぬのと同じくらい嫌な死に方だ。

 ちなみに『ヘソで茶を沸かす』はそれくらいおかしいという意味だ。

 しかし、茶を沸かせるくらいヘソが熱くなったら、普通人間は死んでるんじゃないかと思う。

 少なくとも俺は死ぬ。間違いなく死ぬ。そんなアホな死に方したら、新聞記事に載ってしまうかもしれない。テレビで放映され、再現映像を作られてしまうかもしれない。

 その時俺は全裸死体だったりする? それはヤバイ。死んでも死にきれない。そんな姿で死にたくはない。そんな情けない死に方だけはしたくない。危うくうっかり際どい写真を撮られても、本当はもっとビッグでマグナムなんです等という言い訳すらできない。マッパは嫌だ。絶対に嫌だ。勘弁して欲しい。いやマジで。

「遠樹さん?」

 不思議そうに五條さんが覗き込んでくる。

 ハッと我に返る。

「ご、五條さん。そ、そういう冗談やめてください。俺、本当に苦手で」

 上手くかわせない。昔からそうだ。

 そもそも学校とかで法子と話せなくなったのは、周囲のからかいや嘲りがきっかけだった。

 恥じらいによる緊張が、気まずさになり、ぎこちなくなって距離を置いたら、そのままどんどん離れて、意思の疎通すら困難なくらい修正不可能になった。

「冗談?」

 五條さんは目を丸くした。

「いえ、僕は本気ですけど」

 五條は真顔で言った。俺は固まった。

 そこへ法子がやって来る。

「孝弘、おかわりよ」

 法子が、らしくもなくにっこり俺に微笑んだりするから。

 俺は動揺してしまう。顔に血の気が上るのを感じた。たじろぎうろたえ、後退さってしまう。その拍子にソファにけつまずいて、ヨロヨロとバランスを崩しかけ、慌てて一歩前に右足を出したら、そこに法子の足があった。

 慌ててよけようとして、

「うぎゃあぁあっ!」

「きゃああっ!」

 法子を巻き添えに転倒する羽目になり、

「どぁあっ!」

 目の前に法子の顔が近付いて、ヤバイと思う間もなく唇に柔らかいものが……ってそれだけじゃなくえぇと、左手の下の、このやけに柔らかい弾力のある気持ち良いものは……えぇと?

「イヤアァァァッ!!」

 本日たぶん3度目の法子のフルスイング。灼熱の拳が唸りを上げて、俺のか弱い頬に直撃する。

「ぐはぁっ!!」

 きっとこの世に神はいない……(泣)。



「大丈夫ですか?」

 五條さんが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 法子はいない。

 いや、もういっそいてくれない方が良いかも。さっきから原稿執筆の邪魔ばかりされている気がする。

 気分は最低。

 ところで、顎に〇えピタを貼ると、非常に剥がれやすいという事を今日学習した。

 やはりよく動く箇所な上に、カーブしてたり、額に比べて狭かったりするからだろうか。

 しかし、こんなどうでもいい知識は試験に出ることはないし、つまらないからネタにもならない。

 今、我が家に湿布薬はない。メディカルテープも包帯もない。あるもので間に合わせねばならないのだ。だからといって、セロハンテープは粘着力が弱すぎるし、ガムテープなどは論外だ。

 しかし、腫れよりも法子の爪痕の方がピリピリ痛む。冷やすのは諦めた方が良いだろうか。たいした事はないが、神経に障る痛み方で気に障る。あの爪は本当に凶器だ。本当に勘弁して欲しい。こっちは素手なのに。

「怪我は大丈夫です」

 俺は答える。苛々として神経集中できない。

 バカ法子。いてもいなくても気に障る。本当にわけが判らない。なんで俺があいつの言動や暴力でこんな目に遭わなければならないんだ。理不尽過ぎる。

「本当に大丈夫ですか、遠樹さん。法子さんを呼んできましょうか」

「え、法子? いいよ、あんなの。いない方が原稿はかどるし」

 俺が言うと、五條さんは苦笑した。

「そうですか。そういう事ならば、作業に集中する事にしましょう。でも」

 五條さんはどこか人の悪い笑みでニッコリ言う。

「僕が言う事じゃなくて、遠樹さんが気付いてあげなくちゃならない事だと思うんですが、法子さんは嫉妬してるんですよ?」

「は、嫉妬?」

 きょとんとしてしまう。

「僕や原稿にまでね」

「なんで?」

 そう尋ねると五條さんはニヤッと笑った。

「それは僕の口からは言えません」

「な、なんでだよ!」

「野暮な真似はしたくありませんから。それに僕はあの強烈なパンチ受けたくありませんし」

「……実は五條さんってなにげに意地悪だったりする?」

 ドキドキ緊張しながら言うと、五條さんは明るく笑って答える。

「友人に性格悪いと言われた事はありますが、意地悪と言われた事はまだないですね」

「そ、そうなんだ、アハハハ……」

 笑って流す事にしよう。深く追及するのは怖すぎる。つーか友達に性格悪いなんて言われるだなんて、普段どういう言動してるんですか。ツッコミ入れろと命令されても、怖すぎてツッコめません。話題を変えよう。

「しかし、五條さん。何故あのカレーがオリジナルだって判ったんですか?」

「そんなの匂いですぐ判りますよ。かなり手間とコストがかかってるようですが、おそらく何かのレシピを見てそれを参考に初めて作ったんでしょうね。遠樹さんのために」

「え? 俺!?」

 って五條さんは何を根拠にそう思うんだ。

「たぶんあれ作るのに、半日近くかけていますよ。自分のためにそんなに一生懸命にはなかなかなれないでしょう」

「だ、だからってなんで俺……」

「ハンバーグカレーは遠樹さんの好みでしょう?」

「そうだけど」

「それを法子さんが知っているなら、確実です。間違いありません」

「どこかのテレビ番組みたいですね」

 俺は苦笑した。

「僕はだんだん法子さんが気の毒になってきましたよ」

「へ? どういう意味?」

「あれだけあからさまで判りやすいのに、当人にだけは気付かれないなんて。ところで遠樹さんは、法子さんをどう思ってるんですか」

「どうって、先も言った通り、隣に住んでるというだけの赤の他人だよ」

「…………」

 五條さんは無言で俺を見つめ、暫く観察した後、深いため息をついた。


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