表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

第五話 不器用

主人公がアホです。

すみません。

「ねぇ」

 ようやく泣きやんだ法子が不思議そうに言った。

笹木幸哉(ささきゆきや)さんなのに、何故ゴジョウさんって呼ぶの?」

 ぎゃあ、しまった!

「あ、その、あだ名! あだ名なんだよ!!」

 苦しい言い訳。

 だが、ある意味間違ってない筈だ。

「あ、つまり西遊記? でも、別にカッパじゃないよね」

 うわ、なんでお前はそんな失礼な事ばかり言うんだ!

 違うだろ!

 沙悟浄だったらサが付いてるだろ!

 確かに日本版西遊記では、河童になってたりするけど、確か沙悟浄は河伯という妖怪だった筈だ(うろ覚え)。

 つか俺、西遊記も最○記も実は未読なんです!

 ごめん、五條さん!

「黙れ、法子」

 そう言ったら、法子は涙目で睨んだ。

 う、こ、恐ぇ。

「あ、いや、僕のことは気にしないで」

 五條さんが困ったように笑う。

 同い年なのに大人だ。

 大人な人だ。

「ゴジョウさんて以前から孝弘のお友達ですか? あまり名前聞いたことないですけど、同じ学校でしたっけ?」

 ぎゃああ! なんでそういうどうでもいいこと気にするんだ!

 俺の交友関係なんか気にしなくても良いだろ、バカ!

「いえ、違います。どちらかというとメル友で」

 冷静に答える五條さん。

 ナイスフォロー!

 正確には違うけど。

 初対面はイベント(同人誌即売会の事だ)で、同じジャンルで同系統で、幾度か県内・県外で遭遇し、互いの本を交換し合って、共感したのがきっかけだ。

 基本はメル友、二ヶ月に一度はイベントで挨拶、という具合だ。

 ちなみに合同本を作るのは今回が初めて。

 しかし、俺があまりマメでないため、メル友といっても、半月に一度メールを返信しているような有り様だ。

 本来のメル友の概念からは、離れているのではないかと思う。

「なんで昼間からカーテン閉めてたんですか? 孝弘の部屋テレビとかないのに」

 そんなこと聞くな!

 雰囲気とか作業とかトレス台使う時とか、外光が邪魔だからに決まってるっつーの!

 でも、お前に関係ないだろ!

 五條さんは、言っても良いのかな?とでもいった風に、首を微かに傾げてきた。

 俺はブルブルと首を振る。

「普通、昼間からカーテン閉めてやることなんてたった一つしかないわよね……」

 な、何!?

 そんなバカな!!

 一般人の法子がそんなことに気付く筈がない!

「そう! 昼間に部屋を暗くしてやることなんて、たった一つ! ずばり、ヤッてたんでしょ!」

「…………は?」

 思考停止。

 えぇと、今、何か文脈変じゃなかったか?

 そう。

 一、述語が間違っている。

 二、目的語が抜けている。

 三、主語が抜けている。

 一ならばお手上げだ。

 二は間違いない。

 三は確かにそうだが、前後の文脈や状況などから判断できるため、省略可能。

 だが、一が間違っていない――つまり『ヤッてたんでしょ』なる述語が正しいと仮定した場合、その意味はいったい何だろうか。

 かなり真剣に真面目に考え始めた俺に対し、五條さんは微かに顔を赤らめた。

「いえ、それは全くの勘違いですから」

 ……は?

 何故、今の文脈で、五條さんは意味を理解できたんだ?

 だって明らかに目的語が抜けているだろう?

 『〜をヤッてたんでしょ』の『〜を』が抜けているんだ。

 なのに、何故……。

「目的語が抜けているのに、何をやってたか言われてないのに、何故……?」

「そんなのっ……そんなの決まってるでしょ! アレに決まってるじゃない!!」

 アレ?

 今度は指示代名詞かよ。

 なんでなぞなぞみたいなことばかり言って、はっきり言わないんだよ。

 それじゃ、人の心が読める超能力者か、勘働きの良い霊能力者じゃないと、意味不明だ。

 部屋は静まり返り、微弱なBGMだけが鳴り響く。

「……あの、法子さん」

 五條さんが口を開く。

「何よ」

 法子はじと目で俺と五條さんを睨む。

「もし、あなたのご想像通りの事が起きていたとしたなら、この部屋には、その状況の際にあるべきものがありません」

「…………」

 沈黙が重い。

「ですから、それが、あなたのご想像が間違っているという何よりの証拠になるのではありませんか?」

「……それってつまり、コ×××ム?」

 ……は?

 法子の言葉に、俺の脳は思考と情報の解析を拒絶した。

 五條さんは耳まで真っ赤に紅潮した。

「はっきり言い過ぎですょ……」

 五條さんの声がいつになく小さくか細い。

 しかも語尾が消え入るようだった。

 いつも笑顔の五條さんの顔が僅かに引きつり、微かに目が泳ぐ。

「……うちの妹より、ものすごいボケで、しかもインパクト強すぎますよ、法子さん……」

 思わず身を乗り出して聞いてしまった。

「五條さん、妹いるんですか?」

 ボケな妹。

 俺の萌えポイントの一つだ。

 勿論ブラコンで美少女で天然でドジっ子であって欲しい。

 俺の心の声が聞こえたのか、五條さんは俺を見て、

「天然でドジっ子で、おさげで三つ編みな文学少女で、中学生です」

 おおぉ! ジャストミート!

「ちょっと、何の話をしてるのよ! 私の質問に答えなさい!!」

「へ? 質問?」

「そうよ、ヤッたんでしょ!!」

「……何をだ?」

 聞き返したら、法子だけでなく五條さんまで、揃って赤面し、気まずそうな表情になった。

「……なんで、意味判らないの?」

 どういう意味だ?

 理解し難い。

 見つめ返すと、法子だけでなく、五條さんまで、俺から目をそらしてしまう。

「……ほら、判るでしょう? えん、いえ柳沢さんは、こういうピュアで真面目で真っ直ぐで純情な人なんです。だから、そういうことは絶対に有り得ないんですよ」

「……そうね。明らかに本当に意味が判ってないみたい。エッチなシーンは描けるくせに、実際の知識は皆無なのかしら。ある意味カマトトよりもタチが悪いわ。全く信じらんない……」

 どうしたんだ、二人とも。

 何故、目を合わせてくれないんだ。

 しかも何故、判り合ってるんだ?

 俺には判らない。

 ちっとも判らない。

 な、何故なんだ!

 教えてくれ!!

「ちょ、法子、五條さん……?」

「……ごめんね、孝弘」

 は?

 何故、謝る?

 理解不能。

 俺、結局答えてないのに、何故怒られないんだ?

「私、どうやら、ものすごく恥ずかしくて失礼な勘違いしちゃってたみたい。痛かったでしょ、孝弘。ごめんね」

 何だ?

 今度は何の罠だ?

 次はいったい何を企んでいる?

 しおらしい法子など有り得ない。

 これは罠だ、絶対罠だ、きっと罠だ、罠だ、罠、ワナ、ワナワナワナわなわなわなワナ……。

 いったい、

 今度は、

 何を、

 何を企んでるんだ、法子!!

 俺の抹殺?

 俺の存在の、この世からの消去?

 俺の痕跡の隠滅?

 それって、つまり。

 全部。

 俺を、

 オ、

 レ、

 ヲ、

 コ、

 ロ、

 ス……?

 俺、殺される!?

「ぎゃああぁぁぁ……っ!!」

 俺はパニックに陥った。

「こ、こ、こ、ころ、殺され、殺されるっ!! 法子コワイ、マジ恐い!! 今度こそマジ殺される!! 毒殺か!? 絞殺か!? 刺殺!? それとも撲殺!? 意表ついて溺死とか圧死とかなのか!? 嫌だ!! まだ死ねない!! 少なくとも、原稿仕上げて、同人誌始末して、こっそり通販で買った諸々を始末しない内は、絶対に死ねない!! 死ぬわけにはいかないんだぁっっ!!」

「……アレ以外にもまだあったのね、隠したいもの。探し方が甘かったかしら」

「勘弁してあげてください、法子さん。じゃないと柳沢さん、悲観して自殺しかねません」

「……大袈裟でしょ?」

「それくらい純粋で一生懸命な人なんです」

「……随分肩を持つわね」

「彼の創作家としての姿勢は尊敬していますから。僕はあれほどまでにのめり込めませんし、寿命削るほどの真摯さと集中力・精神力はありませんから」

「……という事は、まさかあなた、孝弘のエロ漫画友達……?」

 何だと。

 今、何か聞き捨てられない台詞を、俺のスーパースペシャルに高性能な聴力――自分が関心のある事だけを、取捨選択できる地獄耳機能――が拾い上げたぞ。

 エロ?

 エロ漫画だと!?

 断じて否!!

 全く違う!!

 あれは愛だ!!

 崇高な愛だ!!

 理想の愛、決して俗世には存在しない、現実に起こる事など決して有り得ない、究極の愛!!

「愛なんだよ!! この世に具現化しない究極の愛であり、美であり、理想であり、夢なんだ!! 下世話な言葉で汚すな!! 下品な言葉で評し、論じるな!! 究極の理想の美、理想の夢は、言葉などで語れる代物じゃない!! 貧相で貧弱で下品な発想で、俺の魂と血肉と汗と涙を注ぎ込んだ作品を語ろうとするな!! エロとは何だ、エロとは!! 殺すぞ、お前!! 俺の魂の分身であり、愛しい我が子でもある、心血注いだ原稿を破り捨てた上に、愚弄する気か!? 今度は泣き寝入りしないぞ!! 例え今度こそ殺されたって、俺は、俺の誇りと作品を守る!! お前の魔の手から守り通してみせる!!」

「…………」

 ぽかん、とした顔で法子は俺を見た。

「……孝弘?」

「何だ。何か文句があるか」

「私、寝ぼけてない状態の孝弘が一度にそんな長く喋るの、初めて見た」

 は?

 ……何を言ってるんだ、こいつ。

「私……ずっと、孝弘は無口っていうか……口数少ないんだとばかり、思ってた……」

「は?」

 どういう意味だ?

「だから孝弘の考えてること、全然判らなくて、不安で心配で。だから、キレイになったら振り向いてくれるかなとか、かまってくれるかなとか思ったけど、全然何も言ってくれないし、無視するし、話しかけてもそっけないし、邪険にされるし、冷たいし……」

 え……?

 何だよ、それ。

 いったい何の話なんだ、それ。

 何だかまるで、告白みたいな……。

 ……告白?

 いや、まさか。

 そんな筈がない。

 だってこいつは、俺と違う精神世界の住人で……。

「……すみません」

 五條さんの声。

「非常に盛り上がっている雰囲気のところ、大変申し訳ありませんが、できたら僕のような部外者のいない時にしていただけないと、いたたまれないんですが」

 俺はぼんやりと五條さんを見た。

 五條さんは、困ったような笑みを浮かべている。

「原稿の事があるので、帰るのはまずいとしても、暫く席を外してましょうか?」

 その言葉に、俺は大事な事を思い出す。

「あーっ!! げ、原稿っ!!」

 慌てて学習机に戻る。

 先程、ペン入れしようとして、誤ってあらぬところにペンが入って、斜めに切り上げるような線が入っている。

 ちょうど点描を入れようと思っていたところだった。

「こりゃ、○スノンだな」

 改めて最初からやり直す時間はないから、修正するしかない。

 ちなみに俺はペンタイプとテープタイプと、速乾性の刷毛で塗るタイプの修正液を、用途に合わせて併用している。

「えん、いや柳沢さん?」

「遠樹で良いですよ、五條さん」

「……え?」


 五條さんは目を丸くした。

「法子」

 俺は法子に向き直る。

「お前の話は、明日の夕方以降になったら、聞いてやる。今の俺には余裕がない」

「……な……っ?」

「たぶん聞いても、他の事が気になってしまって聞こえない。だから、悪いけど頼む。またにしてくれ」

「ちょ、えっ……な、なんで!?」

「今日の昼頃お前に破られた原稿、あれを描き直さなくちゃいけないんだ」

「ぇえっ!?」

 法子の顔が、驚愕に引きつっている。

「俺は不器用だから、一度に一つのことしか考えられない。だから悪いけど、後で聞く」

「なんでよ!!」

「明日の2時20分までに原稿を描き上げないと、今日の朝4時50分までの俺と、五條さんの努力と労力と魂の結晶が、水に流れるからだ」

「え、いや、僕は別に……」

「でも、五條さん、俺に、最後まで諦めずに、一緒に頑張りましょうって言ってくれたでしょう。俺一人じゃ無理だし、立ち直れなかったけど、五條さんとなら頑張れる。いや、五條さんの労力を当てにしてるって意味じゃなくて、精神的な支えというか、萎えかけた俺に発破をかけてくれた起爆剤というか……」

「はい、判ります。なんとなくだけど、つまり、一人だと厳しいけど、二人だと思えば、それが力というか、モチベーションになるってことですよね」

「うん、そういう感じ。とにかく俺は、五條さんとの初めての合作本、落としたくなかったし、落とすと思った時、情けないくらい滅入って落ち込んで、絶望しかけたけど、五條さんが駆けつけてくれて、話聞いて励ましてくれて、すごく嬉しかった。一人じゃないって思えるの、すごいモチベーションになる。俺はこれを最初で最後にしたくないし、後味悪い嫌な思い出にしたくない。俺、五條さんに出会えて、こんな風に親しく話せて、一緒に本を作れるの、すごく嬉しいんです。だから、絶対諦めたくない」

「……でも、良いんですか、遠樹さん」

「うん。俺はバカだから」

 だから無理。

 許容量いっぱい。

「……あ、でも法子」

「え?」

「俺の初恋、お前だから」

「ええっ!?」

 法子は素っ頓狂な声を上げた。

「あと、茶髪の内巻きより、黒髪直毛のツインテールが好き」

「え、それって」

「あと、胸元とパンツと太腿を見せつけられると萎える」

「……はい?」

「化粧品と香水の匂いはすごく苦手、気持ち悪い。あと、爪長いのすごく痛い」

「…………」

「じゃあ、とりあえず出てってくれ」

「あ、ちょっと!」

 何か言いかけてるけど、無視して部屋から法子を押し出し、内鍵をかけた。

 法子の叫び声が聞こえるが、無視。

「……本当に良いの?」

 五條さんが、心配そうに聞く。

 ああ、本当に良い人だ。

「はい。今は無理だから」

「そうですか。では、やりましょう」

 俺は頷いた。

不適切かもしれないと思いつつあんな感じになりました。

陳謝します。


なお、「らぶも」は本当は仮タイトルでしたが、当初予定していたタイトルより気に入ったので、そのまま採用しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ