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第十話 好き[1]

 時計は午後9時を回った。

 突然二人きりにされても困る。非常に困る。

 ただ沈黙して互いに見つめ合うだけの状況が、数分続いた。

「……あー、その法子」

「うん」

「珈琲でも飲む?」

 いたたまれなくなってそう言うと、法子はやけに真剣な目で俺を見上げてくる。

「孝弘」

「な、何?」

「孝弘はどうなの?」

「ど、どうって何が」

「私ばっかりずるい。孝弘の気持ち教えてよ」

 そんなこと言われても。

「い、いや、その俺、法子をそういう目で見たことなくて、ど、どう答えたら良いかなんて……」

「つまり、私とは付き合えないってこと? 私を好きじゃないって言いたいの? 私の気持ち、迷惑なの?」

「い、いや、その」

 焦る。非常に焦る。困る。どうしたら良いか判らない。

 っていうか、リアルな恋愛なんて考えてみたことなかった!

 そもそも俺のことを好きだなんて言う女が現実にいるなんて考えてみたことなかったし。

「あ、あのさ。典子はだいたい、俺のどういうところが好きなわけ?」

 それがまず良く判らない。正直、からかわれているとしか思えない。

「そんなの……気付いたら好きだったから良く判らない」

 え、何、その理由! そりゃまぁ、俺はカッコイイとか、りりしいとか、優しいだとかその他云々とは縁遠いけど。それでも何か一つくらいはあるんじゃない?

 ますます理解不能だ。

「孝弘は?」

 そんなこと聞かれても。……確かに初恋は法子だった。それは間違いない。だけど、今現在継続して好きかと言われたら微妙だ。だいたい、会話はおろか、接触ですら月に数回、それも僅かばかりの時間で、会話もろくになくて。正面切って向かい合うのは、ものすごく久しぶりだ。

 心臓の鼓動が早くなるのは、三次元女子に耐性がないからで、たぶん慣れれば平気になる。好きか嫌いかと言われれば、たぶん好きだと思う。

 だが、二次元女子に対する思い入れ以上のものが、法子に対してあるかと問われれば、それは否。原稿を破られた事に関しては、いまだにしつこく根に持っている。

 なんていうか、それは俺にとって、理想であり、夢であり、愛なんだ。リアルでそんなことを言うのは恥ずかしいし、それ以前にバカっぽくて、変人ギリギリだと思うけど、それは絶対譲れない。俺の心の中の理想郷は、誰にも何にも足を踏み入られたくないし、破壊されたり傷付けられるのは論外だ。他人にどう思われようと、それは俺にとって、自分の命や誇り以上に大切なんだ。

「……良く判らないんだよ」

 そんなこと聞かれても、答えられない。

「私より漫画の方が大事なの?」

「うん」

 あっさり頷いたら、

「ろくでなし!!」

 問答無用で殴られた。

「ぐがぁっ!!!」

 悲鳴を上げて、倒れ込む。……やっぱ恐ぇ。なんて恐いんだ、バカ法子。暴力魔。なんて恐ろしい力とバネなんだ。女にしておくのは惜しいやつ。というかなんですぐ殴るんだよ!

「なんで殴るんだよ!!」

「孝弘がひどいこと言うからでしょ!?」

「聞かれた事に素直に答えただけじゃないか!」

「それが余計に腹が立つのよ!! この変態!!」

「変態とまで言うことないだろ!! この極悪暴行魔!!」

「私を変態みたいに言わないでよ!! 本当、最低!! なんでそんなひどいことばかり言うのよ!! 孝弘なんて大っ嫌い!!」

 くそ。なんで、そんな事ばかり言うんだよ。法子だって十分過ぎるほどひどいじゃないか。

「俺が何言っても傷付かないと思ってるのか?」

 泣きたくなる。嫌いなら嫌いで結構。近寄らないで欲しい。俺をからかい翻弄し、弄ぶのはやめて欲しい。

 俺は心静かに生きたいんだ。なんでそっとしておいてくれないんだよ。

「孝弘だって。私が何をされても言われても傷付かないって思ってない?」

 そんなの。……お互い様じゃないか。

 だけど、悲しげに俺を見上げる法子は、小動物のように可愛くて、か弱げで。

 何故か俺がいじめて酷い目に遭わせているような気分になってしまう。

 ……法子はずるい。

 俺だって傷付いてるのに。

 十分過ぎるほど傷付けられているのに。

「……好きか嫌いかって聞かれれば好きだよ。だけど、何よりも一番に考えられるかっていうと別だ。……たぶん他の女子に比べたら、好きだとは思うけど」

 目の前に、近くにいると、落ち着かない気分になるけど。

 その言動に振り回されて、あたふたするけど。

 一緒にいたいかと聞かれたら、どちらかと言えば一緒にはいたくない。

 法子は恐い。

 とても恐い。

 俺の急所を、弱みを、過去を知られている。

「お前……恐いんだよ。すぐ殴るし、痛いこと言うし、ずかずか侵入してくるし」

「……迷惑なの?」

「判らねーよ、そんなの。本当、良く判らないんだ。たぶん嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、俺……俺は、法子に傷付けられるのが一番痛い。法子の言葉が、一番痛い」

 すごく痛い。

「痛いから……恐い」

 そう言うと、法子は悲しそうな顔になった。

「嫌なの?」

 ……嫌というか。

「恐い。立ち直れなくなりそうで」

「私は孝弘のこと、好きなのに?」

 その言葉に、胸が温かくなる。優しい響きに、唇が緩んだ。

「あのさ、法子」

「何よ?」

 法子は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。……なんでそんな顔するんだよ。

「俺、法子に好きだって言われると嬉しい」

「…………」

 法子が呆然とした顔で俺を見る。

「涙目で赤面してたりすると、すごく可愛く見える」

「……バカ」

 そう言った法子は、赤面して、潤んだ瞳で見上げてくる。……ヤバイ。 なんか本当可愛く見える。

 ずるい。

 卑怯だ。

 そんなの反則過ぎる。

 外見ギャルで、中身は取り扱い注意な野獣で凶暴なのに。

 ちょっとした仕草や表情で、俺をドギマギさせるその凶悪さ。

 好きだと言ったら、ずっと法子が、そんな可愛いままでいてくれると言うなら、好きだと断言しても良い。

 なんかそんな気分になってきて、ふと不安になる。

「俺、騙されてない?」

「は? 何言ってるのよ」

 法子は不機嫌そうな顔になった。

「法子、本当に本気で俺のこと好きなの?」

「そうよ。何が言いたいわけ?」

「つまりその……キスとかしても良いとか思えるくらい?」

 何故か顔が熱くなった。

「え、孝弘、もしかしてしたいの?」

「いや! た、例えばの話!!」

 そう言うと、何故か法子はがっかりした顔になった。って法子、お前まさか、俺とキスしたかったのか? 本気か? 冗談や嫌がらせじゃなくて?

「孝弘がしたいなら、良いよ?」

 ギャアァァァッ!

 な、何、その凶悪さ!!

 キラキラ潤んだ目つきで頬赤らめて、じっとみつめて。

 しかも、良く見たら、胸の谷間が絶妙で、ブラがギリギリ見えそうで見えないアブナイ角度なんですけど、ソレわざと!?

 わざとだったら凶悪すぎ!!

 っつか、谷間は見せるな!!

 寒くないのか!?

「の、法子……」

「何?」

 法子はうっとりした目つきで俺を見つめる。

「……谷間見える……」

 次の瞬間、殴られた。

久々更新すみません。

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