第一話 修羅場[1]
同人、ロリ、入稿などの意味が判らない方は、読まない事をオススメします。
(初代〇ンダムを知らない人にも非推奨)
幼なじみなど決して良いものか。
単に子供の頃から顔見知りだとか、親同士が親しかったりする赤の他人というだけで。
二次元の幼なじみは悪くない。
本当にあんな女の子がいるなら、文句ない。
いつだって、現実は俺に厳しく冷たいのさ。
だからといって、この仕打ちはあんまりだ。
いや、あれは絶対、幼なじみじゃない。
ただ昔から隣に住んでるというだけの赤の他人だ。
きっとそうに違いない。
図々しくも、俺の部屋に乗り込んで来ては、俺のプライバシーを侵害し、俺の平穏を破壊するアイツは、絶対に幼なじみなんかじゃない。
「親父にもぶたれたことないのに!」
頬を打たれたら、一度は言ってみようと思っていた台詞を、こんなところで使おうとは。
「はぁ? 何ソレ」
超不機嫌そうな顔で、法子が顔をしかめた。
しまった。
あの名作も、ギャルには通じなかった。
「いや、話せば判る。たぶん判る! だから落ち着け! スマイルだ!」
「笑えるワケないでしょ、このオタク!」
何故に、俺は、こんなオソロシイ顔で殴られて、仁王立ちされてるのだろうか。
彼女でもなんでもない、ただ隣りに住んでるというだけの女に。
だが、こわくて文句など言えない。
おそろしすぎる。
「何なのよ、これは」
グイと突き出されたのは、俺が描いた、ロリ系同人誌の生原稿だ。
我ながら会心の出来だと思う。
俺、最高。
俺って素敵。
もしかしたら、天才かもしれないと、修羅場で寝不足でハイな俺は、この危機的状況でなければ、うっとりしただろう。
しかし、件の原稿はぼかしはあるもののモロ濡れ場。
トーンはまだ貼ってないし、俺の描くペンのラインは、丸ペンと印刷屋の限界を試すかのように細いため、正確なディテールはぱっと見では判らない筈だ。
ネームもまだ貼り終えていない。
だが、ヒロインが裸でのけぞり、意味深な表情と涙を浮かべているのを見れば、何がどうなのかは、素人にも判るだろう。
「い、いや、だから……」
「孝弘、あんた、何でこんなもの描いてるの」
何でと言われても。
描きたいからに決まっている。
他の理由などあるものか。
そんなこと聞かれても、困る。
「ちょ、な、法子、それまだ完成してない原稿だから、頼むから、手荒に……」
「あんた、ロリコンだったの!?」
「は?」
「イイトシして彼女の一人もいないと思ったら、ロリコンだったわけ?」
……何故、そんな事を言われなくちゃならないんだろう。
俺は人質(原稿)を盾に取られて、身動き一つできない。
「いや、本当、勘弁してください、法子サマ」
平身低頭。
怒りの理由はさっぱり不明だが、とにかく謝る。
「そんなにこの紙切れが大事なの?」
法子がギロリと睨みつける。
コクコク頷く。
「じゃあ、私とこの漫画、どっちが大切なの?」
「それは勿論」
躊躇いなく答えた。
「原稿に決まっている」
そう言った瞬間。
「ぎゃああぁぁー!!」
目の前で無情にも破られた。
心臓が止まりかけて、次の瞬間、絶叫した。
「ふん」
法子は鼻を鳴らして、原稿を放り投げた。
もう手遅れだと判っていて、俺は未練がましく、ひらひら舞い散る原稿を追いかけ、拾う。
「あんたなんか死んじゃえ、バカ」
そう言い捨てて、法子は乱暴に床を蹴りつけて、歩き去った。
何故そこまで言われなくちゃならないんだ。
無惨に裂かれた原稿を抱きしめ、俺は暫くすすり泣いた。
その時、タイミング良く、メールの着信音が鳴り響いた。
グスグスと鼻をすすり上げながら確認すると、相方の五條ユキア(ペンネーム)氏からだった。
『進行状況どうですか? 明日入稿ですけど、もしヤバかったら、応援行きます(^o^)/』
俺は返信する代わりに、電話をかけた。
「……もうダメかもしれない……」
五條氏は隣町から、光速で(嘘です)現れた。
「だ、大丈夫? 遠樹さん」
ちなみに、遠樹ひろが俺のペンネームだ。
「うわ、この原稿……」
五條氏は、俺が握り締めている原稿を見つめた。
「……親にやられたの?」
フルフルと首を振った。
「と、隣に」
「うん」
「隣に住んでる女」
「……幼なじみ?」
「そんな良いものじゃない」
隣に住んでいるというだけの赤の他人だ。
「CD貸してくれってうるさくてしつこいから、うっかり部屋に通して、飲み物用意してたら、その間に家探しされて」
「……あぁ」
「ゴムかけして、背景入れて、修正して、後はトーン処理とネーム貼るだけだったのに」
昨夜の作業を思い出したら、また涙が溢れてくる。
「何でこんな事されなきゃいけないんだ」
五條氏は、気の毒そうな顔で、しかし、かける言葉が見つからないようで、慰めの言葉の代わりに、軽くぽん、と背中を叩いてくれた。
「とりあえず一頁だけなんだろう?」
問われて頷く。
「なら、まだ間に合う。僕も手伝うから。大丈夫。印刷所まで原付で持ち込めば、ギリギリまで粘れる。一応電話して、どこまで引っ張れるか確認するから、今は何も考えずに、下書き始めて。ここまで来て、諦めきれないだろ?」
「五條さん」
感涙だ。
いいひとだとは、前から思ってたけど。
こんなにいいひとだとは思わなかった。
俺は慌てて涙を拭って、立ち上がる。
「ごめん、飲み物も出さずに」
「そんなの良いよ。気にしないで。遠樹さん、今は原稿の事だけ考えて。僕は可能な限りサポートするから」
その力強い、誠実さに溢れた言葉に、滂陀の涙を流す。
「有難う、五條さん。俺、諦めずに頑張るよ」
そう言うと、五條氏はにっこり笑った。
「うん、頑張ろう」
俺はようやく気力を取り戻した。
人によっては、不快感を覚えたり、笑えなかったりするかもです。
そんな私はアレなものも、そうでないものも、予告無しに母に捨てられる十代を過ごしました。
何故書くのか、それはそこに白い原稿があるからさ、とは言えません。
何故なら紙も筆記具も無くても書いてしまうからです。
例えばPC、携帯電話で。