レーヴァテイン(世界観2)
レーヴァテインのSSと設定、とパイロットの設定、です
スーの目の前に黒い何かがあった。スーの後から飛んできて、目の前に落ちたのだ。大きく重く、落下地点にあった木々は全てなぎ倒され、折れている。折り重なった木々の上にあるその物体が何か、スーは分からなかった。
「わっ!」
分かるのは、自分があと少し前にいたら、死んでいたということだ。木をなぎ倒すような物が落ちてきて掠りでもしたら頭がもげていたということは、学のないスーにも容易に想像できた。
スーは教育を受けずにこの歳まで生きてきた。学校に行かずに家や村の畑を手伝うのが先、というのが村の常識だったからだ。文字も読めず、知らぬ事が多く、また自らの無知を知らない。もし学校に通っていたら、この物体が分かったかも知れない。だがスーの家には1時間歩いた先にある貿易都市の学校にスーを通わせる余裕はなかった。だから、スーには目の前の物体が分からなかった。
「何? これ」
身体を震わせながら物体に近づくスー。一歩間違えていたら死んでいたかも、なんてことはとっくに頭から消えていた。
一歩、二歩を近づくにつれ、上下に丸いカーブを描いていることが分かった。手前に細めのでこぼこした横に長くて大きいのがあって、奥にもっと大きくて。二つの長い物体は左の方で繋がっている、とまではスーには分かった。
手を触れる。右の人差し指を伸ばし、表面を突く。冷たい。
熱いとか痛いとか反応が無いことを確かめると、今度は手のひらをひろげて直接ぺたりと触れた。冷たい金属の感触、撫でるように横に手を動かすと、指紋に突起が引っかかることがなく、滑らかだった。
一瞬、物体表面が光ったような気がした。それと同時にスーは冷たさを二の腕まで感じ、小さく悲鳴を上げて手を離した。
音がする。小さく微かで、スーは今気付き、いつからその音がするのか分からなかった。辺りを見回してスーは物体から何かが生えていることに気付いた。小さい物体の、大きい物体と繋がっている方とは逆の先端からなにか細い物が見えている。細い、とは言ってもスーの腕より大きいだろう。
スーは落ち着いてきたのか、ようやく眉を寄せて目の前がなんなのだろうと訝しみ始めた。物体から離したのに未だ冷たさの残る右腕を胸に抱き寄せ、不安と由縁を知らぬ焦燥からこの物体の正体を知りたくなった。
周囲から鳥や虫の鳴き声は消えている。代わりに聞いたことのないような低く轟くような音や、何かが燃えるような音が満ちている。だんだんと明るくなって来ており、何かを探すようなライトの光があることには、スーは気付いていない。
首を横へ倒したり戻したりして視点を変えながら様子を伺うが、何も変わらない。一歩だけ先端に近づいて様子をうかがう。細い何かが見えやすくなったが、それだけだ。何なのかは、分からない。二歩、まだ分からない。
三歩、四歩、まだだった。
五歩、ようやく、見えてきた。そこに何があるかスーは理解した。
六歩、小さい物体の端、細い何かが生えている所まで来た。スーは細い物が“手”だということにようやく受け入れた。手とは言え、スーの手と同じサイズではない。どのくらい大きいのか、スーは分かりたくなかった。だが、形が人間の手そっくりで、やはりそれは手、なのだろうと、スーは考えることにした。生えているのではなく、物体の一部なのだ。小さい物体と大きい物体は二つの物なのではなく、一つの物なのだ。
腕があって、手がある。とするなら大きい物体は胴体か。そこまでスーは考えて、その推測を俄には信じたくないと思った。
スーは殆ど何も考えないまま、無意識に、右手を胸に当てたまま左手で巨大な“手”に触れた。
「きゃっ!」
右手で触れたときよりも激しい冷たさを感じた。冷たい、というのは語弊がある。何か身体の熱が吸われてしまうような、そんな感覚だった。
何かが高速で回転するような唸りが空気に響くが、スーは気付かない。
ふいに、スーの顔に光が当たる。スーは眩しさで思わず物体から手を離し、右手を光源があるほうに翳して光を遮った。目を強くつぶったため、自分に光を照らしているのが何か分からない。そして、後の物体がどうなっているのか分からなかった。
突然強い光を当てられたスーは先ほどからずっとなっていた遠くから届く爆発や衝撃音に恐怖し、目を強く瞑った。早くどっかいけ、こっちに来るな、怖い。願い、懇願したくても、スーの口は恐ろしさに歪み言葉を発さない。
だから、後から巨大な手に掴まれても、悲鳴を出さなかった。
手に掴まれ、瞬き2,3回の内にスーは落とされた。土に落ちた感触はなく、ある程度の堅さがある倒れたソファのようなものを下敷きにしたようだ。
「痛……」
背中に感じた衝撃から、スーはうめき声を上げて目を開く。外界と内部を隔てる何かが閉じた所だった。一瞬だけ暗くなり、直ぐに照明が付いたのか明るくなった。
なにもかも、スーは初めてみる光景だった。いや、モニターくらいは見たことがある。レバーくらいは時々スーも井戸から水を汲むのに使っていた。ただ、比較にならないくらい新しいのだ。ぴかぴかで、新しかった。
重力の向きが背中方向から脚の方に変わった。変化は一瞬で、ほんの少しだけシートに押しつけられる感覚だけ、スーは味わった。
「な、なにこれ。だ、出して!」
閉じ込められた!?
瞬間、スーはそう結論付けた。半ば泣き顔で叫ぶが、何も答えない。
モニターが点灯し、ハッチの裏に外界が投影される。モニター内の右よりに大ざっぱに人型だが人とは逸脱したシルエットが表示され、その内部は紫から赤までグラデーションに色が変わっている。先ほどから、甲高い音が耳に響く。それが一層スーの恐怖を煽る。
「なに? やだ、なにこれ!?」
後からベルトが出てきて、スーを座席に縛り付ける。
「ぐぅ!」
弾みでスーの両手が、自然に来る位置にあったレバーに触れた。スーの身体から何かが急激に抜けていく。
「あっ、やぁ!」
熱を求めてスーの身体が震え出す。寒い、怖い、誰か。
モニターの空いたスペースに文字列が表示される。だがスーの目には入らない。もしスーが文字列を見つけても、スーは文字が読めない。
シートが、いや世界が揺れる。爆発音をスーの耳が捕らえる。
「やだ! 怖い! やぁ!」
涙をこぼし、朦朧とする意識を手放したくても手放せない曖昧な感覚に酔う。無理矢理何かが頭に注ぎ込まれるような、鈍い痛み。
「やだ、やだやだ! な、何なの!」
気が弱く、平和に暮らしていたスーはこういうとき、どうして良いか分からない。呟きも掠れ、喉を徒に使うだけだった。
スーは求めていた。この状況から逃げることを。だから、頭に浮かんだ言葉を、叫んだ。
「マジック、ブラストぉ!」
赤い装甲に半分隠れた、何本も並ぶ黒い歯車が回転し唸りを上げる。深く透明感のある赤と暗い闇の様な黒に塗り分けられた鋼の魔杖が、立ち上がった。
歯車――魔導輪の唸りはなお速く速くなっていき、周囲に高音を散らす。
周囲のアウセチア連邦製スタッフギア3機が敵の新型の鹵獲を諦め、攻撃を加えようと手のひらを唸りを上げる新型に向け、攻性魔術砲を放つ。
空高く飛ぶ戦闘機をも落とせる速度のそれは3機が放った3発全てが狙いを違わず敵新型に当たり、表面で爆発を起こす。が、新型には傷一つ付かなかった。
不意に、新型の腕に澄んだ魔力が渦巻き、集っていく。
新型はゆっくりと、魔力が集い行く右腕を上げ、振りかぶるように後に引いた。
何か攻撃が来ると予想したアウセチアのスタッフギア達は攻性魔術砲を準備しながらもう片方の腕で防壁魔術を展開、防御面を傾けて受け流す構えを取る。一歩後方にいた少し派手な隊長機らしきものだけ、両腕で防壁を貼った。
それらは全て無駄な足掻き。
新型の腕が纏う魔力の渦は輝きだし、嵐のように激しく渦巻いていく。
光が最高の輝きに達したところで、新型の拡声器を通して叫び声が響き渡る。
『マジック、ブラストぉ!』
声に合わせて新型が、後に引いた腕を前に突きだした。
戦闘は其れで終わった。
魔力の渦がいよいよ纏まりを失い、突き出された腕に合わせて前方に奔流となって溢れ、激しく放たれた。光と魔力の溢れだした流れは森の中を照らしつつ抉り破壊をまき散らし、直系にして新型の全長を凌ぐ太さの光の柱が横に向けて形成され、数十秒してようやく、収まった。アウセチアのスタッフギアは、魔力の雪崩に粉々にされた大樹の破片や土砂に巻き込まれるようにバラバラになりながら消え失せた。
光の柱が消え去った後に、残ったのは抉れ溝になった地表と余波で左右になぎ倒された木々、そして破壊を起こした主だけだ。
風を起こす防御魔法により足元の土は常に煙り立ち、余剰魔力が各所から光の塵に変換され煌めく。魔導輪の回転は次第に収まっていき、だが新型の目と装甲表面の魔導ラインに弱く柔らかい魔導光が鼓動するように明滅している。
マジックブラスト――魔導師が自ら生み出す魔力を集め練りまとめた魔力を腕に集めて放つ。ただそれだけの初級攻性魔術。本来は魔力の塊を打ち出すだけ、それも方向性を決められていない魔力は容易く拡散し、本来は衝撃はおろか何もない、光と軽いベクトルだけの魔術である。スタッフギアにより魔力を増幅された場合も衝撃は高められるだろうが、牽制にこそ使われど、攻撃に使われるような威力のある魔術ではない。
そのはずだった。
レーヴァテイン。プレキピス魔法帝国が作り上げた渾身の一体であり、本来は宮廷魔導師に与えられるはずの「戦局を変えるための一手」。
何の因果か、学のない、ただの村娘だったスーの手に渡ってしまった。
レーヴァテイン
プレキピス帝国が戦況を巻き返すために製造したスタッフギア。個人技能による魔術が多大な意味をもつようになったこの世界の戦争に置いても、単機で戦況を巻き返すことは不可能である。が、魔術は未だ実用化されたばかりの若い技術であり、劣勢のプレキピス帝国が期待するのも無理はない。
新技術を使い限界まで効率を上げた魔導輪のお陰で凄まじい魔力増幅能力と変換能力を持つ。しかしその代償として魔導輪が精密性があがり、それでも密閉出来ない魔導輪である以上、細かい塵でも効率が落ちたり悪いときには故障をしてしまう機体となってしまった。
スー・イウ
街道沿いにあるアルトア村にある宿屋の娘。19歳。
東方から流れてきた女と宿屋の跡継ぎの間に生まれた。母親の血が濃いのか、白い肌に金髪の多いこの地方には珍しく褐色の肌をもち、黒い髪をしている。
潜在的な魔導の素養が高いが小さい村で時間に埋もれるのを待つのみであった。だが輸送隊襲撃に巻き込まれ偶然乗り込んだトゥトゥネリコの専属魔導師となる。
以後帝国の軍に所属し、魔導師としての訓練と勉学を受けることになる。
母方の名ではスウベリシュカ・ホウラレイ。
世界観2の主人公は一人なので、次は世界観3の主人公機のSSとなります。