第24話:未来の残像と、皇帝の戦慄
「――ひっひっひ。陛下、皇后様。本日はとっておきの掘り出し物を持ってまいりやしたぜ」
マルコが仰々しく布を剥ぎ取ったのは、古びた、しかし重厚な装飾が施された手鏡だった。鏡面は液体のように揺らめき、時折、現実には存在しない光の粒子を放っている。
「……マルコ、これは何ですの? 随分と不思議な魔力を感じますが」
「流石は皇后様。こいつは『時振りの魔鏡』。持ち主の最も近くにある『輝ける未来』を一時だけ映し出すという、伝説の品でさあ」
その言葉を聞いた瞬間、隣に座っていたヴァルター陛下の黄金色の瞳が鋭く光った。
「未来だと? ……リーゼロッテと私の間に生まれる子の、姿が見えるというのか」
「左様で。帝国の次代を担う御方の御尊顔、一目見ておいて損はねえかと……」
陛下は無言で鏡を奪い取った。その手は、かつて数千の魔獣を前にしても微動だにしなかったというのに、今は心なしか震えている。
「……見るぞ、リーゼロッテ。もし、君に似た愛らしい王女であれば、私は今この瞬間から、世界中の宝石を買い占めて国中に彼女の像を建てる。……だが、もし私に似た不愛想な息子であれば、即座に帝王学を叩き込み、一刻も早く帝位を譲って、君との隠居生活に入る準備を始める」
「陛下、気が早すぎますわ!」
背後で控えていたロザリンが「不敬ですぞ、商人! 皇后陛下の御身体に障るような不吉な未来が映ったらどうする!」と剣の柄を鳴らしているが、陛下は構わず鏡を覗き込んだ。
鏡面が激しく波打ち、やがて霧が晴れるように映像が結ばれる。
そこに映し出されたのは――。
「……なっ……!? これは……どういうことだ……」
陛下が絶句し、鏡を取り落としそうになった。
私も恐る恐るその鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、少し成長した、銀色の髪を持つ幼い子供だった。
その子は私によく似た垂れ目の、けれど陛下と同じ鮮やかな黄金色の瞳を持って微笑んでいる。……そこまでは、微笑ましい光景だった。
衝撃的だったのは、その子供の「行動」だ。
未来のその子は、私の膝の上に座り、私の首にぎゅっと抱きついている。
そして、画面の端で悔しそうに歯噛みしているヴァルター陛下(未来の姿)に向かって、小さな舌を出し、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのだ。
『パパ、あっちいって。ママは、ぼくのものなんだから!』
鏡からは、そんな声が聞こえてきそうなほどの、圧倒的な「独占欲の遺伝」が透けて見えた。
「……私の、私のリーゼロッテを……この小僧が独占しているだと……? 私の腕の中から、君を奪おうというのか……実の親に向かって……!」
陛下は蒼白になり、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がった。
「エドムントォォ!! 今すぐ『親子間の愛の分配に関する魔導契約書』を作成しろ! 子供が生まれた瞬間、リーゼロッテへの接触時間を秒単位で管理し、私の時間を一秒たりとも削らせないようにするのだ!」
「陛下! 相手はご自身の御子ですぞ! 正気に戻りなされ!!」
エドムントの悲鳴が響く中、ロザリンは鏡を見て「おお……! なんと気高く、独占欲の強い御子様……! これこそリーゼロッテ様の血を引く真の主君! 私はあの方にも一生お仕えいたしますわ!」と一人で感動に打ち震えている。
マルコだけが「ひっひっひ、こりゃあ前途多難ですなあ」と、一人だけ楽しそうに算盤を弾いていた。
「……ふふ。ヴァルター様、そんなに怒らないでください。……未来のあなたも、案外楽しそうに見えますわよ?」
「どこがだ! 私は……私は、君を誰にも、たとえ我が子にすら渡したくないのだ!」
陛下は私を後ろから抱きしめ、子供が入り込む隙間もないほど強く、その腕を回した。
かつてのサンクチュアリ王国では、私は誰からも必要とされず、ただ「力の供給源」として放置されていた。
けれど今、未来の私の周りには、私を奪い合おうとする愛すべき家族と、騒がしい家臣たちがいる。
たとえ未来で、陛下と子供が私を取り合って喧嘩をすることになっても。
それは、世界で一番贅沢で、幸せな悩みなのかもしれない。
「……愛していますわ、ヴァルター様。……未来も、その次も、私はずっとあなたの隣にいますから」
私の言葉に、陛下はようやく毒気を抜かれたように「……当然だ。もし子供が君を独占しようとするなら、私は世界中の林檎で奴の口を塞いででも、君を奪い返してやる」と、およそ父親とは思えない決意を固めるのだった。




