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第19話:和平の象徴と、皇帝の宣戦布告

「――ですから、陛下! これは帝国にとっても悪い話ではございません! 周辺諸国が連名で、『皇后リーゼロッテ様を和平の親善大使として、三ヶ月間の各国巡遊に招待したい』と申し出てきているのです!」


 謁見の間には、帝国の外交官たちの必死の叫びが響き渡っていた。

 旧サンクチュアリ王国を一夜にして救い(あるいは見限り)、今や大陸最強の結界術と事務処理能力を誇る「銀髪の皇后」の噂は、海を越えて広まっていた。


 近隣諸国の王たちは、彼女を一目見たい、あわよくばその知恵と魔力を自国に分けてほしいと、血眼になって招待状を送りつけてきているのだ。

 だが。

 玉座に座るヴァルター陛下の周囲からは、物理的な冷気が立ち上っていた。


「……巡遊だと? 三ヶ月間も、リーゼロッテを私の側から引き離すというのか。貴様ら、私の堪忍袋の緒が、鋼鉄でできているとでも思っているのか?」


 陛下の声は、低く、そして静かな怒りに満ちていた。

 彼は隣に座る私の手を、骨が軋むほど強く握りしめている。


「陛下、落ち着いてください。……皆様、帝国の未来を案じてのことですわ」

「未来など知るか! リーゼロッテのいない未来など、私にとってはただの暗黒だ。……おい、外交官共。返書にはこう書け」


 陛下は立ち上がり、列をなす使節団に向けて、断罪の如く指を突きつけた。


「『皇后を拝みたいのであれば、貴国ら全員が帝国の軍門に降り、属国となれ。さすれば、年に一度の建国記念祭で、百メートル先から彼女の影を拝む権利を検討してやらんでもない』……とな」

「へ、陛下ぁぁぁ!! それは実質的な宣戦布告ですぞ!!」


 外交官たちが泡を吹いて倒れる中、陛下は私を軽々と抱き上げると、そのまま謁見の間を後にした。



 ***



 向かった先は、二人が過ごす私宮の最奥。

 そこには、陛下が自ら構築した「外界との接触を完全に遮断する」特殊な結界が張られている。


「……ヴァルター様、流石にやりすぎですわ。あの方たちは、私を『和平の象徴』として敬いたいだけなのに」

「敬う? 笑わせるな。奴らの瞳の奥にあるのは、君を奪い、利用し、あわよくば自分の腕の中に収めたいという浅ましい欲望だ」


 陛下は私をソファに下ろし、膝をついて私のドレスの裾を強く握りしめた。

 皇帝ともあろうお方が、まるで捨てられた子供のような、危うい瞳で私を見上げてくる。


「……リーゼロッテ。君が有名になるたび、私は世界中を焼き尽くして更地にしたくなる。……そうすれば、君を見る者は私一人だけになる。……君のその美しい銀髪も、私にしか向けられない微笑みも、一秒たりとも他国に貸し出すつもりはない」


 陛下の独占欲は、もはや正常な判断を失うほどに煮詰まっていた。

 私は溜息をつきながらも、彼の頬を両手で包み込んだ。


「……私は、どこにも行きませんわ。……私がいたい場所は、あの冷たい雨の夜に私を見つけてくれた、この腕の中だけですもの」


 私の言葉に、陛下の呼吸が止まった。

 彼は私の手のひらに、何度も何度も、縋り付くような接吻を落とした。


「……ああ、君という女性は……。私を狂わせる天才だな。……いいか、リーゼロッテ。明日から一週間、この部屋に閉じ込める。公務も、近衛隊の訓練も、すべて禁止だ。……君が『ヴァルター様のものだ』と、魂に刻み込まれるまで……」



 ***



 翌日。

 帝国の外交官たちが「皇帝が狂った! 皇后を隠した!」と絶望に暮れる中。

 

 私宮の寝室では、窓の外に広がる世界のことなど一秒も思い出せないほど、熱くて重い愛の時間が流れていた。

 陛下は私の結界術さえも、自分を縛るために使わせ、二人だけの閉じた世界を完成させていた。


「……愛している、リーゼロッテ。……世界が君を欲しがるなら、私は世界を滅ぼしてでも君を守る」


 かつての国では「石ころ」のように扱われた私が、今は「世界の敵」になっても守りたいと言われる至宝になっている。


 その歪んでいて、けれどどこまでも真っ直ぐな愛が、今の私には何よりも愛おしかった。

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