第18話:皇后の背中と、麗しの近衛隊
海辺の離宮での甘い休暇を終え、帝都に戻った私を待っていたのは、意外な光景だった。
王宮の広場に、武装した数十人の女性たちが集結していたのだ。彼女たちは皆、帝国の名門貴族の令嬢や、腕に覚えのある女性騎士たちだった。
「――皇后陛下! お戻りを、心よりお待ちしておりました!」
私が馬車から降りた瞬間、彼女たちは一斉に跪き、軍靴の音を響かせた。
先頭に立っていたのは、先日私がワインの嫌がらせから救った(正確には陛下が粛清したが、私が凛とした態度を見せた)若い侯爵令嬢、カミラだった。
「……皆様、これは一体どうされたのですか?」
「私たちは誓ったのです。皇后陛下のあのお姿、有能でありながら慈悲深く、そして毅然と悪を断つあの凛々しさに! 私たちは、陛下に守られるだけの花ではなく、リーゼロッテ様をお守りする盾になりたいのです!」
カミラの瞳は、かつての私を蔑んでいた令嬢たちのものとは違い、熱い情熱と尊敬に満ちていた。
聞けば、私がお忍びで街を歩き、公務を完璧にこなした噂が、帝国の女性たちの間で「新しい女性の生き方」として爆発的な支持を得ているらしい。
「……皇后陛下直属の女子近衛隊、『銀蓮華隊』の設立をお認めください!」
彼女たちの切実な叫びに、私は胸が熱くなるのを感じた。
サンクチュアリ王国では、私は常に「利用される対象」でしかなかった。けれどここでは、私の生き方が誰かの光になっている。
しかし、私の背後から、地を這うような低い声が響いた。
「――断る。リーゼロッテを守るのは私一人で十分だ。女だろうと何だろうと、私の妻に近づく不届き者は排除する」
ヴァルター陛下が、眉間に深い皺を寄せて馬車から降りてきた。
休暇中、私を独占し続けていた陛下にとって、私に「直属の部下」ができる=「私と彼女の二人の時間が減る」という事態は、断じて容認できないらしい。
「陛下、そう仰らずに。彼女たちの目を見てください。……私、嬉しいのです。誰かに頼られるのではなく、誰かと共に歩めることが」
私は陛下の袖をそっと引き、上目遣いでお願いした。
陛下は一瞬で言葉を失い、顔を背けて「……くっ、その顔はずるい」と毒気を抜かれたように呻いた。
「……分かった、認めよう。だが条件がある。隊員は私の厳格な審査を通った者のみ。そして、リーゼロッテとの距離は常に二メートル以上保つこと。いいな?」
「二メートルは遠すぎますわ、陛下!」
***
こうして、帝国史上初の「皇后直属女性近衛隊」が誕生した。
私は彼女たちの訓練に顔を出し、私の結界術を応用した「防御特化の魔法戦術」を自ら指導することにした。
「皆様、魔力は『固める』のではなく『流す』のです。そうすれば、どんな大剣の一撃も受け流せますわ」
私が演習場で指先から細い銀光を放ち、巨岩を一瞬で結界内に閉じ込めて粉砕して見せると、隊員たちから「おおおっ!」という地鳴りのような歓声が上がった。
「流石はリーゼロッテ様! 女神の化身だわ!」
「あの美しい銀髪がなびくお姿……一生ついていきます!」
今や私は、帝国中の女性たちの「推し」となっていた。
その様子を、演習場の特等席から、仕事も放り投げて見守っている男が一人。
「……エドムント。あのカミラという女、リーゼロッテの汗を拭こうとしたな。今すぐ除隊させろ」
「陛下、あれはただの忠誠心です。落ち着いてください、書類が殺気で燃えておりますぞ」
ヴァルター陛下は、私が他の誰かと笑い合うたびに、独占欲で周囲の気温を五度下げていた。
彼はついに我慢できなくなったのか、訓練の真っ最中に演習場へ乱入し、私を後ろから抱きしめて自分のマントの中に隠してしまった。
「訓練は終了だ。これ以上、リーゼロッテの輝きを晒し者にはさせん」
「ヴァルター様! 皆様が驚いていらっしゃいますわ!」
「驚かせておけ。……リーゼロッテ、君が私の手を離れて、どんどん立派な皇后になっていくのが誇らしくて……そして、たまらなく憎らしい」
陛下は隊員たちを鋭く睨みつけ、「今日の謁見は終わりだ、解散!」と一方的に告げると、私を抱き上げたまま、足早に私宮へと向かった。
「……リーゼロッテ。君はもう、一人で国を守る聖女ではない。だが、私の腕の中から飛び出す自由まで与えた覚えはないぞ」
私宮の扉が閉まると同時に、陛下は私を壁へと追い詰め、逃げ場を塞ぐように両手をついた。
「……今夜は、君の口から『ヴァルター様だけが私の騎士です』と言わせるまで、絶対に寝かせないからな」
陛下の瞳に宿る、狂気的なまでの情愛。
外では強くて気高い皇后として慕われていても、この人の前だけでは、私はただの、愛されて愛されて仕方のない一人の女に戻ってしまう。
かつての孤独な雨の日を思い出す。
あの時、私を拾ったこの手の温かさが、今は熱い情熱となって私を縛り付けている。
私は陛下の首に手を回し、少しだけ意地悪く微笑んだ。
「……ふふ、どうしましょう。私の近衛隊の皆様の方が、陛下より優しいかもしれませんわよ?」
「……貴様、後で泣いても許さんからな」
陛下の独占欲が臨界点を超え、甘く激しい夜が再び幕を開けるのだった。




