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第14話:再来の泥人形と、幼き日の銀光

 ガルディニア帝国の国境付近。そこには、純白の法衣に身を包んだ「聖導教国」の軍勢が不気味に布陣していた。


 その中心で、神輿のような椅子に座っているのは、かつてサンクチュアリ王国で私を「無能」と嘲笑った、あのミナだった。


 だが、彼女の様子はおかしい。瞳は虚ろで、全身からどす黒い魔力が溢れ出している。教国が禁忌の術を使い、彼女を「魔力増幅の器」に変えたのだ。


「……リーゼロッテ! 出てきなさい! 私こそが、神に選ばれた真の聖女よ! あなたの偽りの結界なんて、私が全部壊してあげる!」


 ミナの絶叫と共に、禍々しい光の柱が帝国の結界に叩きつけられた。

 ドォォォォォン!! と大地が揺れる。

 私はヴァルター陛下と共に、城のバルコニーからその光景を冷ややかに見下ろしていた。


「……しつこい連中だ。リーゼロッテ、あんな泥人形に構う必要はない。私が今すぐ全軍を出し、教国の軍勢ごと塵にしてやろう」


 陛下の黄金色の瞳に、容赦のない殺意が宿る。

 だが、私はその手をそっと制した。


「いいえ、陛下。これは私の責任です。……それに、あのミナという女性には、はっきりと分からせてあげなければなりません。『聖女の力』とは、誰かを踏みにじるためのものではないということを」


 私は一歩前へ出た。

 その時、不意に、脳裏に古い記憶がフラッシュバックした。


 ――まだ、私が五歳だった頃。

 サンクチュアリ王国の片隅、魔獣に襲われた名もなき村。

 私は初めて自分の結界を使い、震える小さな少年を守り抜いた。

 銀髪の少女だった私を、その少年は「女神様」と呼び、泥だらけの手で私の指を握ったのだ。


『……いつか、君を見つける。君が誰にも傷つけられない、大きな国を作って、君を迎えに行くから』


 少年の、燃えるような黄金色の瞳。

 私はハッとして、隣に立つヴァルター陛下を見上げた。


「……ヴァルター様。もしかして、あの時の……」

「……ようやく思い出したか、私の女神」


 陛下は、私の腰を引き寄せ、耳元で愛おしそうに囁いた。


「君があの日、命を懸けて守った餓鬼が、今の私だ。……君を捨てたあの国を、私が自ら滅ぼさなかったのは、君が愛した風景を汚したくなかったからだ。……だが、教国は別だ。私の聖域(君)を侵す者は、神の名の下にあろうと許さん」


 運命の糸が、一本に繋がった。

 私は彼に守られていたのではない。私が守った少年が、私を救いに来てくれたのだ。


「……ヴァルター様。私、行きます。……私の結界が、どれほど重いものか、あの方たちに教えて差し上げますわ」


 私はバルコニーから、ふわりと宙に舞い上がった。

 背後から陛下の「無茶はするなよ。少しでも危なくなったら、世界ごと焼き払うからな」という過保護な声が聞こえる。


 戦場の中央。

 ミナが放つ黒い魔力に対し、私は右手を優雅に差し出した。


「……ミナさん。あなたは、結界の『重さ』を知っていますか?」

「うるさい! 死ね、リーゼロッテ!!」


 放たれた暗黒の奔流を、私は指先一つで受け止めた。

 パリン、と軽い音がして、ミナの魔力が結晶化し、砕け散る。


「……結界とは、拒絶ではありません。……『愛するものを守りたい』という、祈りそのものなのです」


 私の体内から、白銀の光が爆発的に溢れ出した。

 それは帝都を覆う結界と共鳴し、戦場全体を浄化する慈愛の波動となって広がっていく。

 ミナを操っていた教国の呪いの術式が、朝露が消えるように霧散していった。


「あ、あ、ああ……力が、抜けていく……私の、私の聖女としての栄光がぁぁ!!」


 魔力を失ったミナは、そのまま泥の中に崩れ落ちた。

 教国の使者たちも、あまりの神々しさに戦意を喪失し、その場に跪く。


 私は静かに地上へと降り立った。

 そこへ、漆黒の馬を駆ったヴァルター陛下が駆け寄ってくる。

 彼は馬から飛び降りるなり、土埃も気にせず私を強く抱きしめた。


「……見事だ、リーゼロッテ。だが、もういい。これ以上の奇跡は不要だ。……君の光は、私の部屋の灯りだけで十分だと言っただろう」


 陛下は私を愛馬に乗せ、自分の前に座らせると、教国の敗残兵たちを冷たく一瞥した。


「……この女を連れて失せろ。そして教皇に伝えろ。……次に私の妻に手を出せば、教都の太陽を一生結界で遮断し、氷河期に変えてやると」



 ***



 城に戻る道すがら、陛下は私の背中を抱きしめ、首筋に何度も接吻を落とした。


「……リーゼロッテ。あの日、君にもらった命を、今夜はたっぷりとお返ししよう。……君が二度と、あんな偽物のために魔力を使わなくていいように……」


 彼の独占欲は、過去の記憶を取り戻したことで、もはや神の域にまで達していた。

 

 一方で、泥にまみれたミナは、教国の騎士たちに「役立たず」と罵られ、捨てられた。

 彼女が最後に見たのは、遥か高みで黄金に輝く、かつて自分が捨てた「本物の聖女」の、どこまでも優しく、そして冷酷な背中だった。


「……さあ、私の聖女。……今夜は、君という結界の中に、私を閉じ込めてくれ」


 陛下の重すぎる愛の囁きが、月の光に溶けていく。

 運命は完結し、そして、さらなる溺愛の夜が幕を開けるのだった。

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